移籍が活発ななでしこリーグ。長野の本田美登里監督が見据える正念場のシーズンとチーム再生プラン(1)
【移籍市場が活発に】
なでしこリーグは12月から1月のオフシーズンにかけて、移籍市場が活発な動きを見せた。
1部では、新監督を招聘したノジマステラ神奈川相模原(ノジマ/昨年3位)、マイナビベガルタ仙台レディース(仙台/昨年8位)などが積極的な補強を敢行。
そんな中、移籍市場で衝撃を与えたのが、AC長野パルセイロ・レディース(長野/昨年7位)だ。昨シーズンからの26名のうち、なんと14名もの選手が退団(2名が引退)。2015年の2部優勝を支えた主力の多くが移籍したことも、ひとつの時代の終わりを物語る。
新たに高卒選手など7名を獲得したものの、登録メンバーは19名でのスタートとなった。なでしこリーグ1部は例年、25名前後でスタートするチームが多いことを考えると、かなり少ない。
多くの選手が移籍を決断した背景を考えると、様々な要因が複雑に絡み合って見えてくる。
個性的で、枠にはまらない選手が多いことは、筆者が長野に感じる魅力の一つだ。
そのチームカラーを考える上で、本田美登里監督の存在は欠かせない。2001年に人口3万人の岡山県美作市を拠点とした岡山湯郷Belle(湯郷/現3部)の創設に関わり、なでしこリーグ1部に定着させた。そして、後になでしこジャパンの象徴的な選手となった宮間あやとともに「地元に愛されるチーム」、「地方から女子サッカーの魅力を発信するチーム」のロールモデルを作った。
長野の監督に就任したのは2013年だ。年代別代表などの実績を持ち、他チームで出場機会を得られなかった選手たちを集めて、個の強さで局面を制する攻撃的なサッカーを展開。FW横山久美の得点力を最大の武器として、就任3年目で1部昇格を果たした。
参照記事:
AC長野パルセイロ・レディースの本田美登里監督が考える、なでしこの魅力とは(1)
高い位置からボールを奪いにいき、3点取られても4点取り返すーー。そのスタイルは1部でも強さを発揮し、昇格1年目で3位に導いた。ゴールシーンが多く、ドラマチックな逆転劇も多い試合展開に、サッカーに縁がなかった層もスタジアムに足を運び、ホームの平均観客数は2016年(3647人)と2017年(2421人)で、2年連続首位に輝いた。ホームの長野Uスタジアムの見やすさも、観客増を後押しした。
2年目以降は横山やFW泊志穂の海外移籍などで得点力不足に陥り、2017年は6位、2018年は7位と、2年連続で前年度の順位を下回った。それでも、残留争いをせずにきたことは、1部で戦い抜く地力がついた証とも言える。
【選手が移籍する理由とは?】
だが、個を最大限に生かし、同時に個に依存するスタイルだけに、そのパワーバランスを保つ難しさは合わせ鏡のようにつきまとってきたはずだ。
その点は本田監督のさじ加減にかかっている。2部昇格や昇格1年目で3位になった勢いなど、結果が出ていたことで保たれていたそのバランスが、昨年は苦しいシーズンを過ごした中で崩れてしまったように筆者の目には映った。
在籍期間が長かった選手たちは、葛藤しただろう。一方で、移籍してきたものの、思い描いていたサッカーができずに1年でチームを後にするケースもなでしこリーグでは少なくない。
進路に悩んだ選手が、自分にとって魅力的な条件を提示してくれるチームに移籍したいと考えるのは自然なことだ。
プロ選手であれば、多少のことには目を瞑れるだろう。試合に出られなかったり、パフォーマンスが上がらないのなら、自分自身と向き合っていくしかない。そのための時間はある。
だが、なでしこリーグの選手たちはプロではなく、仕事をしながらサッカーをしている選手が大半だ。そのため、生活環境のわずかな差がパフォーマンスの違いにつながる。そして、Jリーグに比べると、移籍に関してのハードルが圧倒的に低い。よく言えば“身軽”なのだ。
「そのチームがどのようなサッカーをするか」ということや、チームの雰囲気などに加えて、就労環境(収入やセカンドキャリアへのサポートを含む)は、移籍の決断に大きく影響する。
プロに近い条件でサッカーができるINACを除いて、ほかのチームの選手(学生を除く)は、日中はスポンサー企業などに勤めているケースが多い。仕事の時間によって、明るいうちから練習できるチームもあれば、夜に練習しているチームもある。ちなみに、長野の練習は基本的に16時からで、アウェー戦の翌日は仕事がオフになるなど、なでしこリーグ1部のチームの中では恵まれている方だ。一方、冬場は寒さが厳しく、雪でグラウンドが使えないこともある。
今シーズンの移籍の流れで興味深いのは、1部から2部のチームに移籍する選手が多いことだ。2部のちふれASエルフェン埼玉(埼玉)は、長野からMF齋藤あかね、MF木下栞、MF大宮玲央奈、MF中村ゆしかの4選手に加え、U-20女子W杯で世界一に輝いたヤングなでしこで背番号10を背負ったMF長野風花、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースで12シーズンを戦い抜いたベテランのFW深澤里沙、元なでしこジャパンのGK福元美穂(INACから加入)とMF上辻佑実(ベレーザから加入)、浦和レッズレディース(浦和)のDF木崎あおいなど、1部で戦ってきた選手を続々と補強した。
また、ニッパツ横浜FCシーガルズ(神奈川)も、長野からDF坂本理保とGK望月ありさ、アルビレックス新潟レディースからDF小原由梨愛、浦和からDF長嶋洸を獲得した。
プロ契約を含め、選手にとって魅力的な条件を提示できるチームが増えてきたことは、各チームが競って選手の待遇を見直す良い流れに繋がるかもしれない。
サッカーの環境に加えて、生活条件(地元に近い、通いたい大学がある、などの地理的条件を含む)や、人(コーチングスタッフ、仲の良い選手や一緒にプレーしたい選手がいる、など)も重要だ。今回の長野のように、関東圏出身の選手がまとまって同じチームに移籍するケースも、そのことを裏付ける。
【目標は残留】
長野では、1月19日に新年初の全体練習が行われた。新キャプテンに指名されたのは、横山だ。
「目標は残留です。あまり大きなことを言っても自分たちのプレッシャーになるだけですし、1年目に残留を目標にしていい結果(3位)が出たので。また、初心に戻って頑張りたいと思います」
厳しいシーズンになることを覚悟したように、横山は現実的な目標を口にした。
おそらく、先発メンバーの顔ぶれは昨年から半数近くが入れ替わるだろう。けが人もいることを考えれば、新加入選手が開幕スタメンを飾ることも十分に考えられる。その中で、チームの土台を再構築しながらシーズンを乗り切るためには、横山に加え、GK池ヶ谷夏美、MF國澤志乃ら、経験のある選手たちの存在がカギになるだろう。
長野で7年目のシーズンを迎えた本田監督は、今シーズンのチームの方向性について、どのような方針を打ち出すのか。また、地域密着を大切にするチームづくりや、なでしこリーグの黎明期からの流れを知るパイオニアとして、なでしこリーグのプロ化計画(*)についても考えを聞いた。
(*)日本サッカー協会の理事会(2018年7月26日)において、前なでしこジャパン監督の佐々木則夫理事を中心にリーグのプロ化についての協議が行われ、東京五輪後の21年、もしくは準備期間を十分に設けて22年移行などの案が出されている。
【本田美登里監督インタビュー】 に続く