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ある声に片想いした盲目の女性の切ない恋物語。彼女を悲劇のヒロインにしなかった理由

水上賢治映画ライター
「エフラートゥン」より

 埼玉県川口市のSKIPシティで毎年実施されている<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>が現在開催中だ。

 白石和彌監督、中野量太監督、上田慎一郎監督らを名だたる映画監督たちを輩出する同映画祭は、いまでは若手映画作家の登竜門として広く知られる映画祭へと成長している。

 とりわけメイン・プログラムに置かれた国際コンペティション部門は、海外の新鋭映画作家によるハイクオリティのバラエティ豊かな作品が集結。コロナ禍もすっかり明け、今年も海外からの多数のゲストが来場予定だ。

 そこで、昨年の<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023>のときに行った4作品の海外映画人へのインタビューを届ける。

 三作品目は、トルコから届いた切ないラブロマンス「エフラートゥン」。父の仕事を引き継ぎ時計修理工の盲目女性・エフラートゥンと、彼女に興味をもった写真が趣味の男性との恋模様がアニメーションやクラシカルな映像を交えながら描き出される。

 手掛けたジュネイト・カラクシュ監督は、2013年の短編映画『Sûret』が国内外の著名な短編映画祭で数々の賞を受賞し、今回が初長編作となる新鋭だ。

 来日したトルコの新鋭監督である彼と、彼の妻で本作において重要なパートとなるアニメーションやVFXなどを担当したヤームル・カールタル・カラクシュ氏に話を訊く。全四回/第三回

「エフラートゥン」のジュネイト・カラクシュ監督(左)とヤームル・カールタル・カラクシュ氏  筆者撮影
「エフラートゥン」のジュネイト・カラクシュ監督(左)とヤームル・カールタル・カラクシュ氏  筆者撮影

エフラートゥンは悲劇のヒロインのようには絶対にしたくありませんでした

 前回(第二回はこちら)は、本作において印象的なシーンのひとつといっていいオープニングのシーンについての話を主に聞いた。

 ここからは物語について聞いていく。主人公のエフラトゥーンは盲目ながら、時計修理の店を自分で切り盛りして社会の中でしっかりと生きている。

 ひじょうに自立した女性という印象を受けるが、設定でなにか考えたことはあったのだろうか?

ジュネイト「ともする『視覚障がい者の女性』というだけで勝手にか弱い女性を想像するのではないでしょうか?

 もちろん盲目ということは大変なところがあって、いろいろと困ることがあるのは確かです。

 ただ、だからといって=不幸、不憫、弱者とレッテルを貼るのはどうかと思うんです。

 目が見えないことと、人として強いかどうかはまったく別のこと。視覚に障がいがあっても、逆境に負けることなくたくましく生きている人もいる。

 わたしはそういう障がい者の方を何人も見てきた。そういう人たちに出会って、むしろわたしの方がパワーをもらったり、勇気づけられたりということもありました。

 でも、世間一般のところで言うと、いまだに障がい者=かわいそうな人で、彼らは働くことも生活することも難しい、という感じの受けとめで、『自分たちとはまったく別世界の人』となって他者扱いになってしまう。自分のそばにいる隣人とは見ない。

 そのようなイメージをもういい加減変えるべきだと思うんです。そのイメージを打ち破りたかった。

 ハンデがあったとしても自分の力でしっかりと生きている人間はいる。

 そのことを意識して、エフラートゥンは単なる悲劇のヒロインのようには絶対にしたくありませんでした。

 きちんと自分という人間をもって社会の中でしっかりと生きている女性という人物にしました」

「エフラトゥーン」より
「エフラトゥーン」より

アニメーションのパートで表現したかったこと

 エフラトゥーンは、かつて黄色の傘を貸してくれた男性の声を覚えていて、その彼のことを秘かに思い続けている。

 そんなある日、忘れようもないその声の主が店にやってきたことから、二人は親交を深めていくことになる。

 彼女に見えている世界や心情は、アニメーションなどで表現されている。

ヤームル・カールタル「そうですね。

 彼女に見えている世界をどういう表現で見せるのかということは、本作において大きなチャレンジでした。

 あらゆる可能性を考えましたね。

 その中で、やはりアニメーションはいいのではないかとなったのですが、アニメーションでもいろいろと技法があるので、どういうものするのがいいか、議論を重ねたんですね。

 そうなったときに、視覚障がい者の方にとって『触れる』という行為がひじょうに大切で、触れることで空間だったりモノだったりを認識される。

 だから、アニメーションもシャープできっちりとしたような画よりもなにか手触りが感じられるものがいいんじゃないかということになりました。

 それでいまのようなアニメーションでの表現になりました」

ジュネイト「その話について少し付け加えたいのですが、視覚障がい者の方は触れることでいろいろと情報を得ていくところがある。

 とりわけ指で触れることで、おそらくわたしたちよりも何倍も多くのことを感じ取っている。

 わたしたちがたとえばモノをつかんだり、指でなにかをしたりというのとはかなり使い方が違って、おそらくわたしたちよりもかなり感度も高いのではないかと思います。

 そのことと、はじめにはなしましたけどエコーロケーション=反響定位(動物が音や超音波を発し、その反響によってそのモノとの距離や方向などを知ること)については、重視してきちんと表現しました。うまくいっているといいのですが」

(※第四回に続く)

【「エフラートゥン」インタビュー第一回】

【「エフラートゥン」インタビュー第二回】

「エフラートゥン」ポスタービジュアル
「エフラートゥン」ポスタービジュアル

「エフラートゥン」

監督:ジュネイト・カラクシュ

出演: イレム・ヘルヴァジュオウル、ケレム・バーシン、ナザン・ダイパー、

エルマン・オカイ、メリサ・アクマン、ユルディズ・クルトゥル、

セミハ・ベゼク、ローザ・チェリック

「エフラートゥン」に関する写真はすべて(C)Karakuş Film

<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>ポスタービジュアル  提供:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024
<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>ポスタービジュアル  提供:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024

<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>

会期:《スクリーン上映》 2024年7月13日(土)~7月21日(日)

《オンライン配信》 2024年7月20日(土)10:00 ~ 7月24日(水)23:00

会場: SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ 映像ホール、

多目的ホールほか(埼玉県川口市)

詳細は公式サイト : www.skipcity-dcf.jp

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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