バイクにもドライブレコーダー装着を! 意識不明の間に「加害者」にされる恐怖
「最近はバイク用に開発された高性能のドライブレコーダーがいろいろ出てきていますね。僕の事故も、それさえついていれば真実究明に7年もかかることはなかったはずです。僕はもうバイクには乗れませんが、現役ライダーのみなさんには、ぜひバイクにもドライブレコーダーを装着することをお勧めしたいです」
そう語るのは、東京都足立区に住む後藤雅博さん(61)です。
■1か月間の意識不明、目覚めてみると信じられないことが……
後藤雅博さん(当時36)は、1993年11月20日、バイクで直進中、わき道の細い路地から一時停止を無視して侵入してきたトラックに衝突されました。
そして、脳挫傷、右足首開放性骨折のほか、右腕神経叢損傷などの傷害を負い、意識不明の重体に陥りました。
1カ月後、奇跡的に目を覚ました後藤さんは愕然とします。この事故は、後藤さんのバイクがわき道から猛スピードで飛び出したことになっていたからです。
『意識が回復して驚いたのは、相手の言い分だけで事故処理が進められていたことです。僕は脳挫傷を負ったため、当日を含めて約1か月間の記憶をなくしていました。でも、自分の通勤ルートからみて、その路地を走るはずはなく、もし、このまま相手の言い分だけが通るならば、それは、私の人格を否定されるに等しいことだと思いました……』
私が後藤さんからこのお手紙をいただいたとき、すでに事故から4年の歳月が過ぎていました。
それは、右手が麻痺して文字が書けなくなった後藤さんに代わって、友人が代筆したという、切実な文面でした。
■相手の供述のみで押し付けられた一方的な過失割合
さらに話を聞いてみると、すでに保険会社はトラックの運転手が警察に話した言い分を全面的に採用していました。
「一時停止を怠って路地から飛び出した後藤さんに90%の過失がある」
として、「重過失減額」という判断を下し、自賠責保険の支払いさえもカットしてきたのです。
自賠責保険は被害者救済のための制度で、被害者の過失が70%未満なら過失相殺せずに全額が支払われます。しかし、過失が70%以上と判断されると、保険金の20%がカットされてしまいます。
トラック運転手は任意保険に未加入だったので、自賠責すら十分に支払われないということは、後藤さんにとって死活問題でした。
■たった1枚の事故車の写真を頼りに再捜査を訴えて
突然の事故で重傷を負い、長期入院を強いられ、半身不随の重度障害を負ったため仕事も失い、その上、意識を失っている間に自分が加害者にされ、十分な賠償を受けることもできない……。
そんな状態が4年も続いたらどうなるでしょうか。
このときの後藤さんは、公共料金の支払いも滞るほど追い詰められ、まさにぎりぎりの状態でした。
しかし、たとえ事故時の記憶がなくても「あの路地を走ったはずはない」ということだけは確信していたそうです。
「こんな理不尽な捜査結果を受け入れるわけにはいかない!」
奮起した後藤さんは退院後、不自由な体で何度も現場に足を運び、独自に検証を重ねました。
たった1枚だけ残されていた相手方トラックの写真と自身のバイクの損傷個所を専門家とともに照合し、衝突の角度が事故の状況と全く合致しないことを突き止め、警察に再捜査をするよう何度も訴えたのです。
■事故から6年目、加害者が嘘を認め、事故の状況が完全に逆転
そして、1998年11月18日、時効(5年)の2日前に、この事件は異例の展開を見せます。
東京地検は、トラックを運転していた70代の男性を「業務上過失傷害」(当時)で正式起訴したのです。
その後、さらに驚くべきことが起こりました。
それまで起訴事実を完全否認していた被告人の運転手が、刑事裁判の4回目の公判で、突然、傍聴席の方を向いたかと思うと、
「後藤さん、申し訳ありませんでした」
と頭を下げたのです。
運転手はこれまでの主張をすべて撤回したうえで、自分の方が細い路地から飛び出したことを認めて謝罪しました。
1999年12月、トラック運転手には求刑通り、「禁固8カ月、執行猶予3年」の有罪判決が確定したのです。
刑事裁判で加害者が全面的に罪を認めたことで、当然、後藤さんへの「重過失減額」という判断も覆りました。
事故から7年目、民事の高裁判決も完全に逆転しました。
■一瞬の事故で破壊された人生
後藤さんは事故から26年経った今も、動かなくなった右腕に残る激しい痛みに苦しんでいます。
「腕神経叢損傷」とは、脊髄から神経根が引き抜かれる、バイク事故によくみられる傷害です。手術をしても神経を縫合することは難しく、麻痺している上に、痛みだけは何年たっても続くという大変過酷な後遺障害なのです。
「一瞬の事故が、私の身体と人生を破壊しました。でも、ドライブレコーダーの映像さえあれば、少なくとも7年間もどん底の苦しみを味わう必要はなく、短期間で加害者の嘘を覆すことができたはずです。交通事故で意識不明の重傷を負ったり、命を奪われたりした被害者の多くは、事故直後の現場に立ち会ってものを言うことができません。加害者がつくとっさの自己防衛的な供述によって、まさに“死人に口なし”的な処理をされ、保険会社も被害者に大きな過失を押し付けてくる、そうした二次被害がかなり起こっていると思うのです」
■ドライブレコーダーで加害者の自己防衛的な嘘に備える
最近ではドライブレコーダーの映像が、あおり運転や死亡事故の裁判で証拠採用され、事実認定につながったケースもあります。
自分の身だけでなく、一緒にツーリングをしている友人を守る、という意味でも、ぜひ取り付けておくことをお勧めします。
ちなみに、バイク用のドライブレコーダーは、ハンドルやミラーに取り付けるタイプ、ヘルメットに装着するタイプなど、さまざまな商品が販売されています。
選ぶ際には、雨や泥はねにも耐えられるよう、防水・防塵性の高さも重要なポイントです。
また、GPS機能も、後藤さんの事故のように、走行ルートや速度が問題となるようなケースの場合は、重要な証拠となるでしょう。
私はこれまで、本当に数多くの、理不尽な処理をされたバイク事故を取材してきました。
後藤さんの事件は、その中でも特に印象に残る、衝撃的なものでした。
ただ、ひとつ言えることは、加害者自身が嘘を認め、刑事裁判の法廷で謝罪したようなケースはほぼ皆無だということです。
大半の「もの言えぬ被害者」たちは、事故の事実認定に納得できないまま泣き寝入りを強いられています。
「自分だけは大丈夫」などと思わず、備えておくことが大切です。