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【ペーサーの背後って空気抵抗が少なくて走りやすいの?】空気抵抗に拘らず、もっと自由に走ってほしいわけ

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ
後ろについて走ると楽に走れるのは、空気抵抗が原因?:写真はPhotoACから

ランニングイベントでは、ドクターランナーだけではなくペーサーもすることがあります。ペーサーをしたときの自分の肌感覚ですが、ペーサーの後ろは大人気です。足がぶつかって補給もしづらい、なのに理由を聞くと「走りやすい」「風よけ」「空気抵抗が軽減するから」という意見があります。自分は混雑するペーサーの後ろは走りにくく、強い向い風でもない限りおすすめしません。もっと人がいない斜め後ろや、混雑の少ない最後方をおすすめしています。理由を書いてゆきましょう。

ランニングにおける空気抵抗のコストは?

写真はPhotoACから
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1980年のアメリカの文献からですが、無風状態の屋外で空気抵抗に逆らって走る際のエネルギーコストは、キロ1分40秒で7.8%、キロ2分46秒で4%、キロ3分21秒で2%であったようです。短距離、中距離、マラソンの当時の一流選手を想定して行った研究ですのでかなり速い速度の研究ですが、遅くなるほど空気抵抗の影響は少なくなるのです。では実際に空気抵抗を抑えるためにランナーの後ろにつく走り方、「ドラフティング」についてみてゆきましょう。

最近のドラフティングの研究から

写真はPhotoACから
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2015年のフランスの文献から、3000mを約9分で走れるエリートランナーについて研究しています。ドラフティングなしの場合9分14秒であったのに対し、最初の2000mドラフティングありで走った場合は9分5秒と速かったようです。にも関わらず、血中乳酸値はなしの場合16.4mmol/lに比べ、ありの場合13.2mmol/lと低く、楽に走れた自覚もあるようです。他者がいることはモチベーションの向上につながるのですが、特に効果がでる終盤はドラフティングを外しているので、文献ではこの数字の違いはドラフティングの効果だろうと考察しています。

コンピューターモデル分析では?

写真はPhotoACから
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2016年のフランスの文献から、10000mのエリートランナーのトラック競技のデータを用いて3つの異なるドラフティングモデルの影響を調べると、最大8%のエネルギー削減と後方3mまでドラフティング効果があったとのことでした。またその速度は、ドラフティングありの場合5.57m/秒、なしの場合5.51m/秒でした。この違いは1kmあたり2秒弱程度です。エリートランナーでこの結果ですので、おそらく一般のランナーでは、1kmあたり1秒違うか否かというところでしょう。

エリートランナーはどのくらいフルマラソンのタイムが短縮するの?

写真はPhotoACから
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では「フルマラソンの記録がどのくらい短縮するか」についてみてゆきましょう。2021年のオーストリアの研究では、女性のエリートランナーの空気力学を用いて分析した結果、ドラフティングのランナーの布陣を最良にすると、空気抵抗を最大76.5%削減できました。しかし悪い布陣の場合は増加することもあるようです。最適な布陣ではランニングエコノミーが3.5%向上しました。これはマラソンにおいて2.3%の速度の増加、つまり約2分34秒タイムが短縮するようです。

さらにフルマラソンの世界記録保持者のキプタム選手を偲び惜しんだ文献では、2023年のシカゴマラソンで、2時間0分35秒のフルマラソンの世界記録を更新したキプタム選手が最良の布陣のドラフティングを発動した場合、1時間57分34秒(つまりは3分1秒短縮)まで記録を伸ばせたのではないかとの計算もあります。速いランナーがドラフティングを最良の布陣で組むと、それなりの効果はあるわけです。

さいごに

写真はPhotoACから
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「ランナーの背後につくと、空気抵抗が軽減するから楽に走れるの?」それは我々市民ランナーレベルではNoです。楽に走れる気がするのは空気抵抗が軽減するからではなく、おもに集団走の効果です(以前の自分のYahoo記事「マラソンのとき、ぺーサーって利用した方がいいの?」を参照)。モータースポーツやエリートランナーと違い、ドラフティングの効果は軽微です。

だから向かい風でないときに前のランナーやペーサーから力をもらいたいなら、背後にピタリと着く必要はなく、横でも斜め後ろでも、走りやすいところを走るよう意識して欲しいです。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は68回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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