ウクライナ侵攻「ロシア政府アカウント」が互いにフェイク増幅、SNSが規制しない事情とは?
ロシアによるウクライナ侵攻をめぐり、ロシア政府の公式アカウントが「偽情報(フェイクニュース)」を互いに拡散する“増幅エンジン”になっているという。なぜ、ソーシャルメディアは規制しないのか?
オーストラリアの研究者らはアカデミックメディア「ザ・カンバセーション」に公開した調査結果の中で、ロシア政府の公式アカウントが、ウクライナ侵攻をめぐる「偽情報」を互いに拡散し合う、増幅のネットワークをつくっている、と指摘する。
ウクライナ侵攻をめぐるフェイクニュース対策として、プラットフォーム各社は、ロシア国営メディアの配信停止などの対応を取っている。
だがそこには、“抜け穴”があるという。ロシア政府の外務省や大使館などの公式アカウントだ。
これらのアカウントはロシア政府が主張する「偽情報」の投稿などを、互いに共有し、増幅を続けているのだという。
フェイスブックやツイッター、ユーチューブなど、主なソーシャルメディアは、いずれもロシア政府のアカウントはアクティブなままだ。
このような組織的な増幅は、なぜ規制されずにいるのか?
●「組織的リツイートネットワーク」
豪クイーンズランド工科大学上級講師、ティモシー・グラハム氏と、RMIT(ロイヤルメルボルン工科大学)講師ジェイ・ダニエル・トンプソン氏は3月15日、アカデミックメディア「ザ・カンバセーション」に掲載した調査結果で、そう指摘している。
グラハム氏らが分析したのは、75件のツイッターのロシア政府公式アカウント。その動向を追跡することで、「これら(のアカウント)が偽情報の主要な発信源であり、増幅器であることがわかった」としている。
調査時点で、75件のアカウントのフォロワーは合計で7,366,622人。それらのツイートは全体で3,590万回リツイートされ、2,980万件の「いいね」、400万件のリプライがあったという。
調査によれば、ロシアによるウクライナ侵攻開始翌日の2月25日から3月3日までで、75件のアカウントは1,157件のツイートを行い、4分の3近くがウクライナに関するものだった。
その大半が、ウクライナ政府への不信を煽るもの、他国の「戦争犯罪」を言い募って「ならばそっちはどうなんだ(whataboutism)」と論点をそらす古典的手法の拡散、「生物兵器」をめぐる根拠のない主張の拡散、などの内容だったという。
グラハム氏らは、75のアカウントは連携し、60秒以内という間隔で互いにリツイートをする動きが確認できたという。
このような組織的、人為的な拡散は、人工的につくりあげる偽の草の根運動、という意味で「アストロターフィング」と呼ばれる。
中でも最も目についたのは、ロシア外務省(英語・ロシア語)、駐ジュネーブ・ロシア代表部、駐米ロシア大使館の4つの公式アカウントだったという。
グラハム氏はBBCのインタビューに、これが「組織的なリツイートネットワーク」だといい、「彼らはこれを自分たち都合のいい物語をツイッターに流すためのエンジンとして利用し、規制を逃れている」と指摘する。
●「偽ファクトチェック」を発信する
ロシア政府の公式アカウントが注目を集めた事例としては、3月9日にロシア軍が行ったウクライナ東部・マリウポリの産科病院爆撃をめぐる投稿がある。
駐英ロシア大使館の公式アカウントは、「この病院がウクライナ軍に占拠されていた」「妊婦とされる画像はなりすまし」などとして爆撃被害の報道を否定する「偽ファクトチェック」を発信。
英BBCなどのファクトチェックを受け、ツイッター、フェイスブックは投稿が利用規約に違反するとして削除している。
ロイター通信によると、この削除後も、同趣旨の「偽ファクトチェック」は、少なくとも18のロシア政府や大使館のツイッター、フェイスブック、テレグラムのアカウントで流通していた、という。
またドイツ公共メディア「ドイチェ・ヴェレ」や米シンクタンク「大西洋評議会」は、ロシア政府の主張を後押しする多くの「偽ファクトチェック」を英語、フランス語、スペイン語、中国語、アラビア語の5カ国語で発信するサイト「ウォー・オン・フェイクス」が3月に入って開設されたことを明らかにしている。
メタが提供する分析サービス「クラウドタングル」によると、このサイトのフェイスブック上の「いいね」や共有などの反応の大半が、ロシア外務省と各国駐在ロシア大使館の公式アカウント経由で集まっていることがわかる。
※参照:ウクライナ侵攻「偽ファクトチェック」5カ国語で発信、大使館が次々に拡散する思惑とは?(03/14/2022 新聞紙学的)
●国営メディアから政府公式へ
ウクライナ侵攻をめぐるフェイクニュース拡散の舞台として指摘されるのは、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアだ。
英メディア「プレスガゼット」は3月17日の記事で、ソーシャルメディアごとの拡散状況をまとめている。
調査対象としたのは、ファクトチェックの国際連携組織「インターナショナル・ファクトチェッキング・ネットワーク(IFCN)」の認証団体が、ウクライナ侵攻をめぐって3月14日までに「フェイク」と判定したコンテンツ614件。
それによると、このうち396件(65%)がフェイスブック上で、182件(30%)がツイッター上で拡散していることが確認されたという。
「プレスガゼット」はこれに先立ち、ウクライナ侵攻開始から1週間となる3月2日までの「フェイクコンテンツ」350件についても調べており、このうち209件(60%)がフェイスブック、123件(35%)がツイッターで確認された、としている。
ウクライナ侵攻をめぐるロシア政府のプロパガンダの拡散は当初、その発信元としてロシア国営メディア「RT」「スプートニク」への注目が集まった。
米ワシントン・ポストが、ニューヨーク大学やメタのクラウドタングルのデータを分析したところ、「RT」「スプートニク」によるフェイスブックへの投稿は、ウクライナ侵攻開始2日前の2月22日から2月26日までで、通常よりもはるかに多い500万件を超える「いいね」、共有、コメントが集まっていた。またユーチューブでは、動画視聴が7,300万回にのぼったという。
これに対して欧州連合(EU)の行政機関、欧州委員会委員長のウァズラ・フォン・デア・ライエン氏は2月27日、ウクライナ侵攻に対するロシアへの制裁措置として、ロシア国営の「RT」と「スプートニク」のコンテンツ配信規制を表明する。そして、EUは3月2日、両メディアの域内での配信を禁止する措置を取った。
この制裁と相前後して、ソーシャルメディア各社も相次いでフェイク規制に乗り出す。
グーグル・ユーチューブは2月26日、「RT」などの国営メディアによる広告掲載禁止を表明。ユーチューブは3月1日には欧州での「RT」「スプートニク」のブロックを実施。11日にはその範囲を全世界に拡大している。
フェイスブックも2月28日、「RT」「スプートニク」のEU域内でのアクセス制限を表明した。ツイッターも、EUの規制に従うとした。
だが、ロシア政府公式アカウントは、引き続き同国政府のプロパガンダをソーシャルメディア上で発信・増幅し続けている。
●それでも規制しない理由
ワシントン・ポストは3月17日の記事で、ロシア政府の公式アカウントが規制されない理由について、メタの広報担当者、ドリュー・プサテリ氏のそんなコメントを紹介している。
合わせてツイッターの広報担当者、ケイティ・ロスボロー氏のこんなコメントも掲載している。
メタやツイッターが挙げるのは、「公共の利益」と利用規約違反とのバランスだ。
両社は投稿が利用規約に違反している場合でも、それが社会的な関心事や議論のために価値のある「公共の利益」に該当すると判断した場合、例外扱いとすることを明らかにしている。
※参照:SNS対権力:フェイスブックとツイッターの判断はなぜ分かれるのか?(06/04/2020 新聞紙学的)
両社の対応には温度差もある。ツイッターはその適用を政治家、政府関係者に限定するとしている。
これに対し、メタ(フェイスブック)は580万人もの著名人を「特別枠」として、利用規約適用の例外扱いにしていたことが、ウォールストリート・ジャーナルが2021年9月に暴露した内部文書「フェイスブック・ファイルズ」によって明らかになっている。
※参照:Facebookが抱えるコンテンツ削除のトラウマとは、著名人580万人「特別ルール」の裏側(09/15/2021 新聞紙学的)
政府や国の指導者による利用規約違反のコンテンツを、どこまで認めるのか。
ソーシャルメディアが、それを問われ続けてきたのが、米国の前大統領、ドナルド・トランプ氏による根拠のない主張の投稿に対する扱いだ。
フェイスブックもツイッターも、2020年米大統領選が本格化するまで、「公共の利益」を理由に、トランプ氏による利用規約に違反する投稿を容認していた。
その結果、トランプ氏がその大統領選をめぐって根拠なく主張した「選挙不正」は、2021年1月に発生した空前の米連邦議会議事堂乱入事件へとつながった。
この事件では、フェイスブック、ツイッターなどソーシャルメディア各社は、さらなる暴力につながる危険があるとして、「公共の利益」の例外措置を超えて、相次いでトランプ氏のアカウント停止に踏み切った。
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
ただ、アカウント停止という急場の判断やその根拠について、当時のドイツ首相、アンゲラ・メルケル氏や、フェイスブックの諮問機関「監督委員会」からは疑問の声も上がった。
※参照:トランプ氏停止は支持、だがFacebookは無責任と「最高裁」が言う(05/06/2021 新聞紙学的)
米連邦議会議事堂乱入事件では、警察官を含む5人が死亡し、警察官約140人が負傷している。
一方、ウクライナ侵攻では、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の3月21日の発表では、民間人だけで子どもを含む925人が死亡し、1,496人が負傷。避難民は348万9,644人に上る。
またウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキー氏は3月12日、ウクライナ兵の死者が1,300人にのぼると明らかにしている。
一方、ロシアメディア「コムソモリスカヤ・プラウダ」の3月21日の記事は、同国国防省の発表として、ロシア兵の死者を9,861人、負傷者を1万6,153人と報じている(*注:3月22日付のロイター通信の報道や「コムソモリスカヤ・プラウダ」の注意書きによると、同メディアは「ハッキングを受け、偽情報が挿入された」として、ロシア兵の死傷者数のデータはその後、記事から削除されている)。
米連邦議会議事堂乱入事件のトランプ氏に対するアカウント停止措置と、ウクライナ侵攻におけるロシア政府公式アカウントの存続。
ソーシャルメディアの今回の対応が十分なのか、との議論が広がっている。
●「同レベルの対応を」
欧州委員会委員のティエリー・ブルトン氏は2月28日、グーグルCEOのスンダー・ピチャイ氏とユーチューブCEOのスーザン・ウォジスキ氏とオンライン会談をした際に、米連邦議事堂乱入事件を引き合いに、同レベルの対応を求める姿勢を明らかにしていた。
「ツイッターのポリシーとルールは、戦争のような特別な状況に合わせて変更する必要がある」。クイーンズランド工科大学のグラハム氏とRMIT大学のトンプソン氏は、「ザ・カンバセーション」の記事の中で、そう指摘している。
前述のワシントン・ポストの記事で、米シンクタンク「ケイトー研究所」の政策アナリスト、ウィル・ダフィールド氏は、トランプ氏の場合は個人アカウントだったが、今回はロシア政府の「国家」としての公式アカウント群が対象になっていることが、プラットフォームの意思決定プロセスを複雑にしていると指摘する。
●「武器」としてのソーシャルメディア
ハイブリッド戦争における情報戦の「武器」として使用されるソーシャルメディア。
戦時において、そのコンテンツとアカウントの管理と「公共の利益」のバランスを、ソーシャルメディアはどうとるのか。
フェイスブック、ツイッター、ユーチューブのロシア外務省やロシア大使館の公式アカウントによる情報発信は、止まる気配はない。
(※2022年3月22日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)