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中井亜美、トリプルアクセル2本で復活のシーズンへ、トロントで得た4回転への自信

野口美恵スポーツライター
クリケットクラブのメープルツリー並木に佇む (c)bassy

トリプルアクセルジャンパーの中井亜美(16)が、復活のシーズンを迎えている。この夏はトロントのクリケットクラブで4回転ジャンプ習得への手応えも掴んだ。「今季はトリプルアクセル2本を確実に決めて、来季につなげます」。ミラノ・コルティナダンペツォ五輪も視野にいれる期待の若手が、トロントでの強化練習中にインタビューに答えた。

4回転トウループをハーネスで成功させた

苦しんだ昨シーズン、心を支えたのは渡辺倫果の言葉

――2023年世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得。しかし昨季は11月に腰を痛め、全日本ジュニア選手権ではまさかの10位。苦しいシーズンを送ったことと思います。

「昨シーズンの初めは、(8月9月の)ジュニアGPで2戦優勝し、理想的なスタートを切ることができました。しかし全日本ジュニアの直前に腰を痛めてしまい、全日本選手権の出場がかかる大切な試合で力が出せず、かなり落ち込みました。全日本選手権に出られず、ホームリンクに残って練習している時間は『自分も一緒に行くはずだったのに』という気持ちになり、とても苦しかったです」

――苦しい時期を、どのように乗り越えてきたのでしょう。

「全日本ジュニアの直後に、(渡辺)倫果ちゃんと電話して、話をしたことがとても励みになりました。『今は苦しいかもしれないけど、この経験がミラノ(コルティナ・ダンペッツォ)五輪に繋がるから。一緒に行こうね』って話をしてくれて。倫果ちゃんはいつも、励ますだけでなく自分の経験を話してくれるので、言葉が心に刺さります。私にとってお姉さんみたいな存在です」

今夏には、羽生結弦らが練習したクリケットクラブのサマースケーティングにも参加した (c)bassy
今夏には、羽生結弦らが練習したクリケットクラブのサマースケーティングにも参加した (c)bassy

小学5年でトリプルアクセルに着手「憧れは真央さん」

――子供の頃のことを教えてください。スケートを始めたころの憧れの選手は?

「憧れは、小さいころからずっと浅田真央さんです。真央さんはトリプルアクセルだけが武器ではない所が凄いです。ステップも簡単そうにやっているけれど難しいことが詰まっていますし、ツイズルは本当に速くて大好きです。

まだ小学生のころ真央さんが新潟でスケート教室をしてくださったことがあり、感動しました。最近では、真央さんが私のホームリンクでショーの練習をされていたので『こんな憧れの人に普段から会えて良いのかな!?』という感じでした。いつも挨拶してくれるのですが、オーラがありすぎて『真央ちゃんだ〜』と圧倒されていました」

中庭コーチのもとでトリプルアクセルを習得

――憧れの真央さんを追うように、中井さんは小学生のころからトリプルアクセルを跳び、注目されてきましたね。

「練習を始めたのは新潟にいた小学5年の終わり頃です。最初は遊び感覚で、片足では降りられるけれどまだ回転不足でした。そのため試合で入れても確立(成功率)は良くなかったです。MFアカデミー(三井不動産アイスパーク船橋)に来てから、中庭健介先生に身体の使い方を習い、回転不足なく跳べるようになりました」

――2022年の全日本選手権フリーではトリプルアクセル2本を降りました。中庭コーチの元でフォームを確立したのですね。

「中庭先生には、特に手の使い方を習いました。また、トリプルアクセルを跳べる倫果ちゃんに教えてもらったり、見てコツを感じ取ったりもします。あと2人でトリプルアクセル対決もします。『どっちが先に降りるか』と言って交互に跳ぶのですが、倫果ちゃんは一発目でバーンと決めるので、『降りる!』と宣言したときの集中力が素晴らしいです」

――同じチームに女子のトリプルアクセルジャンパーがいることは大きな刺激になりそうですね。

「倫果ちゃんの凄さは、やはり本番強さだと思います。私はまだ、トリプルアクセルを試合で入れるときは『この1本で演技のすべてが決まってしまう』と思って足が震えます。本番だけ足が震えて跳べなかったら後悔するので、練習の時から緊張感がでる環境を作ろうと、仲間に見ていてもらって1人ずつ跳ぶ練習もしています」

ブライアン・オーサーコーチらと4回転ジャンプのフォームを確認する (c)bassy
ブライアン・オーサーコーチらと4回転ジャンプのフォームを確認する (c)bassy

トロントで4回転ジャンプに挑戦「手応えを掴んだ」

――トリプルアクセルだけでなく、夏には4回転にも挑戦していました。

「夏にクリケットクラブ(トロント・クリケット&カーリング・スケーティングクラブ)のサマーキャンプに短期間ですが参加させていただき、ブライアン(オーサー)やカレン(プレストン)そしてハーネスのジェフ(ディオニシオ)先生にアドバイスをいただきました。トロントに行くまではタイミングがつかめていなかったのですが、4回転トウループのきっかけを掴むところまで出来たと思います」

――どのようなアドバイスを受けましたか?

「中庭先生からも言われていたことなのですが、手や肩の使い方を、改めていろいろなアプローチで教えていただきました。4回転トウループを跳べている選手は、左手・肩の使い方が上向きなのですが、自分は長年のクセで下向きなのです。手の使い方が変われば、テイクオフのあとの跳んでいく方向が変わり、軸に入るのも早くなるので直したいと思います。トロントで覚えた感覚を忘れずに、日本でさらに練習を続けていきます」

――トロントでは短期間でも充実した練習になったようですね。

「クリケットクラブは、雰囲気もすごく素敵で、自然と練習したくなる場所です。さまざまな国の選手がいるのも刺激になりますし、バラエティに富んだ先生方がそれぞれ違う教え方やアドバイスをくださるのですが、最終的には同じゴールを目指している一体感もあります。難しいことをすごく分かりやすく教えてくれるので、効率的なアプローチができ、刺激を受けるサマーキャンプでした」

――夏の間に、ジャンプはさらにパワーアップしたようですね。

「はい。あと、この1年で身長が5センチくらい伸びたので、すべてのジャンプのフォームも見直しました。手の長さも変わったことで、テイクオフで手を引きつけるタイミングが遅れてパンク(1回転になる)が増えたので、そこを改善しました」

クリケットクラブではハーネスを使い4回転トウループを成功 (c)bassy
クリケットクラブではハーネスを使い4回転トウループを成功 (c)bassy

振付師デイビッドからのアドバイス「品のある素敵なスケートを」

――今季のプログラムについても教えてください。

「ショートは70点台が目標で、曲は『シェルブールの雨傘』です。宮本賢二先生が選んでくださいました。映画を観ましたが、こんな切なくて情熱的な恋愛をしたことがない、悲しい物語。演技の冒頭は雷の音が入っていて、雨が降っているシーンで「行かないで!」という気持ちで、感情を爆発させます。そのあとは、2人の思い出の世界を滑っていく展開になります。淡い恋と、悲しい愛。複雑な気持ちを演じていきます」

――フリーは映画の『シンデレラ』ですね。昨季のフリーに続き、デイビッド・ウィルソンさんの振り付けとなります。

「今季は、デイビッドから『今回は物語系にしたらどうか』と言われて、以前から使いたかった『シンデレラ』を自分で提案しました。デイビッドからは、『来季の五輪シーズンに向けて、シンプルだけど上品で、品のある素敵なスケートをしてほしい』と言われています。デイビッドの振り付けはシンプルだけれど、全部の動きがつながっているようなフロー感があるので、スケート技術の魅力を出せるように意識していきます」

――フリーでは、トリプルアクセル2本を入れています。2022年の全日本選手権でも成功させた大きな武器ですね。

「今季のフリーでは、トリプルアクセル2本の入り方を変えました。これは新たな挑戦です。特に『トリプルアクセル+3回転トウループ』は大技ですが、トリプルアクセルをしっかり降りられれば、3回転トウループは得意なので大丈夫だと思います。あとはジャンプばかりが目立たないよう、『シンデレラ』の世界観が崩れないように演技したいです」

クリケットクラブ内にある、クリケット場にて (c)bassy
クリケットクラブ内にある、クリケット場にて (c)bassy

『亜美ちゃんがジュニアのトップ』と言われる存在に

――改めて今季の目標は?

「まずは、絶対に怪我をしないように、筋肉疲労のケアをすることです。どんなに疲れていても、背中のケアやストレッチだけは絶対にすること。また、体作りという面では、エアリアルのトレーニングにも取り組んできました。浅田真央さんがアイスショーで挑戦していたもので、布を使って空中でトレーニングするので肩や背中など全身が鍛えられ、体が変わってきたのを実感しています」

――来季の五輪シーズンは17歳となり、シニア選手に上がることができます。展望は?

「まずは、昨季は怪我をしてしまったぶん、今季はローカルの大会からたくさん経験を積んで、世界ジュニア選手権の表彰台にもう一度乗ること。そして来季の大きな目標は、五輪代表になること。『亜美ちゃんがジュニアのトップだね』と言われる存在として、来季にシニアに上がり、力を出し切りたいと思います」

今季の国際大会初戦は、9月19日から開幕するジュニアGP。トリプルアクセルを武器に、ジュニアの頂点を目指す。

(2024年夏、トロントにてインタビュー)

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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