日本競馬史上最強馬が、勝たなければいけなかったジャパンカップ。当時、武豊騎手が語ったその理由とは……
海の向こうで史上最強馬に襲い掛かったアクシデント
ジャパンカップが今週末に迫った。
近年の優勝馬をみても、キタサンブラックやジェンティルドンナ、ウオッカなど、名馬の名が並ぶ。
そんな中でもひと際輝いて存在感を示すのはやはりディープインパクトだろう。
2004年にデビューした後の日本競馬史上最強馬は、これまた日本競馬史上最高の騎手である武豊を背に向かうところ敵無しの快進撃。05年のクラシック三冠を無敗で制すと、有馬記念こそ体調不良もあって2着に敗れたが、06年には春の天皇賞と宝塚記念を制覇。この時点までで11戦して5つのG1を含む10勝、2着1回という成績を記録し、勇躍、海を越えた。
目指したのはヨーロッパ最大のレースである凱旋門賞。日本競馬史上最強の馬と騎手のコンビは、ロンシャンで新たなる歴史を築き上げるものと誰もが信じていた。
しかし、競馬の神様は思いもしない結末を用意していた。かの地でも圧倒的1番人気に支持されたディープインパクトだが、結果は3位入線。さらにレース後、「体内から禁止薬物が検出された」として失格処分をくだされてしまったのだ。
この時、検出されたのは“イプラトロピウム”という薬物だが、これ自体は呼吸器疾患に使われるモノであり、その使用は日本でもフランスでも認められていた。しかし、これが体内に残った状態でレースに出走することが、フランスでは認められていなかった。ディープインパクト陣営ももちろん意図的に残留させたわけではなく、後に「使用した際、寝藁に付着したものをディープが吸引してしまったようだ」と声明を出している。
『勝ちたかった』『勝たなければいけなかった』ジャパンC
同馬の池江泰郎(当時)調教師も、管理不行き届きということで日本円にして200万円以上の制裁金を科せられたが、彼の人柄を知る人は皆、口を揃えて「悪意を持ってそのようなことをする人ではないのに……」と同情的だった。
もちろん、騎乗した武豊も異口同音にそう語っていた人物の1人だ。
それだけに「『続くジャパンCは何としても勝ちたい』という強い想いを胸に臨んだ」と後に語っている。
「僕自身も、陣営も『何としても勝ちたい』『勝たなければいけない』という気持ちを持っていました」
レースは前半5ハロン61秒1という遅い流れで流れた。流れ自体は前が有利と思えるそれだったが、天才騎手はディープインパクトをいつも通り後方から進めさせた。
「スローなのは分かったけど、ディープ自身のリズムで走らせることを優先しました」
後に日本のナンバー1ジョッキーはそう語っている。
ラスト700メートルあたりから鞍上はゴーサインを送る。比較的馬場の綺麗な外目へ持ち出すのも、事前に考えていた通り。これにディープインパクトが応える。最後は本来の末脚を繰り出して、2着に2馬身の差をつけて堂々と先頭でゴールに飛び込んでみせた。
汚名返上といえる圧勝劇に武豊は「自然とガッツポーズが出た」と語り、向こう正面でパートナーにひと声かけたことを教えてくれた。
「『おめでとう』ってディープに言いました」
勝利を噛みしめるようにゆっくりとウイニングランをして脱鞍所に戻ると、心なしか潤んだ瞳で池江が出迎えた。それをみた武豊の表情からも、こみ上げるものがあることが窺えた。
あれからもう10年以上が過ぎた。今年のジャパンCで天才が手綱をとるのは昨年の覇者でもあるキタサンブラック。ディープインパクトの兄、ブラックタイドの子供だ。マカヒキなどディープインパクトの子供らを相手にどのような競馬をみせてくれるのか。名勝負を期待したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)