調教師夫人が語る「マイルチャンピオンシップに出走する英国馬チャリンはこんな馬」
調教で動かない
今週末のマイルチャンピオンシップ(G I)に出走するため既に日本入りしているチャリン。私はヨーロッパで2度ほどこの馬を見たが、決して見栄えのするタイプではなかった。しかし、パドックではファンに見られているのか逆に見ているのか分からないくらい堂々とした態度で歩いていたのが、印象的だった。
「馬房の中ではうるさい面もあるみたいだけど、競馬場で全く動じないの」
そう語るのは園部(ヴェリアン)花子さん。チャリンを管理するロジャー・ヴェリアン調教師夫人。彼女については数年前に記したのでこちらを参照していただくとして、今回は日本の秋のマイル王決定戦に臨む芦毛馬について語っていただいた。
イギリスと、最近ではフランスにも牧場を持つカザフスタン人オーナーのこの馬に対し、R・ヴェリアンは最初の頃、頭を悩ませていたという。
「とにかく調教で動かなかったんです」
それでも22年にデビュー戦を勝利し、早いうちからGⅡ(クリウムドメゾンラフィット)を制すなど、素質の片鱗を見せた。ただ、その間も調教で動くようにはなってこなかった。しかし、そこで慌てて無理に動かそうとはしなかった。英愛の2000ギニー(いずれもGI)ではそれぞれ8、4着。セントジェームズパレスS(G I)もサセックスSも3着。ビッグレースでもどかしい競馬が続いたが、馬が良くなるのをジッと待った。
その結果、今年に入ってからロッキンジS(G I)で2着すると、続くクイーンアンS(G I)を優勝。ついにG I初制覇を果たすとさらに続くジャックルマロワ賞(G I)でG I連覇。完全に本格化してみせた。花子さんは言う。
「でも今もまだ調教では動かないんです。日本のファンが見たら『大丈夫かな?』と思ってしまうかもしれませんが、いつもの事なのでそこは心配しないでください」
ちなみにフランスではこのジャックルマロワ賞勝ちなど、3戦して2勝2着1回。英仏間の輸送は短いといえ、遠征で結果を出しているわけだが、その点については次のように語る。
「落ち着いて堂々としている馬なので、環境の変化とかには左右されません。今回の日本遠征も帯同馬はいないけど、体重を減らす事もなく、ここまで来られているようです」
満を持しての日本遠征
G I連勝後はムーランドロンシャン賞(G I)でノータブルスピーチのペースメーカーかと思われたトリバリストによもやの逃げ切りを許したが、ゴール前では唯一差を詰めて2着を確保。その後の、そして直前となるクイーンエリザベス2世S(G I)はドバイターフ (G I)勝ちのファクトゥールシュヴァルやサンチャリオットS(G I)の勝ち馬タムファナら好メンバーを相手に完勝。カルティエ賞(日本のJRA賞のヨーロッパ版)の候補に上がるトップマイラーであるところを示してみせた。
「本格化してからの2度の敗戦はフロックみたいなモノですからね。ロジャー(ヴェリアン)は本当に強い馬でないと日本では通用しない事を充分に分かっていて、その上で遠征に踏み切ったのだから、期待はしています」
ヴェリアンは過去に1度だけ日本の競馬場で管理馬を走らせている。12年のジャパンC(G I)にスリプトラという馬が出ていたのを覚えている方はどのくらいおられるだろうか。ジェンティルドンナとオルフェーヴルという牝牡2頭の3冠馬がハナ差の大接戦を演じたこのレースで、同馬は大きく離された最下位17着。青息吐息でなんとかゴールに辿り着いた。
その後、12年の間にポストポンドやデフォー、ザビールプリンス等、数々のG I馬を育てたが、どれも日本には連れて行かなかった。満を持してのゴーサインとなったのが、今回のチャリンなわけだ。花子さんが続ける。
「ロジャーは常に『チャンスのある馬で』という思いを持っていたはずです。チャリンの場合、安田記念を勝ったロマンチックウォリアーと父系が似ているというのも、彼に日本行きを決断させた要素の1つだと思います」
そう語るようにチャリンの父Dark Angelはロマンチックウォリアーと同じAcclamation産駒。日本の高速馬場にも対応出来るというのが、陣営の見込みだ。
乗り替わりは問題なし!
さて、ここでもう1つ気になる点について聞いてみた。今年に入って本格化したのは先述した通りだが、見方を変えると鞍上をS・デソウサに替えてから安定し出したのも事実である。他の騎手が乗っていたそれ以前の成績が11戦2勝2着2回なのに対し、デソウサ騎乗時は7戦5勝2着2回。しかし、以前、彼は賭博に関する規定違反で香港ジョッキークラブから騎乗停止処分を受けており、JRAでの騎乗が認められないのだ。当然今回は乗り替わりとなるのだが、これについては次のような見解を述べる。
「シルベスタ(デソウサ)が上手い騎手なのは間違いありませんが、チャリンに関しては丁度タイミング良く彼が乗ったという事だと思います。昔と違い本格化した今なら、おそらく彼でなくても結果を残せたはずです。まして、今回はライアン(ムーア)が乗れるようになったので、そのあたり(乗り替わり)に対する心配は全くしていません。ライアン自身もチャリンに乗れると聞いて終始ニコニコしていましたよ」
思えばヨーロッパ調教馬が日本で勝利したのは10、11年にエリザベス女王杯(G I)を連覇したスノーフェアリーが最後。当時、手綱を取っていたのが誰あろうR・ムーアである。今週末の淀で、久しぶりに強い欧州馬に心躍るシーンが見られるかもしれない。期待したい。
(文中一部敬称略、写真撮影=平松さとし)