Yahoo!ニュース

覚悟と感謝とともに。ラグビー日本代表のタフガイ、下川甲嗣は信じた道をいく。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
サモア戦で奮闘する日本代表フランカーの下川甲嗣=15日・秩父宮(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 覚悟と感謝、このふたつがラグビー日本代表のタフガイ、25歳の下川甲嗣の成長をさらに加速させている。アサヒ・スーパードライ パシフィック・ネーションズカップ準決勝、サモア戦でも80分間走りまくり、チームの決勝進出に貢献した。

 ◆覚悟。社員契約からプロ契約に

 実は下川はリーグワンが終了した後の6月、所属する東京サントリーサンゴリアスとの雇用関係を社員契約からプロ契約に切り変えた。なぜか。「(2023年)ワールドカップを経験して」と静かな口調で説明し始めた。

 「自分の中の感覚では、納得して手にしたワールドカップメンバーではなかったんです。(追加招集で)メンバー入りできたのは、幸せなこと、誇りだと思うんですけど、振り返ると、どちらかというと悔しさの方があったんです」

 だから、次の2027年ワールドカップは実力で堂々と日本代表入りしたい。そもそも社会人でもラグビーを継続しているのは、「ラグビーが好きだし、ラグビーのトップレベルでやりたいと思ったからです」という。

 「その原点に立ち返って、今しかできないこと、ラグビーにとことん挑戦することにしたんです」

 つまりは、覚悟である。早大を卒業し、サントリーに入って4年目。プロとして、下川はラグビーに生きることを決めたのだった。生活では、ラグビーがすべてに優先する。時間も食事もトレーニングも体調管理も。

 ◆下川が好フォローからトライ

 15日の東京・秩父宮ラグビー場。観客が1万4893人。最高気温34度の灼熱の中、タフな下川は持ち前のワークレート(仕事量)の高さを発揮した。走り回ってタックルし、倒れてはすぐに起き上がり、またディフェンスに回る。アタックもしかり、である。

 後半序盤だった。日本はターンオーバー(攻守逆転)でチャンスをつかみ、FB李承信がディフェンスライン裏にゴロキックを転がした。これを右ライン際のWTB長田智希がダッシュで好捕し、左内側の李承信にパス。そこに内側から忠実にフォローしていた下川が走り込んで、ボールをもらった。

 下川の述懐。

 「ブレイクダウンに入っていて、顔を上げたら、スンシン(李承信)がラインの裏に蹴って。で、長田がそれをとりそうだなと感じたので、すぐに駆け出し、サポートラインを走りました。長田がよく、球を残してくれました」

 下川はボールをもらうと、一気にダッシュした。ゴールラインまでざっと30メートル。右手で相手タックラーをハンドオフし、追いすがる相手WTBを引きずる格好で右中間に飛び込んだ。日本を勢いづけるトライとなった。

 「うれしかったです」と漏らすと、表情を崩した。左手で額の大粒の汗をぬぐう。

 「僕は、あまりトライをとることがないので。はい。うれしかったです」

 誠実、勤勉、真面目な選手である。フランカーとしてハードワークに徹し、地味なサポートプレーやタックルに手を抜くことはない。最近は、加えて、平常心を意識している。

 ◆平常心を意識

 2カ月前の7月13日、ジョージア代表とのテストマッチ。先発出場に意気込み過ぎて、前半中盤で危険なプレーからレッドカードをもらった。14人となった日本は敗れ、下川は責任を痛感したのだった。

 その話題になると、下川は「勉強になったというか、何と言ったらいいのか」と顔をゆがめた。またも左手で額の汗をぬぐう。

 「やっぱり、落ち着いて、いつも通り、冷静にプレーするのが大事なのでしょう。相手にけががなかったから、僕はいまにつなげられているという感じです。ラグビーができていることに感謝しています」

 ◆金メダルの車いすラグビー主将に感銘「当たり前は、当たり前じゃない」

 感謝といえば、日本代表は試合前日の14日、宿舎で、パリ・パラリンピックで初の金メダルに輝いた車いすラグビーの日本代表主将、池透暢の講話を聴いた。「話を聞いて」としみじみと漏らした。

 「いま当たり前にからだを動かせること、こうやって普通にラグビーができることは、周りに感謝しないといけないなと思いました。当たり前の生活って、実は当たり前じゃないんです。今後は感謝の気持ちを持って、常に前向きな姿勢で、ラグビーをやりたいなと思っています」

 ◆下川「はい。がんばりました」

 下川はこの日、立川理道主将が交代した後、ゲームキャプテンも任された。エディー・ジョーンズら首脳陣からの信頼ゆえだろう。

 「上からそう言われて」と謙遜した。「自分はまあ、言葉で引っ張ろうというリーダーシップよりは、プレーのところで自分の色を出して、周りを引っ張っていきたいなというマインドでいます」

 自分の色とは、チームが標ぼうする『超速ラグビー』につながるワークレートのところだろう。

 「ひとつひとつの仕事で終わるんじゃなくて、スピーディーにつなげていくところが、自分にできることだと思っています」

 試合の総括、今日はよく走っていましたね、と声を掛ければ、下川はうれしそうに笑った。

 「はい。がんばりました」

 ◆「毎日成長して、フィジーに臨みたい」

 さあ、次は決勝(21日・花園ラグビー場)、相手がフィジーとなる。

 「まだまだできると思います」と言葉を足した25歳。

 「自分自身を含めて、チームはもっと成長できると思うので、しっかり1週間、ハードワークして、毎日毎日、成長して、フィジーに臨みたいと思います。フィジカルのところでも逃げずに、自分たちが目指しているワークレートや超速のところで勝負したいです」

 覚悟と感謝とともに。カンジは信じた道をいく。(松瀬学)

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

松瀬学の最近の記事