新型コロナワクチンによる『心臓に炎症を起こすリスク』を、どのように考えれば良いですか?
ファイザー社製ワクチンに引き続き、モデルナ社製ワクチンも12歳以上に接種可能年齢が拡大されました[1]。
そしてデルタ株の感染が拡大する中、私の外来でも『接種したほうが良いでしょうか?心臓に問題が出るといったことを聞いたので心配です』という相談を受けることが増えています。
この点に関しては、小児科医もよく尋ねられる点ですので、最近の研究結果を共有したいと思います。
[1]モデルナのワクチン 接種可能年齢を12歳以上に拡大へ 厚労省
そもそもデルタ株に対し、新型コロナのワクチンは有効でしょうか?
一部で、『新型コロナのワクチンは、デルタ株に効果がない』という論調をみることがあります。
前提条件として、現在感染が拡大しているデルタ株に対しても、ワクチンは有効です。
最近の研究結果は、デルタ株に対してもワクチンが発症予防効果もあることを明らかにしており、たとえば、ファイザー社製ワクチンによる2回接種時の発症予防効果は、アルファ株で93.7%、デルタ株で88.0%とされています[2]。
ただし、長期的に発症予防効果が下がってくる可能性が指摘されています。
そのため、日本より先に予防接種率が上がった一部の国でマスクなどの感染予防対策が緩んだことから、ワクチンの効果を乗り越えた感染(ブレイクスルー感染)が起こったのではないかと考えられています。
しかし、そのブレイクスルー感染のケースでも、ワクチンの効果は認められています[3][4]。
[2]Lopez Bernal J, et al. Effectiveness of COVID-19 vaccines against the B. 1.617. 2 (Delta) variant. New England Journal of Medicine 2021.
[3]N Engl J Med. 2021 Jun 10;384(23):2212-2218. doi: 10.1056/NEJMoa2105000. Epub 2021 Apr 21. PMID: 33882219
[4]Rovida F, et al. SARS-CoV-2 vaccine breakthrough infections are asymptomatic or mildly symptomatic and are infrequently transmitted. medRxiv 2021.
『新型コロナの感染自体』が、『心筋炎』を起こす可能性があります
心筋炎とは、心臓の筋肉である心筋に炎症がおこり、心不全や不整脈などがおこる病気で、似た病気に、心臓を包む表面の膜である心膜に炎症がおこる心膜炎もあります。
大まかにまとめると、心臓に炎症が起こる病気と考えればよいでしょう。
心筋炎はさまざまな理由で、多くはウイルス感染により起こります。
つまり、『新型コロナの感染そのもの』でも、心筋炎や心膜炎を起こす可能性があります。
新型コロナに感染した米国のプロスポーツ選手789人に対し、心臓に炎症を起こす病気の頻度が調べられました。
すると、30名(3.8%)にスクリーニング検査で異常が認められ、最終的に、心筋炎や心膜炎が5人(0.6%)に見つかり、その後のプレーが制限されたと報告されています[5]。
別の研究でも、新型コロナ感染後に検査を受けた米国の競技スポーツ選手1597人中、2.3%の選手が心筋炎と診断されています[6]。
つまり、大雑把な数字になりますが、(ワクチンではなく)新型コロナの感染そのもので100万人中6000人から23000人が心筋炎や心膜炎を発症する可能性があるということになります。
[5]Martinez MW, et al. JAMA Cardiol 2021; 6:745-52.
[6]Prevalence of Clinical and Subclinical Myocarditis in Competitive Athletes With Recent SARS-CoV-2 Infection: Results From the Big Ten COVID-19 Cardiac Registry. JAMA Cardiol 2021
一方で、新型コロナのワクチン接種で、心筋炎・心膜炎の発症リスクを上げるという研究結果があります
最近、米国からの研究で、新型コロナワクチンを1回以上接種した200万人以上の検討が行われました。
すると、ワクチンに関連した心筋炎は100万人あたり10人程度、心膜炎は100万人あたり18人程度発症するのではないかと推測されました[7]。
もちろん、心筋炎・心膜炎は他の原因で自然に起こった可能性もありますが、この検討では、ワクチンの接種期間前の心筋炎や心膜炎の数と比較し、ワクチンが心筋炎・心膜炎を発症させるリスクになる可能性を指摘しています。
しかし、これらの多くは軽症でした。
心筋炎を発症した患者のうち19人が入院したものの中央値2日で全員が退院し、心膜炎を発症した患者も入院期間の中央値は1日だったそうです。
そしてCDC(米国疾病管理予防センター)は最近、新型コロナワクチンと心筋炎との関連に関し、主に2回目の接種後数日以内に若い男性に発症し、その発生率は100万人あたり約4.8例としています[8]。
[7] JAMA Cardiol 2021; 6:745-52.Diaz GA, et al. Myocarditis and Pericarditis After Vaccination for COVID-19. JAMA 2021.PMID: 34347001
[8]Myocarditis and Pericarditis Following mRNA COVID-19 Vaccination
ここまでをまとめましょう。
新型コロナのワクチンは、心筋炎や心膜炎の発症リスクをあげるようです。
(大まかに言うと)100万人中5~20人程度の発症です。
一方で、
新型コロナの感染そのもので、心筋炎や心膜炎の発症リスクが上がります。
(大まかに言うと)100万人中6000人から23000人程度が発症する可能性があります。
つまり、1000倍といった大きなリスクの差があるといえるでしょう。
厚労省の『新型コロナワクチンQ&A』では、『ワクチンを接種すると心筋炎や心膜炎になる人がいるというのは本当ですか』という項目があります。
そして、『mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン接種後、頻度としてはごく稀ですが、心筋炎あるいは心膜炎になったという報告がなされています。軽症の場合が多く、心筋炎や心膜炎のリスクがあるとしても、ワクチン接種のメリットの方がはるかに大きいと考えられています』という回答があります[9]。
CDCでは新型コロナワクチンの『接種後に胸の痛み・息切れ・心拍数が多い・不整脈・動悸がワクチン接種後1週間以内にあった場合は医療機関を受診してください』と推奨しています[10]。
デルタ株の流行が拡大する中、12歳以上のお子さんに新型ワクチンを接種するメリットはデメリットを大きく上回ると考えたうえで、配慮を要するということです。
しかし一方で、ワクチンのメリットがさらに大きいのは大人です。
子どもという弱者を大人の接種率をあげることで守っていくことは、重要な視点だろうと考えています。
この記事が、子どもたちだけでなく若い方々の接種の参考になることを願っています。
[9]新型コロナワクチンQ&A
[10]Myocarditis and Pericarditis Following mRNA COVID-19 Vaccination
2021/8/12追記。文献7の引用文献が異なっていましたので、修正いたしました。