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大谷の話題も出るウルトラマン、井浦新のカウボーイ、村上春樹…海外の監督が描く「日本」に劇的変化?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
主人公はプロ野球選手 (C) 円谷プロ

2024年はドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」が、ハリウッドによる日本の描写として異例の高評価を受け、話題になった。かつて同じパターンで何度も繰り返されてきた「海外目線の、ちょっと変な日本」──あえてタイトルは出さないが──、ここにきて急速に改善されている。そんな気配が、今年の他の新作からも漂うのは、時代の反映か。

6/14からNetflixで配信が始まる『ULTRAMAN: RISING』は、監督のシャノン・ティンドルがケンタッキー州出身のアメリカ人。ウルトラマンのアメリカでのアニメ化ということで当然、円谷プロも制作に名を連ねた日米合作ではあるものの、基本的にはこのアメリカ人監督の主導。しかも舞台は完全に「日本」なので、過去の例からすれば、われわれ日本人が観たら絶対に“違和感の嵐”が予感されるのだが、これがかつてないほどの違和感の無さ! その意味でちょっとしたサプライズである。

日本のプロ野球、そのものの光景が

ウルトラマンに変身する主人公のサトウ・ケンは、メジャーリーグ出身のプロ野球選手。しかもLAドジャースから読売ジャイアンツへ移籍するという設定で、球団名などすべて実名で登場する。「新東京ドーム」など一部名前が変わっていたりするが、そのドーム内の風景は完全リアルだし、対戦相手のスワローズも含めたユニフォーム、TV中継のスコア表示、「六甲おろし」など、細部に至るまで「ここまで実際と同じでいいの?」と唖然となるほど。

そしてサトウのセリフなどで「大谷」や「イチロー」「松井」という名前も出てくる。中でも大谷への言及には皮肉が込められていたり、このあたりは今の日本で作ったら忖度が入ったかも。アメリカ人目線で、むしろリアルだと感じたりも。

ロゴは同じでも会社名が微妙に違う。
ロゴは同じでも会社名が微妙に違う。

ウルトラマンの戦いの場となる東京の街並も、海外作品でよく観られる「なんとなく、それらしい雰囲気」ではなく、恐ろしいほど現実に近い。アニメとはいえ、ここまでの再現度には恐れ入る。企業名もTBSやアートネイチャー、東急ハンズなどそのまま出てくるものと、コーヒーのBOSS→MOSS、居酒屋の鳥貴族→猫家族など、デザインだけ同じで名称が微妙に変換されているものがあり、日本人にはそれを見つける楽しさも。

一方で、日本のウルトラマン作品とは一線を画すテイストにも溢れ、家族ドラマのエモーションなど、ハリウッドが作るエンタメっぽいノリ。キャラデザインにはアメリカのアニメらしさが充満し、そこに新鮮さを感じられるかもしれないが、安心の日本描写、英語版でも「シュワッチ!」と発せられるリスペクトで、新感覚で楽しめる仕上がりになったのは事実だ。子供の頃、ゴジラやウルトラマンを観て成長したというティンドル監督は、やはり日本を舞台にしたストップモーションアニメ『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』でもキャラクターデザインを手がけたキャリアの持ち主だ。

「男はつらいよ」を愛するアメリカ人監督

そして実写に目を向けても、海外監督が描いた日本に「自然さ」を感じさせる映画がある。6/7に公開が始まった『東京カウボーイ』。監督はアメリカ人のマーク・マリオット。

日本ロケも行われた『東京カウボーイ』
日本ロケも行われた『東京カウボーイ』

井浦新が演じる東京のビジネスマンが、アメリカのモンタナ州へ出張。タイトルにあるように、カウボーイの生き方に触発され、人生を見つめ直す物語。当然のごとく日本のシーンもあり、オフィスビルや居酒屋が並ぶ道などの風景や、会社の中での会話は、これまでの海外監督が撮った作品に比べて「日常感」が半端じゃない。

この「感覚」には2つの要因があり、ひとつはマーク・マリオット監督の経験。日本に住んだ時期もあるうえ、あの山田洋次監督に憧れ、直訴して『男はつらいよ 寅次郎心の旅路』の現場スタッフとして働いた。『東京カウボーイ』のストーリー自体にも、寅さんの旅の感覚が重なり、ゆえに日本を捉えるセンスにもつながったのだろう。そしてもうひとつは、脚本に藤谷文子が参加したこと。「ガメラ」シリーズなどで日本で俳優として活躍した彼女は現在、アメリカ在住で脚本家とても知られている。日本人の日常感覚が物語やセリフに帯びているのは、藤谷の貢献あってこそだ。俳優としても主人公の妻で登場する。

このように実写作品でも、今年シーズン2が放映されたドラマ「TOKYO VICE」(メインは海外監督)など、リアルな日本描写は増加中。

震災後の不安、登場人物の佇まいも完全に日本そのもの

そしてアメリカ=ハリウッド以外でも、海外監督による日本描写で注目の一本がある。『めくらやなぎと眠る女』(7/26公開)だ。村上春樹の6つの短編小説を、ひとつの長編アニメに仕立てたのは、アメリカ生まれ、フランス育ちのピエール・フォルデス監督。

東日本大震災後の物語なので桜の季節が描かれる『めくらやなぎと眠る女』
東日本大震災後の物語なので桜の季節が描かれる『めくらやなぎと眠る女』

2011年、東日本大震災直後の東京で始まる物語。「かえるくん、東京を救う」など基になった短編は、どれもそれ以前に書かれたもの。これらを震災後の日本に当てはめたわけだが、あの大災害の後の日本人の感覚、感情を的確に再現していることが、まず驚き! そして新宿近辺のビル街から、美しい自然に囲まれた地方の小さな都市まで、シンプルなタッチで描かれる風景は、どれもが繊細かつリアル。日本独特の街なかの「電線」なども丁寧に描写され、感心してしまう。さらに登場人物=キャラクターの佇まい。現実への哀しみ、未来への微かな不安を滲ませた感じが、村上春樹ワールドと美しく混ざり合い、アニメながら海外の監督がここまで「日本人」を見事に創出したのは、極めて稀なのでは……。

このように続々と、海外監督による日本描写の成功例が相次ぐのは、日本人にとってもうれしいサプライズ。“なんちゃって日本”的な型破りの表現もそれはそれで楽しいのだが、われわれ日本人も物語にじっくり没入できるという意味では、真摯で誠実なアプローチにありがたみを感じる。そんな喜びに満ちた作品が、2024年は次々とお目見えしており、この潮流は「本流」となっていきそうだ。

『めくらやなぎと眠る女』は主人公が暮らす部屋の内部も、いかにも日本らしい。
『めくらやなぎと眠る女』は主人公が暮らす部屋の内部も、いかにも日本らしい。

『ULTRAMAN: RISING』

6月14日(金)よりNetflixにて独占配信スタート

『東京カウボーイ』

6月7日(金)YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次ロードショー

『めくらやなぎと眠る女』

7月26日(金)より ユーロスペース他全国ロードショー

(C) 2022 Cinéma Defacto – Miyu Prodcutions – Doghouse Films – 9402-9238 Québec inc. (micro_scope – Prodcutions l’unité centrale) – An Origianl Pictures – Studio Ma – Arte France Cinéma – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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