『宇宙戦艦ヤマト』艦内の「人工重力」は、どうやって生み出されているのだろう?
松本零士先生の忘れられない作品は山ほどあるが、やはり『宇宙戦艦ヤマト』を素通りすることはできないだろう。
企画こそ松本先生ではないが、関連書籍などを読む限り、遊星爆弾で荒廃した地球のイメージも、14万8千光年の彼方の星へ行くという設定も、ヤマトや波動砲といったメカたちも、松本先生によって生み出されている。
『ヤマト』の少し前に描かれた『ワダチ』では、日本人の大半が宇宙へ移住する話が描かれており、それも『ヤマト』の設定に活かされたかもしれない。
いずれにも、絶妙に科学ゴコロを刺激される要素や設定で、だからこそ『ヤマト』は当時の中高生を熱狂させる、画期的な作品となった。
筆者は、「エネルギー充填120%」というセリフには「そんな入れて大丈夫か!?」と思い、さまざまな規格のメーターがズラリと並ぶ艦内には「確認するだけでも大変そうだ」などとツッコんでいた。
しかし同時に、それらの言葉や描写に心を躍らせていたのも確かだ。
筆者にとっては、松本先生の「過剰さ」も大きな魅力で、たとえば『男おいどん』では大山昇太は大量のサルマタを持っていたし(作中では64枚といわれていたが、描写から筆者が計算すると1万6734枚!)、彼が食べた「タテだかヨコだかわからんビフテキ」というのもすごかった(筆者の推定では重量30kg!)。
科学に彩られた世界観に、松本先生ならではの過剰さも加味されて、『ヤマト』は温かみも感じられるようになったと思う。
◆重力はどうすれば生まれるか?
そんな作品だから、筆者が1996年に初めて『空想科学読本』を書いたときも、当然のように『ヤマト』を扱った。
いま思えば、題材は他にもあったと思うが(大マゼランまでの旅とか、ワープとか、波動砲とか)、そのときに選んだ題材は「人工重力」。
これについては、アニメのなかで言及されたことすらなかったが(番外編のマンガ『永遠のジュラ』では、艦内に人工重力が働いているとされていた)、筆者は佐渡酒蔵先生が一升瓶から湯呑みに酒を注ぐ姿が大好きで、「あれが自然にできるということは、艦内には人工重力が働いているに違いない」と考えたからだ。
そして、あれこれ検証し、たどり着いた結論は「ヤマトは、回転ヤスリに追いかけられながら飛んでいるのでは!?」というものだった。
人工的に重力を発生させる方法としては、
①とてつもなく重い物質を近くに置くか、②スピードを上げ続けるか(車が急発進すると、背中がシートに押しつけられる)、③回転して遠心力を作り出すか……などしかない。
スイッチを押せばブーンと音がして重力が発生するような「人工重力発生装置」は、いまのところ実現の可能性さえ見えていない。
昔から考えられてきたのは、上記③の遠心力を利用する方法だ。
円環型の宇宙ステーションや、円筒形の宇宙コロニーを回転させれば、外側に向かって遠心力が生まれるから、地球に近い環境になるだろう。
だが、宇宙戦艦ヤマトはフネの姿をしているから、どの方向に回転させるのかが問題になる。
①縦回転。ヤマトは前方宙返りを繰り返しながら進む
②横回転。ヤマトは艦橋を軸としてコマのように回転しながら宇宙を行く
③キリモミ回転。艦首と艦尾を結ぶ線を回転軸とし、ドリルのように回りながら突き進む
いずれも、重力は床に向かって働かないから、古代や島は落ち着いて席に座るのも難しい。
①と②に至っては、波動砲を目標に当てることも困難だろう。
◆ガミラスより難敵だ!
そこで筆者が思いついたのが、「相対性理論」を使うことだった。
アインシュタインの特殊相対性理論によれば、「物体が高速で運動すると、質量が大きくなったのと同じ現象が起こる」という。
どれほどエネルギーを与えても、光の速さを超えることはできず、光速に近づくと、速度が上がる代わりに質量が大きくなるのだ。
これを応用すれば、ヤマトも人工重力を発生させられる!
たとえば、巨大なリングをとてつもない速さで回転させれば、リングはとてつもなく重くなり、それによって重力が生まれるはずだ。
仮に、直径2mの鉄の円柱で、直径200mのリングを作ったとしよう。
100m離れた空間に、地上と同じ重力を作り出すためには、このリングを光速の99.999999999999994%で回転させればよい。
このリングをヤマトの艦底部に近い空間に置けば、重力はヤマトにとって下向きに働くため、艦内では地上とまったく同じように生活できるではないか。
ただし、重力は艦内だけに働くのではない。
ヤマト本体も、地上と同じ重力でこの重力発生装置に引っ張られてしまう。
したがって、ヤマトは下向きにエンジンを噴射して、その重力に対抗しなければならない。
いや、ヤマトのメインエンジンは後ろ向きについているから、回転リングの強力な重力に対抗するには、これを使ったほうがいいかもしれない。
すると、このリングはヤマトの艦尾後方に位置し、後ろから高速回転しながら追いかけてくることになる……!
通常の宇宙空間航行では、目標の速度に達したら、あとはエンジンを噴射しなくても、慣性の法則によって一定の速度で飛び続けられる。
だが、この態勢ではそのメリットがない。重力発生装置が働いている限り、メインエンジンを止めることは許されないのだ。
少しでも推力が落ちたら、われらのヤマトは迫りくる回転ヤスリに尻を削られることになる。
波動砲を撃つなど、考えただけでも恐ろしい。
ヤマトにとって最大の脅威は、ガミラス軍ではなく、この人工重力発生装置ではな
いだろうか!?
――人工重力について考えるうちに、こんな結論に達してしまったのである。
もちろん、2199年の科学技術で、何か別の方法で人工重力が生み出されていると考えれば話は早いのだが、「アニメのできごとを現実の科学で考えてみる」というのが『空想科学読本』のコンセプトであった。
『ヤマト』を愛するファンたちから袋叩きに遭ったのはいうまでもない。
それでも筆者は『空想科学読本』を出すたびに、『ヤマト』を題材にした原稿を書き続けた。
しかし、松本先生は怒ることなく、その後『銀河鉄道999』や『クイーンエメラルダス』などを検証する際に絵の使用をお願いしても、快く了解してくださった。
さまざまな面でとてもお世話になった。
どれほど感謝しても感謝しきれない。
何よりも、松本先生が描かれた「ロマンと科学と温かさが融合した世界」、それは筆者がこれからも『空想科学読本』で目指したい世界なのである。