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アカデミー賞(R)に最も接近中の『スポットライト 世紀のスクープ』とは?

斉藤博昭映画ジャーナリスト

年末を迎え、アカデミー賞までの前哨戦も次々と発表され、作品賞の本命が徐々に絞られてきた。今年度は例年以上にギリギリまで混戦が予想されるなか、現在、頭ひとつ抜け出す可能性をもつ作品が『スポットライト 世紀のスクープ』だ。

ロサンゼルス映画批評家協会賞の作品賞などを受賞し、最大の前哨戦であるゴールデン・グローブ賞でも作品賞、監督賞などにノミネートされている。この映画、どんなストーリーかというと…。

2002年の1月、アメリカの有名新聞「ボストン・グローブ紙」が、衝撃の事件を報じた。カトリック教会の神父、数十人が、子供たち、おもに少年たちに性的虐待を加えていたというのだ。すでに1970年代から訴えは起こされていたものの、教会全体による隠蔽によって世間には大々的に報じられてこなかったこの事件。グローブ紙の特集記事「スポットライト」を担当するチームが、綿密な取材によって、その事実に向き合っていく。

まさに、ガチな社会派作品である。

イコール、アカデミー賞作品賞にも有利なジャンルと言えるだろう。

仕上がり自体も、オープニングからラストシーンまで、一瞬もテンションが緩まない濃密な空気感が漂い、見ごたえは十分だった。

今後の賞レースを占ううえで、本作がアピールする点を考えてみたい。

タブーに挑む不屈の魂

まず、テーマである。

カトリック教会が大きな勢力をもつボストンで、神父による性的虐待が明らかになることは、当事者たちにとってはタブーそのもの。クサいものにはフタをしておいた方がいい…という「常識」を破ろうとする「スポットライト」のジャーナリストたちの熱意が、素直に胸を打つ展開になっている。スキャンダラスな事件を扱うということは、安易に新聞の売上を伸ばすから、という批判も受ける。しかし、あくまでも正義の動機で突き動かされる彼らの奮闘が描かれていくのだ。権力にもひるまないジャーナリスト魂が、あちこちで表出し、キャラクターそれぞれの使命感、不屈の精神に、映画を観るわれわれは感動せずにはいられない。

全米各地の批評家連盟賞やゴールデン・グローブ賞の審査をするのは、ジャーナリストたち。つまり、同じ職業としてのプライドが共感を集め、賞レースでも中心的存在となったのである。

俳優冥利に尽きる映画

そしてもうひとつ、『スポットライト 世紀のスクープ』が高い評価を受けるキーワードは、アンサンブルだ。

本作には「ひとりの主人公」が存在しない。強いて挙げるなら、「スポットライト」のチーム4 人となる。

4人それぞれの取材へのアプローチが並行して描かれ、さらに4人を演じる俳優陣の演技に心をわしづかみにされる。「スポットライト」のキャップを務めるウォルター役は、マイケル・キートン。彼は昨年度のアカデミー賞作品賞に輝いた『バードマン (あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡)』にも主演しており、確実に俳優としての運気の再上昇を感じさせる。部下の3人のキャスト(マーク・ラファロ、レイチェル・マクアダムス、ブライアン・ダーシー・ジェームズ)も、それぞれキャリア最高の名演技をみせているが、注目したいのは監督である。本作は、俳優でもあるトム・マッカーシーの監督作(どちらかと言えばメインの仕事は俳優)であり、同じ俳優目線からの演出で、秘められた演技力が開発されたと想像できる。

「こんな役で、こんな現場で仕事をしたい!」と、多くの俳優があこがれる条件が揃っており、その意味で、同業者たちからの評価も受けやすい。

同業者。つまりアカデミー賞の投票の権利をもつ人々だ。

このように『スポットライト 世紀のスクープ』は、ジャーナリスト(批評家)、同業者(俳優)の両方に強くアピールする点を兼ね備え、アカデミー賞でも最有力の一本となった。

もちろんそれ以上に、職業を超えて、あらゆる観客の心をゆさぶるメッセージも備わっている本作。「スポットライト」のチームには、多くの重圧がのしかかってくるが、記事に“しない”ことへの無責任を痛感して、苦しみながら取材を続ける。

多くの人に、仕事への責任を再認識させてくれる映画になっているのだ。

アカデミー賞のライバルとなるのは『キャロル』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『レヴェナント:蘇りし者』あたりになりそう。どの作品も、まったく毛色が違うので、本年度の行方は面白くなりそうだ。

画像

スポットライト 世紀のスクープ

Photo by Kerry Hayes (C) 2015 SPOTLIGHT FILM, LLC

2016年4月、TOHOシネマズ みゆき座ほか全国公開

配給:ロングライド

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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