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坂本花織が、テレビ放送後にあえて言い換えた言葉とは。『CHANGE』ではなくてーー。世界女王の覚悟

野口美恵スポーツライター
シーズン開幕に向けた会見にトップ選手が集結した (c)Yoshie

フィギュアスケートの新シーズン開幕に向け、日本代表選手が集結した記者会見。その直後のインタビューで、坂本花織(24)は、会見の場で宣言した「今季の抱負」を言い換えた。

「先ほどの記者会見では『CHANGE(チェンジ)』と(フリップに)書かせてもらったのですが、『つなげる』という意味で今季を頑張りたいです。ジャンプ構成は、これが出来た、これは出来なかったというのを今季のうちに知って、ちょっとずつ出来ることを増やして五輪シーズンにつなげる。そういう目標で今シーズンはやりたいな、と思っています。だからチェンジだけではない気持ちなんです」

テレビで生放送された記者会見のあと、あえて言い直すというのは、珍しいことだ。イメージチェンジを彷彿させる言葉が、本心にそぐわないと思ったのか。それとも自分に言い聞かせるために「新たな宣言」が必要だったのか。

坂本の言葉を振り返っていくと、彼女がスケートにかける真の夢が見えてくるーー。

「フリップとルッツ2本ずつ」が目指す、真の目的

金髪に、黒のビスチェ風のドレス、白いレースのブラウスという装いで会見に登場した坂本。その髪型から、新シーズンに向けて、気持ち新たに挑んでいく気持ちが伝わってくる。「今季の抱負」を聞かれると、『CHANGE』と書かれたフリップを掲げて見せた。

「一番分かりやすいチェンジは、ジャンプの構成です。フリーで、3回転フリップとルッツを2本ずつにしました」

昨季までは、フリーで「フリップ2本、ルッツ1本」の構成だった。ルッツはエッジの傾きで減点をされる可能性があるため1本に抑え、すべての技術でのプラス評価を強みとする作戦。それを2本に増やすという。この変更の真意を、会見後に詳しく説明してくれた。

「フリップ(をメインの高難度ジャンプとする)のジャンプ構成でここまで点数が出るというのはある程度把握できています。なので『他のジャンプ構成だとどうなるのかな』と。今年変えてみて、もし良かったらそのまま(五輪シーズンに)行くし、ダメだったら戻そうと思います」

そう話すように、2022年世界選手権での自己ベスト236.09点も、昨季のシーズンベスト225.70点も、いずれもフリーのジャンプ構成は「フリップ2本、ルッツ1本」。フリップ2本の戦い方で、十分に得点が出ることは分かっている。

ではルッツを2本にする今季のジャンプ構成では、何が変わるのか。実は、得点に大きな影響はない。昨季までのフリーでのジャンプの基礎点合計は45.62点で、今季は46.17点。0.55点の積み増しであり、リスクを増やしてまで狙う「チェンジ」とは言い難い。

むしろ坂本の狙いは、リスクを減らすことにあった。

「ルッツを2本にすることで、それに伴って連続ジャンプも変えています。これまで連続ジャンプでミスしたときのリカバリーの選択肢がなかったので、リカバリーの可能性を増やそうと思います」

つまり、高得点のジャンプ構成にチェンジするというよりは、パーフェクトな演技をできる可能性を増やすことが、今季の作戦であることがうかがえた。

世界選手権3連覇を果たし、自分の戦い方に手応えを得た坂本
世界選手権3連覇を果たし、自分の戦い方に手応えを得た坂本写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

トリプルアクセルを武器にする若手の台頭

一方、記者会見の後半、ちょっと雰囲気が変わる場面があった。「意識する選手」という質問に対して、若手の選手たちがトリプルアクセルジャンパーのアンバー・グレン(米国)をあげたのだ。吉田陽菜(19)はこう話した。

「アンバー選手が先々週のロンバルディア杯のショートとフリーでトリプルアクセルを着氷していました。私もずっとトリプルアクセルを挑戦してきているので、勇気をもらいました」

すると渡辺倫果(22)もうなずいて、続ける。

「私も(意識する選手は)アンバー・グレン選手。ロンバルディア杯に共に出場して、公式練習など間近でトリプルアクセルを見ました。自分も今季からショートフリー合計3本のトリプルアクセルを成功させるという目標があるので、私も頑張ろうと思いました」

その2人の答えのあと、坂本は、自分に言い聞かせるように、こう話した。

「私が意識する選手は『自分』です。とにかく今は自分自身に勝つこと。他の選手を意識すればするほど、不必要な欲がやはり出てくる。『何点出してこの人に勝ちたい』と思うと、なかなかそれに近づけなかったり、かけ離れたりする。今季は自分を知る機会。自分自身と戦って、自分には何が出来て、何が出来ないかを知るのも良いと思います」

自分と対話するかのように語る。それは、ロシアの4回転ジャンパーとたち戦ってきた坂本の言葉だからこそ、1つ1つに重みがあった。2014年のソチ五輪後、4回転ジャンプを練習した時期もあり、試行錯誤を経て、トータルパッケージという自分のスタイルにたどり着いた。今更トリプルアクセルジャンパーが増えたとしても、自分の武器は何か、その気持ちがブレることはない。

改めて今季の目標を聞かれると、強いまなざしで答えた。

「全日本選手権は(日本女子選手と)直接対決になるので、そこでどれだけ自分を出せるか、勝負強さを出せるところ。みんな本気で取り組んでくると思うので、精一杯自分の力を出して、若手にも負けないぐらい今までの経験もしっかり出していけたらなと思っています」

勝負強さ、経験――。自分の武器を再確認する。

会見には、男女のトップ選手のほか、宇野昌磨さん、松岡修造さんが駆けつけた (c)Yoshie
会見には、男女のトップ選手のほか、宇野昌磨さん、松岡修造さんが駆けつけた (c)Yoshie

チームで誓った「五輪のメダルまた取りたいね」

会見中、坂本が一番リラックスした表情で答えたのは、むしろ五輪についての話題だった。

「この夏、パリ五輪で、2年半待った北京五輪の団体戦のメダルをいただきました。手にした瞬間に『もう一度、ミラノでメダルを取りたい』という気持ちが増しました。そのあと(ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪の)現地のリンクでも合宿して、ペアのりくりゅう(三浦璃来・木原龍一)、(鍵山)優真と『メダルまた取りたいね』と話したので、狙いたいと思います」

坂本が伝えたかった本心はここにあるのだろう。目指すのは、26年五輪での団体と個人2つのメダル。今季の目標『CHANGE』をあえて言い換えたのは、すべてが来季のためにあるからこそ。坂本の『五輪につなげる』シーズンがスタートする。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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