なでしこジャパンが日韓戦で示した新コンセプト。新体制の船出に向けた収穫とは?
【日韓戦の意義とは?】
10月26日、国立競技場でなでしこジャパンがパリ五輪後初となる親善試合を行った。相手はアジアのライバル、韓国女子代表だ。
今回の親善試合は、新監督の下で“新生なでしこジャパン”のお披露目となるはずだったが、新監督の選考が難航。日本サッカー協会(JFA)女子委員長の佐々木則夫氏が代行監督として8年ぶりに現場復帰し、狩野倫久コーチ、内田篤人コーチらが脇を固める「今回限り」の臨時スタッフで臨んだ。
試合に向けては、国内・海外組、若手新戦力も含めた23名が選出された。U-20女子ワールドカップ準優勝メンバーからGK大熊茜、サイドバックの遠藤優、アタッカーの松窪真心が初招集(土方麻椰も選ばれたが、ケガのため不参加)となった。
「勝利することはもちろんですが、今後のなでしこジャパンの指標になるゲームにしたい。そう(ファン、サポーターの)皆さんにも、選手たちにも伝えてきました」
前日会見の第一声で、佐々木代行監督はこの試合の意義を再度強調。また、その指標の一つとして、「攻守にアグレッシブなサッカーを目指す」ことを公表した。ワールドカップとパリ五輪では3(5)バックをベースに、低い位置からの守備と縦に速い攻撃を強みとしていたが、今回の親善試合では4バックを採用。前線からボールを奪いにいく守備へとベースの転換を図った。新監督が決まればメンバーは変わる可能性が高いが、JFAが新監督に求める方向性は明確なのだろう。
「ワールドカップ、オリンピックの戦い方が間違っていたとは思いませんし、そこは単なる(自分たちの)実力不足だったと思います。前から奪いに行く守備は、戦い方のオプションを増やす意味でプラスに捉えて取り組んでいます」
FWの植木理子がそう意気込みを口にすれば、センターバックの南萌華も、新たなチャレンジに前向きな意思を示した。
「高い位置でボールを奪うことにトライできるのは嬉しいですが、そのためには一人一人の守備範囲や強さが重要になります。海外でプレーする選手が増えた中で、それを強みとして持てている選手も多いので、チームとしていいチャレンジを増やしていきたいです」
FIFAランキングは、日本の7位に対して韓国は19位。国内のKリーグや女子のWKリーグなどで指揮を執ってきたシン・サンウ新監督が就任したばかりで、この日本戦が初陣となった。世代交代を進めたい同監督の意向もあり、メンバー構成も以前とは大きく変化。海外組はコンディションやケガの影響でほとんど呼ばれず、大黒柱のチ・ソヨンも選外に。シン監督は「3年後、4年後を見据えて、これから私の色をつけていきたい」と、試合前日にチームの現在地を語った。
【快勝から得たもの】
試合は、4-0で日本が快勝。
立ち上がりの15分はビルドアップのミスが多く、日本がやりたいことを逆にやられていた印象だったが、流れを変えたのは左サイドバックで出場した北川ひかるだ。今夏にスウェーデンのBKヘッケンに移籍し、「4バックのサイドバックで強さを身につけたので、それを少しでも表現したいと思った」という。18分にインターセプトから左足でシュートまで持ち込み、32分には右コーナーキックで長谷川唯のボールにヘディングで合わせて先制。
これで流れを掴んだ日本は、その2分後に北川が左サイドの高い位置でショートカウンターの起点に。田中美南のグラウンダーのクロスに、藤野あおばが合わせて2-0。その3分後にも、相手のミスを見逃さなかった田中が決めて3-0。前半だけで3点を奪うと、後半は前線の選手を積極的に交代して変化を促した。
そして56分、右サイドを駆け上がった守屋都弥のグラウンダーのクロスに、中央から走り込んだ谷川萌々子が右足を一閃。鋭いシュートをゴール右隅に刺し、4-0と突き放す。
終盤は塩越柚歩がボランチに入り、初招集の遠藤優が右サイドバックでA代表デビュー。これまでにない組み合わせにもトライしながら、危なげないゲームコントロールで試合を締めくくった。
新メンバーでまっさらな状態の韓国と、パリ五輪メンバー中心のベストメンバーで臨んだ日本の間には、当然ながら力の差があった。加えて、シン監督は、後半は若手選手に経験を積ませる起用だったと明かしている。その点から考えても収穫を見出しにくい試合だった。その中でも、チームとしての方向性を共有することはできたようだ。
「相手が後ろ向きのプレーをした時には、必ずみんなでプレッシャーをかけていこうという話をしていました。自分たちが積極的に奪いにいく姿勢は見せられたと思います」(長野風花)
「練習で前線からのプレスがはまらない時があったんですが、試合では奪える回数が増え、それがゴールにつながったのも良かったです。(相手の)攻撃はカウンター中心だったので、(日本の)守備に関する収穫はあまりなかったと思います」(山下杏也加)
今後も、新監督の発表までは予断を許さない状況が続くものの、新戦力の融合へのたしかな期待感はある。今回、20歳以下の選手が7名招集されたが、うち6名がすでに海外でプレー。谷川はパリ五輪のブラジル戦同様、出場して10分ほどでゴールという結果を出した。
出場機会を得たのは藤野と谷川、浜野まいかの3人だけだが、新戦力の選手にとってもトレーニングで受ける刺激は大きかったようだ。アメリカ女子プロサッカーリーグ(NWSL)でプレーする松窪は「少ない準備期間でいろんなことをいろんな人に教えてもらって、考え方がすごいと思った」と明かした。
【海外組が示す「違い」と内田コーチの指導効果】
ローマでプレーする南萌華は、今後のチームの成長に必要なこととして、試合前に「強さ」を強調していた。
「日本の選手はセーフティーにプレーしがちだと思うので、個人的には手を使って止めるプレーをもっと増やしていいんじゃないかと思います。リーグ(セリエA)で今季はすでに3枚くらいイエローカードをもらっているのですが(苦笑)、本当に必要な時は、ファールでも止めるという気持ちを持っていたいと思っています」
今夏マンチェスター・シティに加入した藤野も、環境の変化をこのように言語化している。
「日本だとボールが逆サイドにある時やマイボールの時間は、うまく呼吸を整えて、全員が落ち着いて整えてからまた攻撃し出すところがありますけど、海外だと奪った瞬間から攻撃のパススピードが早くて、休んでいる時間がない。そのスピードに慣れたことは、(代表でも)アドバンテージになると思います」
やはり日常的な練習環境の違いは大きいが、それは指導で伝えられる部分もある。今回、短期間ながらセットプレーや守備面を担当したという内田篤人コーチ。世界を知る元名選手の指導の恩恵を特に享受したのは、左右のサイドバックを務めた北川と守屋だろう。「内田さんもサイドの選手だったので、守備の仕方など、練習の中で的確なアドバイスをいただけて、今回サイドの選手は得だったかなと思います」(守屋)。北川は先制ゴールを含む2得点に絡み、守屋は1アシスト。内田コーチを筆頭に、元日本代表選手による臨時指導は、今後も各ポジションで期待したい。
なでしこジャパンの新監督選任の最終期限について、宮本恒靖JFA会長は年内との見通しを示している。水面下ではいろいろな“逆オファー”もあるようだが、果たしてどうなるだろうか。
一足先に新体制の船出を切った韓国は、11月末にスペインとの親善試合を組んでいるという。日本も新監督と2027年のワールドカップ、2028年のロサンゼルス五輪に向けた新たな強化プロセスの下、強豪国とのマッチメイクを実現させ、期待感に満ちたスタートを迎えてほしい。