田舎暮らしは「逃げ場」がなくて息が詰まるって本当ですか?~地方移住組より愛を込めて(2)~
刺激が多くて華やかな都会での生活も楽しいけれど、いつかは地方に引っ越して静かに暮らしたい――。実家が地方にあってもなくても、いわゆる「田舎暮らし」に心を寄せる人は少なくない。
筆者の場合は、特に田舎好きでもなかったが、再婚相手との力関係によって2012年7月から愛知県蒲郡(がまごおり)市に住んでいる。低い山と静かな湾に囲まれた島っぽい雰囲気の温暖な土地である。かつて住んでいた東京都杉並区よりも面積は1.6倍ほどだが人口は7分の1。車社会ということもあり、駅前でも人影はまばらだ。
妻とその家族以外に知り合いはいなかった筆者でも、6年も住むと生活は徐々に充実し、今では「結婚生活が続く限りこのまま蒲郡に住み続けたい」とすら感じている。しかし、住み始めの頃はとても寂しかったし、現在でも不満なことはある。誰でもどんな状況でも都会より地方のほうが住みやすいとはまったく思わない。
地方移住を真剣に考えている人、現在進行形で各地方にて生活している人に向けて、地方で朗らかに暮らすための条件や方法を模索したい。対話の相手は、10年前に東京から長野に移住した在賀耕平さんと妻の季代(としよ)さん。夫婦2人で直販農家「GoldenGreen」を経営している。在賀夫妻の住む集落は人口は100人程度、世帯数は30世帯くらいだ。
就農前の耕平さんは都内のベンチャー企業でITコンサルタントとして活躍していた。「自然好きでも農業好きでもなかった。食いっぱぐれのない仕事と生活スタイルを選んだに過ぎない」と公言しているユニークな人物だ。季代さんの前職は、銀座にあったダイニングバーの店長。都会と田舎の暮らしを両方体験した夫婦からは客観的な意見を聞けると思う。
夫婦仲が良くても、ずっと一緒にいると「家庭の濃度」が上がり過ぎる
大宮 東京などの都会に比べると、田舎には人は少ないし商業施設も限られています。夫婦仲が良くても「家庭の濃度」が上がり過ぎることがあります。家の中が煮詰まってくる感じです。
我が家の場合、工場勤務の妻は平日の日中は自宅にいません。フリーライターの僕は月に10日強は東京出張です。だから、家庭の濃度は比較的薄めと言えるでしょう。それでも1週間以上連続で僕が自宅にいたりすると、夫婦ともにイライラしてくるのがわかります。妻は「おじさん臭が部屋にこもっている」などと失礼な言い方もします(笑)。
耕平 田舎に住み、私たちのように夫婦で同じ仕事をすると、一緒にいる時間が長い分ストレスがたまります。逃げ場は確かに必要です。
私は3年前から町役場の仕事を手伝うようになりました。会議のまとめや企画作りは東京でのコンサルタント時代にやっていたので慣れています。具体的な業務は、広報誌の編集のお手伝いや役場内の生産性を高めるためのプロジェクトの推進など。けっこう幅広くやっています。
農作業に疲れると役場に行ってデスクワーク、デスクワークに疲れると農作業、というサイクルが気に入っています。家で役場の仕事をしてもいいのにわざわざ役場に出向いているのは、人と会って情報を得ることに加えて、「役場が逃げ場」になっているからなのかもしれません。
季代 私たちは夫婦で小さな農場を営んでいますが、仕事をきっちり分担することで逃げ場を作っています。夫が生産責任者、私が出荷責任者となって役割を分けているため、2人が同じ作業をすることはめったにありません。それぞれの仕事には口を挟まないように気を付けています。
周りの農家は夫婦で同じ作業をしていることが多く、「よく喧嘩にならないなぁ」と感心していました。でも、聞けば喧嘩は日常茶飯事で、近所の白菜農家は畑で白菜を投げ合ったりしているそうです(笑)。
私たちの農園には、週3回は出荷手伝いのパートさんが来てくれるのも救いになっています。そのパートさんはとても聞き上手なので、私は何か不満があると愚痴らせてもらっています。そしてスッキリするのです。
大宮 夫婦で一緒に仕事をしているからこそ、職場でもお互いに適切な距離を置く工夫をしているのですね。では、夜や休日の過ごし方はどうでしょうか。僕は映画鑑賞がほぼ唯一の趣味なので、自宅から気軽に行ける場所に映画館がないのがちょっと不満です。
自宅周辺には飲食店が点在しています。義父や友人を誘って「今夜は男だけで飲みに行く。帰りは遅くなるよ」と言うと、妻はなんだか嬉しそうです。たいていは妻も知っている飲食店に行くのですが、スナックやラウンジなど男性向けの店もときどき利用します。
東海道線を使えば豊橋には10分強、名古屋には40分強で行けるので、これらの都会に飲みに出かけることもあります。ただし、終電が11時半ごろと早く、タクシーを気軽に使えるような距離ではありません。名古屋でベロベロに酔いたいときは安いビジネスホテルを使いますが、半年に一度ぐらいの「自分へのご褒美」です。
最も近い飲み屋は自宅から8キロ。一人で飲んだら運転代行で帰宅するしかない
耕平 我が集落の場合、最も近い飲み屋ですら、自宅から8キロほどかかってしまいます。1人で飲みに行き、運転代行で帰ってくるというのはかなりの贅沢で、なかなか実行できません。
現在は妻とギブアンドテイクで、お互いに飲み会があるときは積極的に車で送迎をしています。飲み会をやって、妻が迎えにくるなんて興ざめだという人もいるかもしれませんが、背に腹は代えられません。お互いに違う人間関係に参加することはとても大切です。
そうはいっても、家の外に逃げ場を作るのはコストがかかるので、できるならば気軽に自宅で逃げ場があればいいと思っています。妻が楽器の演奏をしているときに映画を見たり、妻が外出しているときに好きな音楽を爆音で聞いてみたり。田舎だからこそできるストレス解消を行っています。
季代 私は田舎に移住してからバンド活動を始めました。楽器もできないし音楽に詳しいわけでもなかったのですが、近所の方に誘われて気軽な気持ちで始めました。担当楽器は鍵盤ハーモニカとキーボードですが、家で練習していると没頭してストレス発散にもつながっています。
メンバーが集まっての練習が隔週に1回です。家の外に出て、仕事や家庭のことを忘れて音楽を楽しめる空間は本当に逃げ場だと感じます。今ではバンドなしの生活が考えられません。
田舎は逃げ場が少ないので、ようやく見つけた場での出会いが貴重に思えるし、そこでの時間がとても幸せなことに感じられます。簡単に手に入ってしまうモノよりも、苦労して手に入れたモノのほうが愛しく大事にすることと同じような感覚です。
逃げ場が限られているからこそ、帰る場所を大事にできる
在賀夫妻と異なり、筆者は車の運転が苦手だ。だから、歩いて行ける範囲に少しでも飲食店があること、JR東海道線の快速が止まる駅の近くに住んでいることが大きな救いになっている。
それでも都会暮らしとは状況が異なる。町の中心地でも飲食店はちらほらとしかないため、酔った後に店を一歩でも外に出ると真っ暗だ。夜中に電車に乗ると、車窓からはほとんど何も見えず、「間違えて途中下車などしたら遭難しそう」という恐怖感でほろ酔い気分は吹き飛んでしまう。逃げ場を出ると「さっさと家に帰ろう」という気持ちになるのだ。
都会のように逃げ場が多すぎると、逃げ続けることも可能なので、「帰る場所」を見失いかねない。見失っている事実から目を背けることもできてしまう。
1人で息抜きすることもたまには必要だ。でも、帰る場所はかけがえがない。逃げ場が限られているからこそ家庭を一番大事にできるのかもしれない。