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猪瀬知事失言、ディフェンス強化を。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

コトバは時に刃物となる。災いの元ともなる。だから、慎重に使わないと後悔する。著述家でもあるのだから、2020年夏季五輪パラリンピック招致委員会会長の猪瀬直樹・東京都知事は十分に分かっているはずだ。

なのに…。五輪パラ招致をめぐり、米ニューヨーク・タイムズ紙のインタビュー記事に掲載された猪瀬知事の失言のことである。「イスラム諸国は互いにけんかばかりしている」など、その真意はともかく、国際オリンピック委員会(IOC)の設けた五輪招致に関する行動規範、「各都市は他都市の批判や他都市との比較を行ってはならない」に抵触する可能性がある。

せっかく、3月のIOC評価委員会の東京視察で「スポーツの大好きな知事」というイメージをつくっていたのだが、今回は東京の招致活動にとってはマイナスとなる危険性をはらむ。残念だ。猪瀬知事の信条は別として、今回の不適切な発言の経緯から、改善すべき点は2つである。

まず“猪瀬知事チーム”のディフェンスの甘さである。海外での会見やインタビューを受ける際、より注意深く対応しなければならない。猪瀬知事だけでなく、できれば、帯同する通訳にもIOCの行動規範を理解してもらっていた方がいい。周りのスタッフも同様で、知事の勇み足を防ぐよう常に心掛けるべきだろう。

影響力のある海外メディアが伝えると、当然、猪瀬知事の発言がIOC委員に伝わる可能性が大きくなる。単独インタビューなら、翻訳のニュアンスの問題もあるので、記事に引用するコメント部分の確認を掲載メディアに希望するのが常識ではなかろうか。

もう一つは、問題発覚後の対応の遅さである。猪瀬知事のインタビュー記事がニューヨーク・タイムズ紙(電子版)にアップされたのが4月27日。発言が問題化し、日本メディアが報道し始めたのは29日。その夜、猪瀬知事はツイッターやフェースブックでまず、掲載コメントの釈明を日本語でした。

翌30日の午前に日本メディアの囲み取材を受け、日本語、英文によるリリースが出たのが30日の午後である。英文記事への対応はまず英文による迅速なるリリースで、が鉄則だと思う。

ニューヨーク・タイムズ紙の信ぴょう性は分からないが、記事はひとり歩きしていく。IOC委員にも伝わっていこう。釈明、謝罪は、迅速かつ、誠実が一番である。IOC本部だけでなく、イスラム諸国のIOC委員、とくに国際政治パワーを持つクウェート出身のアハマド・アジア・オリンピック評議会(OCA)会長には直接、説明にいってもいい。

いずれにしろ、この類の失策はこれっきりにしないといけない。まだ、この時期でよかったと思う。もしも、このような事が2度、3度と続くようだと、招致レースの勝機は薄れていく。

目下、ライバルのイスタンブールやマドリードが、今回の猪瀬知事の発言を静観しているのは、それがIOC委員に好印象を与え、招致に有利だと判断しているからだろう。これからの失策は、他都市のネガティブキャンペーンに利用される危険性が大きくなっていく。

5月末にはサンクトペテルブルク(ロシア)で「スポーツアコード会議」という重要な五輪関係会議が開かれる。東京のプレゼンやロビー活動も大事だが、ディフェンスをおろそかにしてはなるまい。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2024年パリ大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。酒と平和をこよなく愛する人道主義者。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『まっちゃん部長ワクワク日記』(論創社)ほか『荒ぶるタックルマンの青春ノート』『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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