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「駿のジャンプ技術が好き」世界王者マリニンも認めた、佐藤駿が300点超えにむけて必要なこと

野口美恵スポーツライター
東京選手権で優勝した佐藤駿 (c)Yoshie Noguchi

佐藤駿(20)の進化から目が離せない。東京選手権(9月21−23日)では、ショートで100点超えを果たして優勝。武器となるのは4回転ルッツだ。ジュニア時代から成功させてきたが、今季は切れ味も、メンタルも違う。世界王者のイリア・マリニンも「駿のジャンプテクニックが大好き」と言うほどのジャンプの才気が、総合300点超えにむけて、好調なシーズンスタートを切った。

シーズン序盤でのショート100点超え、国際大会でも高評価

「今、すごく調子いいです。優勝ですか? そういえば初めてですね。この優勝をきっかけに、国際大会でも優勝していけるように頑張ります」

東京選手権は、全日本選手権に向けた予選会であり、本格的な国内戦のシーズンインとなる大会。初優勝を果たした佐藤は、自信にあふれる笑顔を見せた。前の週にはイタリアのロンバルディア杯に出場し、帰国直後の試合。しかしその疲れを感じさせない切れ味抜群のジャンプは、明らかな進化を示していた。

今季の躍進を確信させるもの。その1つが、シーズン序盤でのショート100点超えだ。ロンバルディア杯では、4回転ルッツを含むジャンプをすべて着氷。ルッツは回転がギリギリと判定されたが、98.39点をマークした。まだ新プログラム『ラヴェンダーの咲く庭で』を滑り込み切れていないシーズン序盤にもかかわらず、「プレゼンテーション(表現)」に9.5点を出したジャッジも。演技構成点(PCS)の合計は43.26点で、マリニンや鍵山優真に次ぐ評価だった。

その翌週となる東京選手権のショートでは、好調ぶりをキープしたまま、パーフェクトにジャンプを決め、100.87点をマーク。面白いのはその点数の内訳だ。技術点が59.12点と高く、演技構成点は41.75点でロンバルディア杯よりも低かった。つまり、「国内大会で甘めの評価で100点超え」という状況ではなく、むしろ辛めの採点で100点超えだったということ。次戦への期待が高まる内容だった。

「あまり実感が湧かなかったというか、自分でも行くとは思っていませんでした。でも100点を出したいとずっと思っていました」

謙虚に、でも嬉しさがこらえきれないといった様子だった。

初優勝した佐藤選手(中央) (c) Yoshie Noguchi
初優勝した佐藤選手(中央) (c) Yoshie Noguchi

4回転ルッツとフリップを続けて跳ぶ、「集中力のバランスが難しい」

翌日のフリーは、そんな佐藤でも興奮せずにはいられない挑戦が詰まっていた。今季は、4回転ルッツに加えて、4回転フリップもプログラムに入れるのだ。ロンバルディア杯のフリーでは、4回転ルッツは成功、フリップはタイミングが合わずに2回転になり、そのリベンジを誓っていた。

迎えた東京選手権のフリー本番。1本目の4回転ルッツを軽やかに降りる。フリップを4回転まわりきって、エッジが氷に付いた瞬間に、日下匡力コーチが思わず「よっしゃー」と叫んだ。直後にステップアウトしてしまったものの、回転軸、切れ味、回転速度、すべてが完璧だった。むしろ回転しすぎていた。

「ロンバルディア杯ではパンク(回転が開く)してしまったのですが、締めることが出来たので良かったです。ステップアウトにはなってしまいましたが、課題もたくさん見つかりました。やはり4回転ルッツを降りても安堵できなくて、すぐに『4回転フリップを降りなきゃ』と思うので集中力のバランスが一番難しいところなのかなと感じています」

また、4回転ルッツの好調を維持し続けている理由を聞くと、面白い答えが返ってきた。最初はこう答えた。

「特別なトレーニングはしてないのですが、調子良くて、なんでかな……」

しかし、いくつかの質疑応答の間に理由を模索していたのだろう。インタビューの最後に、思いついたように、こう話した。

「4回転フリップのことばかり考えていたのも、(ルッツが好調の)理由の1つかな。4回転ルッツを跳ぶ前もフリップのことを考えていたので、逆にそれが良かったのかな、と。昨季は4回転ルッツのことを考えすぎてしまっていたので。むしろ4回転フリップは考えすぎたことで回りすぎてしまったので、もっとリラックスして行けば良いのかなと思いました」

なんとも佐藤らしい回答。4回転フリップを回りすぎるのも驚異的であるし、何も考えずに4回転ルッツを跳べるのは、それだけ技術が体に染み込んでいる証拠だった。

2023年メダリストオンアイスで演じる佐藤選手
2023年メダリストオンアイスで演じる佐藤選手写真:西村尚己/アフロスポーツ

4回転トウループやトリプルアクセルは「回りすぎてしまう」

一方で「4回転トウループ+3回転トウループ」やトリプルアクセルには、あまり加点がつかず、演技中盤の4回転トウループは転倒。その理由を佐藤はこう分析した。

「4回転ルッツとフリップを跳んだ後の4回転トウループやトリプルアクセルは、回転の速度や軸の作り方が違うので、結構難しいです。回りすぎてしまって、今回は4回転トウループで転んだり、(トリプルアクセルで)詰まったりしました。他のジャンプに影響が出るのが、4回転ルッツ、フリップを入れていく難しさでもあるので、しっかり練習していきたいです」

4回転ルッツ、フリップにくらべて、4回転トウループは、同じ4回転といっても回転角度が小さい。佐藤の場合は、4回転トウループやトリプルアクセルを全力で跳ぶと回りすぎてしまうため、あえて軸をズラし、回転速度も緩めているという。プログラムで通すにはその加減が難しいが、明確に対策を取っていることも分かった。

300点超えに必要な、ジャンプの成功と演技構成点

東京選手権のフリーは175.63点、総合276.50点で初優勝。総合300点超えにむけては、こう話した。

「全部の4回転を構成通りしっかりこなせたら、(300点を)出せなくはないのかなと思っています。でも、今のままでは出すことは難しくて、もっと演技構成点を上げていかなければなりません。今はジャンプに意識が行ってしまっているので、プログラム全体を通して滑りや演技をしっかり意識できれば、300点も見えてくるのかなと感じています」

演技構成点については、フリーのピアノ曲『Nostos』に、手応えを感じているという。

「ギヨーム(シゼロン)先生との振り付けの中で、たくさんできることがあると感じました。難しい曲ではあるけれど、1つ1つ曲調を捉えていけたら、すごく良いプログラムになると思います。音をしっかり聞いて、僕が音を操るくらいの気持ちで行きたいです」

そして一番大きな鍵となるのは、4回転ルッツとフリップを揃えること。この2つのジャンプの成功者であるマリニンについて聞かれると、こう答えた。

「マリニンは次元が違います。でも追いついて行かないといけない存在。真似出来るところは真似して、マリニンのように確率の良い4回転を跳べるようにしたいです」

次元が違うーー。そう答える佐藤の言葉を聞いて、今年3月の世界選手権で優勝した時に、マリニンが語ったことを思い出した。

「僕は、駿のジャンプテクニックが大好きです。彼のジャンプを初めて見た時に、すぐにこう思いました。『僕に似てる』って。彼はとても回転速度が速くて、跳び上がりのテクニックは特に、僕に似ています」

次元は、違ってなどいない。マリニンが認めたジャンプの天才、佐藤駿。戦いは始まったばかりだ。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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