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完敗の日本の初陣にも光明。ディアンズの自信膨らむ「世界ベストのロックになる」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
日本代表の大型ロック、ディアンズの激走=22日・国立競技場(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 9年ぶりに復帰したエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)が指揮をとったラグビー日本代表はイングランド代表に17-52で完敗した。だが、大型ロックのワーナー・ディアンズは気を吐いた。自信が膨らむ。期待の22歳はこう、ボソッと漏らした。

 「ま。成長しているかな。自分でも、そう感じます」

 新体制の初陣だった。夏日の22日。強い陽射しが照り付ける中、国立競技場には4万4千を超えるファンが詰めかけた。新HCが標ぼうする『超速ラグビー』も、球を出すフォワードの頑張りがあって初めて機能する。経験値の少ないフロントロー陣が踏ん張って、伝統的にスクラムが強いイングランドに互角に対抗した。

 ディアンズを軸としたラインアウトだって、マイボールはほぼ確保した。だからだろう、序盤には日本のハイテンポの攻めで相手ディフェンスを揺さぶった。マイボールのラインアウトでディアンズが好捕、スクラムでは相手のコラプシング(故意に崩す行為)の反則を誘った。SO李承信のPGで先制した。

 ◆日本の2トライをお膳立て「たまたま」

 ディアンズは、「自分たちがちゃんとやりたいラグビーができた時はうまくいっていた気がします」と振り返った。

 「最初の20分はうまくいったと思います。最後の20分もいいチャレンジができた。その間の40分がちょっと微妙だったけれど、その時間帯はこれから修正していかなければいけない感じです。スコアはよくないけれど、これからチームが強くなる感じはします」

 イングランドは予想通り、自慢のフィジカルを前面に出し、ハイパントキックを蹴ってはキャッチする選手にプレッシャーをかけてきた。ターンオーバー(攻守逆転)狙いだ。

 日本は結局、8トライを許したが、ボールを持てば、はやいテンポで攻め続けた。やろうとする『超速ラグビー』の片りんはみえた。

 ハンドリングミスなどのエラーは目についたが、日本代表は2つのトライを奪った。2つとも運動量の多いディアンズが絡んだ。

 1つ目は後半26分。途中交代出場のフランカー山本凱が大幅ゲインし、ポイントから左に展開、ディアンズが器用に1人飛ばしのロングパスでウイング根塚洸雅につないだ。

 ディアンズの述懐。

 「たまたま、おれがいい場所にいただけかなと思います。もうちょっと(根塚の)からだの前にほうりたかったけれど、後ろにボールがいっちゃった。トライになってよかった」

 その3分後。今度は中盤で途中交代出場のSO松田力也がタックルされながら後ろにボールをポンと投げた。それそうになったけれど、ディアンズが長いリーチと大きな手を生かして、右手で“おっとっと”という感じで捕球した。で、30メートルほどを激走。相手選手を見ながら、右を見て左を見て、好フォローの山沢拓也にパスした。トライ。

 ディアンズがその場面を説明する。「ボールがチョー滑って、とるのが難しかった」と言って、記者を笑わせた。

 「最後までおれが走り切るのはイヤだった。目の前にディフェンダーがいたし。右側にほうりたかったけれど、ディフェンダーが右にいこうとした時、左から山沢が上がってきてくれた。ちょっとラッキーだったです」

 ◆超速ラグビーは? 「疲れます」

 試合後、選手が記者と交わるミックスゾーン。日本のロッカールームから真っ先に出てきたのが、人のいいディアンズだった。

 ばっとフェンス際に記者が集まっていく。ブロンドのカーリーヘア、201センチのひげ面を見上げながら聞いた。「超速ラグビーは疲れませんか?」と。

 「はい。疲れますね」

 声が天から落ちてきた。誠実、実直。朴とつとした語りで続ける。

 「運動量はちょっと増えるし、動きもはやくしないといけません。これから、もっとフィットネスを上げないといけない感じです」

 セットプレーは?

 「スクラムはよくわからないけど、負けてはいない感じがした。よかったかなって。まだ10日間しか準備していないので。これから、もっとよくなるはずです。ラインアウトは、シンプルにいこうというフォーカスがあって、うまくいけていたと思います」

 超速ラグビーを実現するためには。

 「アタックでうまくできていた時はあったんです。自分たちのやりたいラグビーはできていた。ただ継続、自分たちがそれを80分間通してやり続けることが大切です」

 ◆イングランドと出場3戦目。BL東京優勝。経験を自信に。

 ディアンズはニュージーランド出身。4歳でラグビーに触れ、14歳の時、旧トップリーグ(リーグワンの前身)のNECのS&Cコーチとなった父と一緒に来日した。小さい頃からバスケットボールにも興じていたからだろう、パススキルが高い。脚力もある。

 千葉・流経大柏高を経て、東芝(現・東芝ブレイブルーパス東京=BL東京)に進んだ。小さい頃の夢は「ニュージーランド代表」だったが、来日した後は「日本代表」に変わった。長身と身体能力の高さ、真面目な性格でめきめきと成長を遂げ、2021年11月の日本代表のポルトガル戦において19歳で初キャップ(国別代表戦出場)を獲得した。

 正確な日本語を話す。書道も得意で、高校時代、「書の甲子園」と称される国際大会で秀作賞を獲ったこともある。かつて一番好きな漢字ひと文字を聞けば、たしか「守」と応えた。守備の守、ディフェンスの守である。

 昨年のワールドカップ(W杯)の日本代表となり、2023-24リーグワンでは全18試合に先発出場し、リーチマイケルとともにBL東京の優勝の原動力となった。やはり経験は自信につながる。

 ディアンズは言った。

 「これまで2回、イングランドと戦っていたからか、(リーグワンで)優勝したからか、ちょっと自信はあったんです」

 ディアンズは2022年11月(英国トゥイッケナム)のイングランド代表戦(●13-52)に先発出場し、昨年9月のW杯(フランス・ニース)でのイングランド代表戦(●12-34)では途中交代出場して20分間プレーした。

 「初めてイングランドとやった時より、僕はよくなってきている感じはします。仕事量とか、ワークレートが、上がってきているなと思います」

 加えて、日本代表に対する熱い思いも。確かW杯の初戦のチリ戦(フランス・トゥールーズ)の直前の国歌斉唱の際、ディアンズは感激で泣いていた。観客席の双眼鏡から、そう見えた。

 ◆「全部、もっと成長しないといけない」

 ディアンズの目標は「世界ベストのロックになる」である。ジョーンズHCとの個別面談のとき、ディアンズはこう、言われたそうだ。「ワーナー、あなたは世界ベストのロックになれる」と。

 ディアンズは感慨深そうに言った。

 「エディーは、僕に世界のベストのロックになってほしいという感じでした。でも、まだまだです」

 さあ2027年W杯豪州大会に向けたプロジェクトが始まった。「これからチームとして超速ラグビーをつくっていかないといけません」と言い切った。

 最後に。またも顔を見上げながら聞いた。世界ナンバーワンのロックになるためには?

 「いろいろですね。フィジカル、ラインアウト、ボールキャリー、タックル、ワークレート…。全部、もっと成長しないといけないです。まだまだ、です」

 繰り返すけれど、まだ22歳である。可能性は無限大だ。日本代表の「超速ラグビー」の実践も、ディアンズら若きラガーたちのさらなる成長にかかっている。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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