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坂本花織「何事もポジティブに変換!」運を味方に付けつかんだ銅メダル

野口美恵スポーツライター
(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

「自分はとことん運が良いなって思います。色々な場面で救われてきて、やってきたことが報われるのも、神様がついてるなって思います」

北京五輪の女子シングル、坂本花織(21)は、日本女子4人目となる五輪メダルに輝いた。もちろんただのラッキーガールではない。いくつもの運命の別れ道でしっかりと自分らしい道を選ぶことができたから。北京での16日間を振り返る。

写真:エンリコ/アフロスポーツ

選手村では仲間とリラックス、個人戦へ繋げる

坂本が北京入りしたのは2月2日。団体戦の女子フリーに出場するため、樋口新葉、鍵山優真、宇野昌磨らと共に選手村へと到着した。坂本が出場する団体女子フリーは7日、そして個人戦は、15、17日である。この長い待機期間の調整の難しさを、坂本は痛いほど知っていた。前回の平昌五輪は、団体戦後に極度の緊張から胃腸炎になり、個人戦で持ち前の元気さを爆発させきれなかったのだ。

カギとなるのは、選手村で過ごす時間でいかに競技から離れてリラックスできるか。そこで坂本はプロジェクターとスピーカーを持ち込み、女子部屋でドラマや映画を見られる環境作りをした。

現地入りしてからは、初めての五輪となる樋口が緊張と戦っていた。トリプルアクセルが不調だった樋口から「アクセルどうしよう」と相談を受け、気持ちのはけ口になった。部屋では樋口の好きなドラマを流して一緒に観た。すると樋口は、団体女子ショートでダブルアクセルでの好演技をして2位。「かおちゃん(坂本)が一緒に過ごしてくれてリラックスできています」と笑った。

自身が任されているフリーは、団体戦8演技のうち最後。中野園子コーチからは「あんたで決まるのよ、メダル」とカツを入れられ、重責は増すばかり。7日の当日朝は緊張もあり身体が動ききっていなかったが、ペアの三浦璃来・木原龍一組がフリー2位につけたことで、先にメダルが確定した。

「みんなが積み上げて確定してくれたメダル。自分はしっかり締めるだけと思いました」

重圧から解放された坂本は、リンクを颯爽と滑り抜ける演技で、シーズンベストを更新する148.66点をマーク。個人戦への自信をつけた。

中野コーチは言う。

「すごく団体のメダルを意識して、自分が最後だからちゃんと滑らないと、とずっと気にしていました。メダルを獲ってホッとして、気持ちが緩んでるのは何も言わなくても顔を見たら分かりました」

2月8日以降も、休みはゼロ。いったん休んでもう一度ピークを持って来るという調整法もあるが、坂本に合うのは追いこみ続けるパターンだと、中野コーチは熟知していた。

「個人戦まで休むということは、まったく頭にありませんでした。女子フリー翌日の18日は休ませてくれと花織から言われていましたが」

写真:エンリコ/アフロスポーツ

ショート最終滑走に「持ってんなー。開き直った!」

個人戦に向けて仕切り直した直後、衝撃のニュースが入ってきた。カミラ・ワリエワ(ROC)が12月の検体でドーピング陽性になったというもの。団体戦は順位が暫定となり、メダルは手元に届かない。ワリエワの出場をめぐる日々のニュースが溢れた。中野コーチから

「他人のことは一切気にしないで。自分のこと、花織にしか出来ないことを頑張ろう」と毎日のように言われ、自分に集中し続けた。

13日は滑走順の抽選が行われた。練習帰りのバスで「かおちゃん、最終滑走やで」と知らされる。「持ってんなー。引き運強すぎやろ」と坂本。昨年12月の全日本選手権フリーも最終滑走でノーミスしており、「だいたい結果はいいのでそのイメージで。もう開き直った」と笑い飛ばした。

そして15日の女子ショート。ワリエワ、アンナ・シェルバコワ、アレクサンドラ・トルソワの3強と共に最終グループでの6分練習を迎えた。

「最終滑走という事実より、ロシアの3人と滑ることが怖くなりました。(シーズン前半の)グランプリシリーズではトルソワと一緒になっただけで、シェルバコワも世界選手権が最後。ワリエワとは初めて。3強がいると空気が違い、膝の震えが止まらず、心拍数も上がってしまいました」

自分の番を待つ間に、1つ前のグループで滑った樋口が、3回転フリップでエッジが「曖昧」と判定されたことが分かった。団体戦ではクリーンと認められていたのに、だ。「今日のテクニカルコントローラーは、ちょっと厳しめだ」。ルッツのエッジを修正中の坂本は気を引き締めた。

3回転ルッツは、アウトで踏み切らなくてはならないが、意識しないとインに変わってしまう。しかしアウトを意識しすぎると、ジャンプそのものを失敗してしまう。

「エラーエッジだったら100%跳べるんですけどね(笑)。完璧にしたかったから、踏み切る最後の最後までアウトに乗って『とまれ〜』って念じて止めていました。判定が厳しいなら、イチかバチかでやるしかないと考えて跳びました」

坂本の念が届き、無事にアウトエッジでテイクオフ。すべてのジャンプにプラスがつく演技で79.84点。トルソワがトリプルアクセルを転倒して出遅れたため、坂本は3位発進となった。

演技後、新調した衣装を見せて、語る。

「お腹に青いストーンがあるんです。中野先生が『青は縁起が良いから、どうしても入れて欲しい』と言ってくれたんです」

五輪では、青い衣装の選手が勝つという“ラッキーの法則”がある。この青いストーンが、アウトエッジを最後まで踏ん張る力に繋がったように感じた。

写真:長田洋平/アフロスポーツ

「トリプルアクセルに挑む、精神的な強さを見習おう」

2日後のフリーは、樋口とともに最終グループ入り。すでにショートでロシア3強の圧力を経験していた坂本は、6分間練習の前後の待ち時間、樋口に話しかけ続けた。

「ここに居るだけで緊張するね」「慣れるしかないよね」「新葉はやるべきことをやれば大丈夫」。もともと、2人は喋って緊張をほぐすタイプ。全日本選手権の6分間練習後も、お喋りをしていたという仲だ。五輪の最終グループでのロシア3強を前に、お互いの緊張をほぐし合った。

先に滑った樋口は、ショートに続いてトリプルアクセルを成功。214.44の好成績で首位につける。11番滑走だった河辺も、トリプルアクセルに挑戦していた。このあと滑るロシア女子3人は、4回転を複数入れてくる。自分には大技は無い。しかしそこでマイナス思考には陥らなかった。

「愛菜ちゃんも新葉も、トリプルアクセルにチャレンジした。あの精神的な強さを見習って自分も頑張ろう」。そんな風に、気持ちを前向きに変換させた。

フリーの本番、北京入りしてから16日目で疲れは溜まっている自分を客観視できていた。「ノーミスすることが何より目標だったので、最後まで持たせるように少しだけセーブしました。疲れている日でもノーミスするという練習を積んでいたので。試合をしているというより、身体の動かない朝練をやってるみたいな感じでした」

パーフェクトの演技で233.13点の自己ベストをマーク、暫定2位につけた。残るシェルバコワが完璧な演技で首位に立つ。最終滑走のワリエワは重圧に負けたのか、いつもの正確無比な演技はみられず5本のジャンプでミスをし、総合224.09点。モニターの3位のところに自分の名前を見つけると、涙が止めどなく流れた。中野コーチから、痛いほど強く抱きしめられる。日本人4人目の五輪メダリストが誕生した瞬間だった。

中野コーチは言う。

「本当に運のある子。今回も神様を味方に付けたら点数がもらえるよって言ってきました。でもその運を引き込んだのは、あの子の努力。常に努力してる。練習前も、誰より先に1本早いバスに乗ってアップに行く姿に、少しでも努力をしたいという気持ちが伝わってきていましたから」

翌日の会見で坂本は、運を味方につける方法を聞かれ、こう答えた。

「何が起きてもプラス思考でいること。何があってもポジティブに変換すること、それが前向きに進んでいく方法。あとは整理整頓。試合に行く前は、それも何かの運のひとつかなって思って、家を掃除してから出発しています」

坂本の純粋で真摯な生き方、その生き様を写すような銅メダルだった。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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