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ビルボードで再編された音楽ヒット、混乱する『紅白歌合戦』──過渡期を折り返した音楽メディア

松谷創一郎ジャーナリスト
DALL·Eを使って筆者作成。

「馴染みのないアーティストばかり」

 大晦日に予定されている『NHK 紅白歌合戦』。今年は、ウタ(Ado)やAimer、IVE、Saucy Dogなどが初出場する予定だ。アニメ関連曲や非ジャニーズの男性グループ、そしてK-POP関連グループなど、特徴のある選出となった(「2022年『紅白歌合戦』・4つのポイント」2022年11月17日)。昨日もback numberの初出場が発表され、今後さらに数組が追加される可能性がある。

 だが、こうしたラインナップには批判も集まっている。その内容はさまざまだが、目立つのは中高年層による「馴染みのないアーティストばかり」というもの。NHKの前田晃伸会長もそうした批判を認識していると表明した(スポニチ 2022年12月1日付)。

 一方、先週Billboard Japanの年間チャートが発表された。Hot100(楽曲チャート)ではAimer「残響散歌」、Artist 100ではAdoが年間トップに立った(「Billboard JAPAN Year End 2022」)。さらに、Official髭男dismやSaucy Dog、King Gnu、SEKAI NO OWARIなど、今年の『紅白』に出場予定の面々が上位に並んでいる。

 いまやBillboardは日本のメイン音楽チャートとなったが、それを踏まえれば今年の『紅白』は例年になく説得力の高いラインナップと言える。しかし、そんな今年の『紅白』のラインナップに批判が巻き起こっている。どうしてなのか──。

ストリーミングは125%の成長

 2008年から日本でもスタートしたBillboardチャートは、複数の指標を総合してランキングが作られている。2022年度のHot100(楽曲チャート)は、CDセールス、ダウンロード、ストリーミング、ラジオ放送回数、ルックアップ(PCによるCD読取り数)、ツイート、動画再生回数、カラオケの8項目で構成された。

 こうしたBillboardで段階的に重要度が高まってきたのが、ストリーミングだ。SpotifyやApple Music、LINE Music、Amazon Musicなど日本でもさまざまなサービスが浸透しつつあるが、現状Hot100の順位にもっとも強く影響するのはストリーミングの再生数であり、その次がYouTubeなどでの動画再生回数だ(※)。

 ストリーミングは日本でも着実に浸透しており(他国と比べれば異様に遅いスピードだが)、今年上半期も前年比125%の伸びとなっている(日本レコード協会『The Record』2022年9・10月号)。このまま推移すれば、早ければ来年、遅くとも再来年にも配信(ストリーミング+ダウンロード)が売上ベースでCDのシェアを逆転すると見られる。

 サブスクリプション(定額制)と広告付き無料モデルを基本とするストリーミングは、CDよりも格段に曲単価が低い。よって、ひとびとが音楽を聴く回数はCDよりも数十倍(あるいは数百倍)多いと考えられる。現状、音楽はストリーミングを中心として浸透しているのは間違いない。

チャートから排除される「推し活」

 こうしたBillboardの特長は、メディア受容の変化に合わせて各指標を定期的に見直していることだ。たとえば2022年度であれば、一定枚数以上のCDセールスの重みを弱め、ストリーミングでは複数再生キャンペーンを防止する対策を講じた。また2023年度(今年12月以降)からは、従来の指標からルックアップとツイート数を廃止した。

 それらは、いわゆる「推し活」によるCDの複数枚購入や連続再生による人気水増しの防止を目的としている。2指標を廃止する2023年度は、その対策をより強化したものだ。音楽チャートのアナリストもこれらの施策に概ね肯定的だ(『Billion Hits!』2022年12月9日)。

 こうした「推し活」対策は、CD売上に依存してきた日本のアイドル勢にとって強い逆風となっている。具体的には、ジャニーズ、AKB48・坂道グループ、ハロー!プロジェクトなどだ。周知のとおり、そこでは特典別パッケージによる複数枚購入が定着している。昨年は、ジャニーズ・AKB48・坂道だけで全CD売上の49%を占めるほどだった。

筆者作成。
筆者作成。

 だが、2022年度のHot 100年間チャートでは、ジャニーズは79位になにわ男子、84位にSnow Manが入るのみだ。坂道グループも、ついに乃木坂46が100圏内から消えた(48グループは2020年にすべて圏外となっている)。ルックアップが廃止される2023年度以降は、Travis Japanなど一部のグループを除けばストリーミングを解禁していないジャニーズ勢が100位圏内から姿を消す可能性もある。

 対して、ストリーミング人気が高いアーティストは上位に入ってくる。ジャニーズと競合する男性グループでは、BTSが12位、BE:FIRSTは29位、INIは57位だ。乃木坂46などと競合する女性グループでは、TWICEが38位、IVEが44位と69位、Kep1erが46位となった。ジャニーズや秋元プロデュースのアイドルが人気を落とすのに対し、音楽人気も高いK-POPとSKY-HIプロデュースのBE:FIRSTが躍進している。

筆者作成。ジャニーズ・AKB48・坂道グループが徐々に姿を消すのに対し、K-POPが堅調なことがわかる。
筆者作成。ジャニーズ・AKB48・坂道グループが徐々に姿を消すのに対し、K-POPが堅調なことがわかる。

充実した『紅白』の人選

 話を『紅白』に戻せば、今年はBillboardチャートへの移行がより鮮明となった選出だと言える。それは、ここ3年の出演者の推移を見てもわかる。

 下の表は、Billboardの年間アーティスト100位圏内の『紅白』出演者だ。順位が上がるほど色を薄くしているが、30位以内に限れば今年は19組にものぼる。2020年が12組、2021年が11組であることを踏まえると明らかに増えた。

筆者作成。
筆者作成。

 上位で不出場なのは、優里やMrs.GREEN APPLE、米津玄師、マカロニえんぴつ、SEVENTEEN、Tani Yuukiなどだが、これらのなかから出場が追加発表される可能性もある。また年間2位だったYOASOBIは今年辞退したものの、ヴォーカルの幾田りらはmilet・Aimer・Vaundyとのユニットで出場する(BTSも年間5位だが、メンバーの兵役によって活動の見通しはない)。

 ストリーミングやYouTubeで人気のアーティストが多く揃う今年の『紅白』は、そうしたメディアで音楽を受容している者にとっては、かなり納得できる人選だと言える。充実度は非常に高い。

「CD+地上テレビ」の記憶

 そうした今年の『紅白歌合戦』に対し、新しい音楽メディアを使わない中高年層や従来のアイドルファン層が、「馴染みのないアーティストばかり」と感じるのは当然でもあるだろう。

 現状は「『紅白』が若者向けにシフトした」と単純化できる話ではなく、「音楽メディアが過渡期を折り返した段階で生じる混乱」と捉えるのが適切だろう。古いメディア(CD)の記憶を持つ層が、新しいメディア(ストリーミング)に馴染めていないだけ、と言えばそれだけの話でもある。

 ただ、むかしの“記憶”にずいぶん引っ張られてきたのは音楽リスナーだけではない。音楽を扱う他メディアもそうだ。なかでも地上波テレビがその最たるものだろう。音楽番組は地上波バラエティの露出を中心に出演者が構成され、テレビ朝日の『ミュージックステーション』のようにジャニーズと競合する日本の男性グループの出演が見られないものもある。

 『紅白』に対して生じた批判は、こうした過ぎ去りし「CD+地上テレビ」の記憶から表出されたものでもある。「ストリーミング+YouTube」の関係が強まるなか、『紅白』が中高年層に配慮しつつも「ストリーミング+地上テレビ」へシフトしたことへの違和感だ。

35年前、CD浸透期の“混乱”

 CDからストリーミングへ──この流れは不可逆的だ。CDのデジタル音源はストリーミングで代替可能で、インターネットがなくなることもない。違法ダウンロードへの対策としてもストリーミングは有効だ(「アーティストにとってサブスクは地獄の入り口か?」2022年9月26日)。海外よりもかなり遅れたが、日本もやっとストリーミングが定着しつつある。

 こうした混乱期で思い起こすのは、80年代のことだ。音楽の記録メディアはそれまで長らくアナログレコードを中心としていたが、80年代に入るとCDが登場する。統計では1984年に登場するCDは、3年後の1987年にレコードのシェアを上回る。青春期を迎えた第2次ベビーブーム世代(1971~1974年生まれ頃)の強い支持もあり、あっという間に浸透する。

筆者作成。
筆者作成。

 だが、このレコードからCDへの過渡期において生じたのは、大ヒットの激減だった。1984年から1989年までミリオンヒットは途絶え、1987年は最高が瀬川瑛子「命くれない」の約42万枚と、50万枚を割るほどだった。

 それは、メディアの変化によって音楽ヒットが分断・細分化されたために生じた現象だ。演歌など歌謡曲をレコードで聴く中高年層と、アイドルやバンドをCDで聴く若者層──こうした混乱が5年ほど続いた。

 そうした音楽状況は『紅白歌合戦』にも反映した。1984年には78.1%もあった視聴率は翌年から下がり続け、4年後の1988年には53.9%にまで落ちた。放送時間を拡大して現在も続く2部制としたのは、1989年からだ。

 こうした35年ほど前の“混乱”と現在の“混乱”は、もちろん質が異なる。だが、音楽メディアの変化と、それにともなうヒットの再編によって生じている点は同じだ。

 そこで心配なのは、80年代にCDが3~4年間で十分浸透したのに対し、ストリーミングはいまもシェアのトップになっていないことだ。グローバルでは2017年の段階でストリーミングがシェアのトップとなったが、日本はその5年後の現在もCDに依存している。ストリーミングによって一気にグローバル化した音楽において、この遅れが今後に大きなダメージを残す可能性もある。

 『紅白歌合戦』に対する批判──それは日本の音楽状況が移り変わる時期だからこそ生じた、避けられない“混乱”だと言えるだろう。

※総合順位と各指標順位の相関係数は、高い順に以下となる。CDセールスは週間チャートで上位に来ることはあるが、Billboardチャートではまったく重視されていないことが明らかだ。

・ストリーミング:0.91(強い正の相関)

・動画再生回数:0.59(正の相関)

・FM/AMラジオ放送回数:0.49(同)

・ダウンロード数:0.38(弱い正の相関)

・カラオケで歌われた回数:0.37(同)

・PCによるCD読取数(ルックアップ):0.28(同)

・アーティスト&楽曲を両方ツイートした数:-0.08(相関なし)

・CDセールス:-0.75(強い負の相関)

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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