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結婚生活続けたレズビアンの妻と、女同士のロードムービー作ったコーエン兄弟の弟イーサン。一つの理想型?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ドライブアウェイ・ドールズ』NYプレミアでトリシア・クックとイーサン・コーエン(写真:REX/アフロ)

有名監督からデートに誘われ、「私はレズビアンなので」と断った。それでも彼とは離れがたかった──。

アカデミー賞で作品賞・監督賞などに輝いた『ノーカントリー』で、ハリウッドの巨匠となったコーエン兄弟。兄のジョエルと弟のイーサンは、そのキャリアを通じて共同で映画を撮り続けてきた。『バートン・フィンク』や『ファーゴ』など傑作も多数。

そのコーエン兄弟が2018年の『バスターのバラード』を撮った後、別々の作品を手がけるようになった。兄のジョエルは、デンゼル・ワシントン主演の『マクベス』を単独で監督。そして弟のイーサンは、ミュージシャンのジェリー・リー・ルイスのドキュメンタリーを作った。同作を一緒に製作したのが、イーサンの妻、トリシア・クックである。

夫婦として同居しながら、実質のパートナーは別にいる

トリシアは、コーエン兄弟の1990年の作品『ミラーズ・クロッシング』でアシスタント編集者を務め、弟のイーサンと意気投合。そしてイーサンからデートに誘われた時、自分がレズビアンであることを告白した。しかし彼らは親友として離れがたい絆を感じ、結婚を決意。2人の子供をもうけた。現在は両者とも別のパートナーがいるそうだが、結婚関係は継続中。ニューヨークのひとつの家で、別の部屋で生活しつつ、キッチンは共有するなど、たがいに気楽な関係を築いている。

トリシアは21歳からオープンレズビアンだった。家族や周囲には伝えていたが、こうして世間一般に自分のことが広まるのは、新作の取材を受けたからだとThe Guardianが伝えている。

前述のドキュメンタリーの後、日本では6/7から公開となった『ドライブアウェイ・ドールズ』は、イーサンとトリシアの2人で製作。筆者とのリモートインタビューが行われたのは、おそらくニューヨークの自宅キッチン。おそろいの白Tシャツ姿でソファに寄り添い、たがいを見つめ合いながら超リラックスした表情で楽しそうに質問に答える。その仲の良さは、まるで新婚夫婦のよう。

『ドライブアウェイ・ドールズ』は、ガールフレンドと破局したジェイミーが、友人のマリアンとともにアメリカ縦断のドライブ旅行へ出る物語。配送会社から配達を請け負って、その車を使うのだが、車内に積まれていた「ブツ」によって、2人は怪しい男たちに追われるハメになる。ジェイミーは恋愛に奔放。マリアンは殻に閉じこもるタイプ。旅の途中でレズビアンバーを巡り、女子サッカーチームと交流しながら、2人の関係も変わっていく。かなり過激なネタや、とぼけた笑いなど、ある意味、コーエン兄弟らしいテイストも詰まった犯罪ロードムービーだ。

配送を請け負ってドライブを楽しむ2人が、トランクで発見したのは……。(C)2023 Focus Features. LLC.
配送を請け負ってドライブを楽しむ2人が、トランクで発見したのは……。(C)2023 Focus Features. LLC.

「じつは、この作品の脚本は20年前に私とイーサンで一緒に書いたもの。私たちの友人であるアリソン・アンダースが監督することも決まっていたのに結局、作られなかった。コロナ禍で時間もできたので、今こそ作るタイミングだと思って、完成にこぎつけたんです」と、トリシア・クックは語る。

コーエン兄弟らしいB級テイストも健在

監督のクレジットはイーサン・コーエンで、脚本と製作はトリシア・クックとの共同。しかしイーサンが「これはトリシアと書いた脚本なので、兄のジョエルとではなく、彼女と映画にするのは当然の流れだった」と説明するように、実質的には2人の共同監督作。キャスティングから撮影、美術や衣装の決定、編集まで、すべて一緒に行ったという。脚本の完成に関しては2人で1台のパソコンを共有。この映画は長年の夫婦愛の「結晶」とも受け取れる。

映画のノリは、いい意味でのB級テイストに溢れている。これはイーサン、トリシアの意図どおり。「この脚本を書いた20年前は、“明るいレズビアン映画”は、あまり作られていませんでした。この2、3年でコメディや、社会的メッセージの少ないクィア映画が増えており、時代の流れを感じますね。気楽なレズビアン映画としてAdvocateなどLGBTQのメディアも気に入ってくれた」という、クィアのコミュニティでの活動にも積極的なトリシアに対し、「ジョエルと僕の作品も、けっこう下品なものが高尚だと受け取られ、勘違いされてきた。だからB級のスタイルは僕の好み」とイーサンも持論を加える。キャストには、2023年に同性パートナーと結婚式を挙げたビーニー・フェルドスタインも起用。痛快レズビアン映画に貢献している。

警官を演じたビーニー・フェルドスタイン。もちろん役どころはレズビアン。(C)2023 Focus Features. LLC.
警官を演じたビーニー・フェルドスタイン。もちろん役どころはレズビアン。(C)2023 Focus Features. LLC.

しかしこの映画を兄のジョエルと作るのは不可能だったことはイーサンも認める。「本作でのレズビアンにまつわる描写は、トリシアの知識なくしては不可能だった。僕らは相手に足りない部分を補い合って映画を完成させたんです」と、最高のパートナーだったと持ち上げる彼に、隣のトリシアもまんざらではない表情だ。

次回作は探偵のジャンルムービーで主人公は再びレズビアン

ただ、女性同士のラブシーンを描くうえで、2人には軽い対立もあったようで……。

トリシア「ちょっと控えめに演出されていたから、私は『これは違う! リアルじゃない』と同意しなかったの」

イーサン「そうだったね。思い出した」

トリシア「でも周囲のスタッフとも意見を交わして、イーサンの言う通りにやったところ、完成作では控えめで正解だった。うーん、でもモヤモヤする」

イーサン「だから次の映画では、きみの希望に沿って、もっと濃厚でエロティックなシーンを入れたじゃない」

トリシア「私のスタイルが貫けた。ありがとう(笑)」

イーサン「映画の中でちゃんと機能してるといいけど(笑)」

人生のパートナーとして2人の仲の良さが伝わる、インタビュー時とは思えない自由なやりとり。この会話が伝えるように、次も彼らは一緒に映画を作る。すでに撮影は終わっているが、またしても主人公はレズビアンで「私立探偵が活躍するジャンルムービー」(トリシア)、「主演は『ドライブアウェイ・ドールズ』と同じマーガレット・クアリーだが、作品のテイストはまったく異なる」(イーサン)とのこと。どうやらこのコンビならではのジャンルすら確立しそうな気配もある。

トリシア自身が「私たちは型破りな夫婦」とうれしそうに語るように、一見、特別に見える2人の関係は、この時代、意外にも多くの人の指針になったりするかもしれない。

2022年、カンヌ国際映画祭のトリシアとイーサン
2022年、カンヌ国際映画祭のトリシアとイーサン写真:ロイター/アフロ

『ドライブアウェイ・ドールズ』は全国公開中

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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