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2024年は裁量労働制「激減」の年? 労働者に突き付けられる「三つの選択肢」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:イメージマート)

4月までに裁量労働制の拒否・撤回が続発?

 今年の春は裁量労働制の「転機」となるかもしれない。2023年の労働基準法施行規則などの改正により、4月から裁量労働制を適用するために必要な条件が追加されるのだ。詳細は下記の厚労省パンフレットを参照してほしい。

厚生労働省パンフレット
厚生労働省パンフレット

上記の続き
上記の続き

 この中でも注目されるのが、①専門業務型裁量労働制の適用における「同意」の規定だろう。労働者から個別に同意を得ることや、同意をしなかった場合に不利益取り扱いをしないこと、そして同意を撤回して適用を解除する手続きについて、裁量労働制を導入するための労使協定に定めなければならないと義務づけられたのだ。

 これまでは、企業から「うちで働きたいなら裁量労働制しかない」などと説明され、労働者に裁量労働制を拒否する選択肢が与えられないという職場が少なくなかった。そうした会社では、いざ裁量労働制が適用されたのちに、出退勤時間の厳守、長時間残業、雑用業務などの不適切な運用があり、適用から逃れたくても「うちの会社では裁量労働制から外れることはできない」と言われてしまう。

 しかし今後、企業は労働者の同意が拒否・撤回された場合の働き方をあらかじめ選択肢として用意し、明記することが必須になる。このため、今年4月までに、不適切な運用が行われてる会社では、裁量労働制からの離脱を選ぶ労働者が相次ぐことも予想される

適切な裁量労働制の運用を希望する労働者

 その一方で、不適切な裁量労働制は拒否したいが、実質的な裁量が認められ、自由な働き方ができるならば、その方が働きやすいという「別の選択肢=適切な裁量労働制を求める」労働者も少なくない。今回の改正においては、裁量の「中身」を是正するための規定(上記パンフレットの②以下)も追加されており、この点も今後の焦点になっていくだろう。

 そんな中、ちょうど制度改正に先立って、裁量労働制の適用労働者が声を上げている事件が起きている。昨年12月末から、東京都渋谷区のデザイン会社において、デザイナーのAさんが、個人加盟の労働組合「総合サポートユニオン」に加入し、本当に裁量のある働き方を求めて一人でストライキを実施しているという。

 裁量労働制の適用解除や、裁量の中身をめぐる紛争は、今後も増えていくのだろうか。本記事ではこの事件を踏まえながら、労働者の視点から、裁量労働制の「使い方」について考えてみたい。

裁量労働制に「裁量」はあるのか?

 ここで、裁量労働制の仕組みについて簡単に確認しておこう。裁量労働制は、実際の労働時間にかかわらず、労働者の代表と使用者側によってあらかじめ決定された1日あたりの一定の労働時間(みなし労働時間)を労働したものとみなす制度である。1日8時間のみなし労働時間であれば、実際に1日10時間働いても、1日3時間しか働いていなくても、8時間分の賃金が払われることになる。

 裁量労働制が適用される条件としては、遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務に限られ、業務の遂行の手段や時間配分の決定などに使用者が具体的な指示を行わないことが定められている。そして、みなし時間の決定などについては職場の過半数代表(専門業務型)や労使委員会(企画業務型)で定められることとされており、制度上は労働者も参加した適切な運営が予定されている。

 裁量労働制を推進する意見からは、この適用によって労働者は出退勤の時間や業務の進め方を自由に決めることができ、仕事の効率が上がり、労働時間ではなく仕事の「成果」で評価されるなどとされてきた

 一方で、何時間働いてもみなし労働時間分しか働いたことにならないため、長時間働いても残業代が増えず、さらには労働時間の上限規制も適用されない「定額働かせ放題」に陥るリスクが少なくない。実際に筆者もそのような事例を多く告発してきた。

参考:裁量労働制を「全廃」 会社も認めた「欠陥」とは?

 2021年に厚労省が公開した裁量労働制の実態に関する調査結果によると、労働者の回答では、1日の平均労働時間が裁量労働制を適用された労働者は9時間となっており、適用されていない労働者の8時間39分より約20分長かった。労働者に裁量があるはずの制度にもかかわらず、裁量労働制の方が労働時間が短くなるわけではないということがわかっている。

 またこの調査では、過労死ラインの月80時間残業を超えている労働者の比較でも明らかな差が出ている。週労働時間が60時間(週の残業時間が20時間)の労働者がいる割合に注目すると、裁量労働制の適用されている労働者で9.3%、裁量労働制の適用されていない労働者だと5.4%だ。裁量労働制の労働者の方が過労死ラインの割合が1.7倍も多い。裁量労働制は労働者の裁量の拡大どころか、長時間残業の温床になっているのが実態なのだ。

適切な裁量労働制を実現する方法

 では、本当に裁量のある裁量労働制を実現するためにはどうすればよいのだろうか。専門業務型裁量労働制においては、具体的な裁量について労働基準法で主に二つの規定がある。

 まず、対象業務だ。専門業務型裁量労働制は、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」として定められた20(今回の改正で19から増えた)の業務に当てはまるものにのみ認められている。ただ業務の説明のほとんどは1990年代以前に作られたものであり、現在では曖昧になっている。

 次に、「対象業務の遂行の手段」と「時間配分の決定」等について、「使用者が具体的な指示をしないこと」が必要である。仕事をどのように進めるのかをその労働者自身が決めることができなくてはならない。

 しかし、実際には上記のような規定は必ずしも内実を伴っていないのが現実だ。 裁量労働の趣旨を実現するためには、この制度がもともと定めている通り、労使で対等な交渉することが必要になるが、現在の規定下では、不適切な導入や運用の「歯止め」となるはずの過半数代表や労使委員会が形骸化してしまっており、多くの企業で労働者側の裁量を保障していないのである。

 こうした問題は、労働時間の上限を緩和する労使協定(36協定)が形骸化し、事実上「無限の残業」が可能になってきたことと同じ構図である。実際に、2022年に日本労働弁護団が行ったアンケート調査では、「(職場に)過半数労働組合はなし、従業員代表者を選挙で決めたことはない」という回答が約5割を占めており、「民主的な手続によって従業員代表が決められ、労使交渉が機能している職場は少ない」と分析されている。

 そこで、労使による適切な運用が制度上保障されていない会社では、労働組合によってその対等な決定・運用を担保することが有効になる。職場の過半数を組織する労働組合であれば労使協定の当事者になることができ、少数組合であっても、裁量労働制の適用や運用について団体交渉が可能である

「自由」な裁量労働制を求めてストライキが発生?

 労働組合による交渉を通じた改善の実例として、冒頭のデザイナーAさんのストライキの事例を紹介したい。

 Aさんが勤務するのは、東京都渋谷区にあるデザイン会社「株式会社インサイト」だ。ここでAさんはデザイナーとして勤務している。裁量労働制においてはデザイナーの業務は、「新たなデザインの考案の業務」として対象業務に記載されているが、Aさんの主張では、デザイン業務ではあるものの、自分でデザインを「考案」する十分な裁量がなかった。それどころか、直接のデザイン考案ではなく、マーケティングに関わる業務に異動になってしまったという。

 またAさんは、同社では裁量労働制にもかかわらず、就業時間の自由が実質的になかったと主張する。毎日ほとんど10時に出勤し、19時までは退勤しないという勤務が常態化していたそうだ。

Aさんの要求は、実際に裁量のあるデザイン考案の業務に従事させること、出退勤の時間の自由を認めさせることによる、裁量労働制の適切な運用だ。それらができないのであれば、そもそも裁量労働制の適用を外すことを求めているという。また、過去の裁量労働制も無効であるとして、みなし労働時間以上働いた分の残業代を請求している。

 なおAさんの要求には、リモートワークの実施もある。裁量労働制では勤務場所の自由まで明確に認めているかは定かではないが、Aさんは通勤の負担がない方が仕事に集中できるという。Aさんの主張は裁量労働制の趣旨からいって、正当なものだといえるだろう。

 Aさんは総合サポートユニオンに加入して、同社に要求を送っているが、裁量の中身について、会社は改善を拒否している状態だ。このためAさんはストライキに踏み切った。

*なお筆者は会社にも質問を送っているが、回答期限までに回答は得られていない。

4月までに、裁量労働制の適用労働者に何ができるのか

 これから4月までの3ヶ月の間は、Aさんのように裁量労働制を適用されてきて不満を抱えている労働者には「チャンス」かもしれない。

 今年の4月から、現行の裁量労働制の労使協定(専門業務型の場合)や労使委員会の決議(企画業務型の場合)は使えなくなる。このため、新しく適用する労働者のみならず、これまでどおり裁量労働制を継続的に適用される労働者にも、あらためて個別の同意が必要とされる

 具体的な手順として、3月末までに企業は労使協定や労使委員会の決議を決め直し、それにもとづいて労働者に個別同意を取る必要がある。仮に、労働者がこれまでも適用されていたからという理由で同意を求められなかったのであれば、4月以降の裁量労働制の適用は無効ということになる。

 ここで労働者にとっては三つの選択肢がある。一つ目は、裁量労働制をそのまま受け入れて同意するというもの。二つ目は、適用の拒否だ。もちろん同意後に適用されてみてからの撤回もできることになる。ただし、企業による独自の規定によって、適用の解除までに一定の期間を設けるなど、すぐには解除できない可能性もある。いずれにせよ、同意の際に虚偽の説明を受ける可能性もあるため、説明の内容を録音しておくことを推奨したい。

 そして三つ目は、裁量労働制の具体的な中身をめぐって、企業側と交渉するというものだ。業務内容や仕事の進め方について、どこまでの裁量を認めるのかを労働者の側から要求するのである。ただし、個人で交渉しても会社は回答してくれない可能性が高い。

 このため、先ほども述べたように、労働組合によって話し合いをすることが有効となる。労働組合であれば、会社は労働者の要求に対して誠実に回答する義務がある。また、宣伝活動やストライキなどの実力行使により、要求内容の実現を求めることも認められている。Aさんのように、企業外のユニオンをつうじて本当の裁量労働制を要求するという方法も、増えていくのではないだろうか。4月までの「同意」を前に、自由な裁量労働制を希望する人は、チャレンジしてみてはどうだろうか。

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*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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