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久しぶりに始まったマイコプラズマ肺炎の流行。先に流行した世界各地の状況はどうだったのか?

堀向健太医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。
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近年、コロナウイルス、インフルエンザ、溶連菌、アデノウイルスなど、さまざまな感染症が流行する中、新たに流行が始まったのが『マイコプラズマ肺炎』です。

東京でも、マイコプラズマ肺炎が、大きく増えてきています[1]。

マイコプラズマ肺炎の流行状況:東京都感染症情報センター https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/mycoplasma/mycoplasma/
マイコプラズマ肺炎の流行状況:東京都感染症情報センター https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/mycoplasma/mycoplasma/

マイコプラズマは決して新しい感染症ではありません。
一般的な肺炎の20%から30%を引き起こす原因として知られており、特に6歳以上の子どもの肺炎では、半数以上がマイコプラズマが原因だという報告もあります[2]。

ではなぜ、マイコプラズマ肺炎が注目されているのでしょうか?

マイコプラズマ肺炎が数年ぶりに世界的に流行し、日本でも増加が予想されていました

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マイコプラズマ肺炎は通常、3~7年ごとに流行し、その流行は1~2年続くことが知られています[3]。

しかし、ここ数年はマイコプラズマ肺炎の流行がありませんでした。特に大きな流行としては8年ぶりです。

他の感染症と同じように、コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、感染症対策を徹底して、感染が収まっていたことも一因でしょう。

長期間流行がなかったため、多くの人がマイコプラズマに対する免疫を十分に持っていない状態になっているのです。これは、インフルエンザでも同様の現象が起きています[4]。

2023年の秋、中国で「原因不明の肺炎」が流行しているという報道があったことを覚えている方もいらっしゃるでしょう[5]。

この感染症の原因は、マイコプラズマではないかと考えられ[6]、そして中国の北京では、2023年9月に患者数が急増したことが報告されました。実に、外来患者の25.4%、入院患者の48.4%、呼吸器疾患患者の61.1%がマイコプラズマ肺炎に感染していたとされています[7]。

さらに、マイコプラズマ肺炎の流行は世界各地、デンマーク、フランス、オランダなどの国々でも症例が増加しました[8][9]。

日本でも増加することが十分予想されていたのです。

マイコプラズマ肺炎は軽症でも感染を広げる可能性があり、「LAMP法」という高精度な検査が保険適用となっています

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マイコプラズマ肺炎の症状は、一般的な肺炎と似ています。発熱、咳、倦怠感などが主な症状です。その中でも、頑固な咳がもっとも有名です。

しかし、マイコプラズマ肺炎は「歩く肺炎」とも呼ばれ、症状が比較的軽いケースも多いため、気づかないうちに感染を広げてしまう可能性があります。

最近まで、小児科外来でマイコプラズマ肺炎の確定診断を行うことは、時間と手間がかかる作業でした。しかし、最近になって新しい検査方法「LAMP法」が普及してきています[10]。

LAMP法は、マイコプラズマを高い精度で検出できる方法で、最近になって保険適用も認められました。最大の利点は、高い感度(検出力)にあります。つまり、マイコプラズマを見逃す確率が低いのです。

しかし、LAMP法にも課題があります。この検査は通常、専門の検査機関で行われるため、結果が出るまでに数日かかることがあるのです

また、マイコプラズマは肺炎だけでなく、体のさまざまな部位で感染を引き起こす可能性があるため、のどや鼻の検査だけでは見逃してしまう可能性もあります。

2023年1月には、タイのパチャラキティヤパー王女がマイコプラズマによる心筋炎を発症し、意識不明になったという報道があったように、頻度は低いながら大きな悪化を起こすこともあります[11]。

マイコプラズマ肺炎の治療に必要な抗菌薬が不足気味です。大規模な流行になった場合、適切な治療が困難になる可能性をはらんでいます

マイコプラズマ肺炎の治療には、抗生物質が用いられますが、一般的な肺炎に使用される「βラクタム系」抗菌薬は効果がありません。代わりに、「マクロライド系」や「テトラサイクリン系」の抗菌薬が使用されます。

しかし、ここにも問題があります。

中国でマイコプラズマが流行した際、マクロライド系抗生物質に耐性を持つマイコプラズマが多数確認され、治療に支障をきたしました[7]。

日本でも過去に同様にマイコプラズマ耐性化が問題視されました。最近は耐性率が低下してきていますが、注意は必要でしょう[12]。さらに、テトラサイクリン系抗生物質はマイコプラズマに有効性が高いものの、妊婦や8歳未満の小児への使用が難しいという課題もあります。

そして、抗菌薬や咳止めなど、基本的な薬剤が不足していることも大きな問題です。

大きな流行になるほど、適切な治療を行うことが難しくなることが予想されます。

薬剤データベースを確認すると、最もよく使われる『クラリスロマイシン』の多くが、出荷停止や限定出荷になっていることがわかります[13]。

マイコプラズマは予防接種がありません。基本的な感染対策を行いながら、症状が続く場合は医療機関に相談しましょう

残念ながら、マイコプラズマに対する予防接種はありません。

しかし、手洗いやマスク着用などの基本的な感染対策で感染のリスクを下げることができます。

潜伏期間が、一般的な呼吸器の感染症を起こすウイルスに比較すると長めで、通常2~3週間です。例えば、インフルエンザA型が1.4日、RSウイルスが4.4日、多い鼻風邪の原因であるライノウイルスが1.9日であることを考えると、長く感じるでしょう[14]。

逆に、数日前に家族が発熱や咳があって他の家族が同じような症状が今日始まったのであれば、マイコプラズマらしくはないということも言えます。

しかし、もちろん発熱や咳が続く場合は、医療機関で相談しましょう。
ただし、お盆中は受け入れ可能な医療機関が大きく減ってしまいます。無理をせず、調子が思わしくないときは外出を控え、休養を取ることも重要でしょう。

急速に流行してきたマイコプラズマに関して簡単に解説しました。

この記事がなにかのお役に立つことを願っています。

※この記事は、2024年3月6日付「ほむほむ先生の医学通信」の記事『世界で感染拡大がはじまっている『マイコプラズマ』。日本で感染拡大する前に。』を要約、修正のうえ転載しました。

【参考文献】

[1] マイコプラズマ肺炎の流行状況:東京都感染症情報センター

[2]小児呼吸器感染症ガイドライン2017:日本小児呼吸器学会・日本小児感染症学会

[3] Yamazaki T, Kenri T. Epidemiology of Mycoplasma pneumoniae infections in Japan and therapeutic strategies for macrolide-resistant M. pneumoniae. Front Microbiol. 2016;7:693.

[4]Influenza Activity in the United States during the 2022–23 Season and Composition of the 2023–24 Influenza Vaccine:CDC(2024年8月13日アクセス)

[5]中国で小児を中心に増加が報じられている呼吸器感染症について:国立感染症研究所(2024年8月13日アクセス)

[6] Walking Pneumonia Likely A Main Culprit Behind Mysterious Pediatric Illnesses Worldwide:Forbes(2024年8月13日アクセス)

[7]Yan C, Xue GH, Zhao HQ, Feng YL, Cui JH, Yuan J. Current status of Mycoplasma pneumoniae infection in China. World J Pediatr 2024; 20:1-4.

[8]Denmark declares epidemic as mycoplasma pneumoniae surges(2024年8月13日アクセス)

[9] What to know about Mycoplasma, the bacteria behind recent spikes in pneumonia cases in Ohio and overseas(2024年8月13日アクセス)

[10]マイコプラズマ抗体とLAMP法検査の違いは?(2024年8月13日アクセス)

[11]タイ王女 突然意識不明に“マイコプラズマに感染”:テレ朝news(2024年8月13日アクセス)

[12]Nakamura Y, Oishi T, Kaneko K, Kenri T, Tanaka T, Wakabayashi S, et al. Recent acute reduction in macrolide-resistant Mycoplasma pneumoniae infections among Japanese children. Journal of infection and chemotherapy : official journal of the Japan Society of Chemotherapy 2020; 27 2:271-6.

[13]医療用医薬品供給情報データベース (2024年8月13日アクセス)

[14]Lessler J, et al. Incubation periods of acute respiratory viral infections: a systematic review. Lancet Infect Dis 2009; 9:291-300.

医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。大学講師。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療研究センターアレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5600人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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