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パラリンピックの学校観戦、責任は誰が取るのか? #学校連携観戦 #NOと言える校長はいないのか

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
応援したいならテレビやネットの前ですればいい(写真:アフロ)

 小中高生らが東京パラリンピックの会場で観戦する「学校連携観戦プログラム」について、江東区、渋谷区、千葉市が全校で、杉並区、新座市などが希望する学校で参加の予定だという(読売新聞8/18)。

 無観客開催なのに、どうして学校、子どもだけ参加させるのか、子どもの感染者も増加しつつあるデルタ株が猛威をふるうなか、安全と言えるのか、多くの方から疑問の声や批判があがっている。

 既に多くの論調があるし、わたしも五輪前から学校観戦に反対する記事を発信しているが、あまり論じられていない点として、今回は以下の2つの視点から問題が深刻であることを共有したい

1)新型コロナの感染や熱中症、事故など、児童生徒が被害にあったとき、誰が責任を取るのか?

2)事実上の強行は、教育行政の首長からの独立性を危うくしているのではないか?

1)新型コロナの感染や熱中症、事故など、児童生徒が被害にあったとき、誰が責任を取るのか?

 参加する学校は、学校行事のひとつとして位置づけているところが多いようだ。つまり、単に学校はチケットを斡旋しましたというものでなく、学校の教育活動のなかで引率、参加することになる。

 この場合、修学旅行なども同じだが、児童生徒の安全は学校の管理責任ということになる。

 判例をみると、都立高等専門学校の登山中に起きた死亡事故について、最高裁はこう述べている(平成2年3月23日)。

学校行事も教育活動の一環として行われるものである以上、教師が、その行事により生じるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負っており、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものであることはいうまでもない。・・・(中略)・・・本件春山合宿に参加した者が雪崩に遭難して死亡したことにつき、D助教授及びE講師に注意義務違反があったとした原審の判断は、正当として是認することができる。

 つまり、学校、教師には児童生徒を守る安全配慮義務がある。当たり前の話だが。

 パラリンピックの観戦に保護者の同意書をもらっているとしても、それで学校側の安全配慮義務が低くなるわけではないだろう。当然のことながら、保護者は事故やトラブルに遭っていいと同意しているわけではない。

 もちろん、学校側がまったく想定、予測できないような(予見可能性がない)事態ならば話は別。だが、コロナの感染や熱中症、あるいは道中や会場で児童が怪我をする、行方不明になってしまうなどの事故、トラブルの多くは一定程度、予見できて、かつ学校側に一定の過失が認められるということになれば、学校の責任が問われることになろう。学校を設置して管理する教育委員会(たとえば、江東区立小学校であれば、区教委)の責任も問われることになる。

 パラリンピックの組織委員会、あるいは政府(文科省等)の責任はどうか。推測となるので確定的なことは申し上げられないが、こうした組織はチケットを斡旋して、児童生徒が観戦する機会を提供したに過ぎない、観戦に実際に行くかどうかは各学校が決めたことだ、と言って、責任逃れできるかもしれない。それでは世間から批判を浴びることはあったとしても。

パラリンピックは無観客開催に
パラリンピックは無観客開催に写真:代表撮影/ロイター/アフロ

「動員」はできない。

 関連して、一部の報道等に、これは児童生徒を「動員」しているのではないか、という論調がある。たしかに、大会主催者側や関係者から見れば、障害を乗り越えて活躍するアスリートたち、それを間近に子どもたちが見て感動している姿を発信できたほうが、パラリンピックの成功を世に示すものとして、絵になるだろう。

 だが、大会組織委員会にも政府にも、あるいは各地の教育委員会にも、児童生徒を強制的に参加させるような権限はどこにもない

 戦後の日本の教育制度は、とても分権を大事にしてデザインされている。権力の集中に慎重なのだ。これは、戦前の中央集権的な教育が軍国主義におおいに加担したという強烈な反省があるからだ。

 だから、学校行事をはじめとして、カリキュラム(教育課程)の編成は各学校が行うことになっている。もともと、戦前の学徒動員などできない制度となっている。

 カリキュラムを編成する責任者は校長だ。実際、学習指導要領の解説にもこう書いている。

学校において教育課程を編成するということは,学校教育法第37条第4項において「校長は,校務をつかさどり,所属職員を監督する。」と規定されていることから,学校の長たる校長が責任者となって編成するということである。

 つまり、法的な権限、責任として、校長はたいへん重い立場にある。学校行事としてパラリンピック観戦を実施するかどうかは、教育委員会が決めることではない。校長権限だ。

 本来は、校長が「コロナも熱中症も、その他もろもろのトラブルも心配ですし、観戦はテレビやネットの前でもできますから、本校は参加しません!」ときっぱり断ればよい話だ。

なぜ、校長はNO!と言えないのか?

 「行きたい児童生徒、希望する子(家庭)がいる以上、断ることはできない。」

 そうおっしゃる校長もいる。正直、校長もさまざまな板挟みにあってつらい立場だとは思う。だが、一部の児童生徒が希望するからといって、安全性の確保が怪しいところに突入する判断を正当化することはできない

 やや極端な例かもしれないが、高潮警報が発生しているときに、児童が長く楽しみにしていたからといって海に連れて行き、泳いでいいよ、という校長はいるだろうか?

 なにごとも、教育上の意義、効果とリスクを天秤にかけて判断するべきだ。

 また、今回のように、児童生徒、保護者の賛否も大いに割れるであろうことを学校行事のひとつとして実施することは、教育上の意義、効果、妥当性という点でも怪しい。希望する児童生徒がいるからといって、本人や家族が基礎疾患を抱えていたり、医療関係者が家族にいたりする子は参加を見送ったらいい、と突き放すのが、はたしていい教育なのだろうか?

 「教育委員会には逆らえない。」、「他校も参加するのに、うちだけ抜けるわけにはいかない。」

 こういう事情の校長もいるかもしれない。同調圧力というものらしい。

 精神論だけをふりかざしたいわけではないが、そういう人が校長で居続けていいのだろうか、と疑問に思う。少なくとも今回の情勢では、参加しないという理由づけはできるし、教育委員会等もだれも強制できる権限はないし、何かあったときの責任は校長が一番問われるのだから、校長先生、今からでも考え直してほしい。

2)事実上の強行は、教育行政の首長からの独立性を危うくしているのではないか?

 この論点は、これまで述べたこととも重なる。戦前の反省があり、日本の教育委員会制度というのは、首長(知事、市長ら)から一定程度独立したものとなっている。権力が集中しがちな首長の教育への介入に一定程度、歯止めをかける制度となっている。

 もっとも、予算は首長が握っているし、教育長(教育委員会のトップ)の任免、罷免も首長権限だ(ただし議会の同意が必要)し、完全な独立性はない。とはいえ、教育委員会の独立性は尊重されるべき話だろう。

 だが、一部の報道をみるかぎりでは、パラリンピックを観戦させたい首長の意向を受けて、あるいは忖度して、教育委員会としては従わざるを得ないような印象も受ける。現に、東京都教育委員会では、昨日の臨時会で4人の教育委員が学校観戦に反対したにもかからず、予定通り実施に突っ走っている。

出席した教育委員4人全員が新型コロナウイルスの感染状況悪化を懸念し、反対した。都教委は18日時点で都内の8自治体と都立学校23校の生徒ら計約13万2000人が参加する意向とし、予定通り実施する考えを説明した。今回は議決を要しない報告事項で、委員の反対は実施の決定に影響はしないものの、事務方と意見が真っ向から衝突する異例の展開となった。(毎日新聞8/19)

 これでは、教育委員がなぜいるのか、わかったものではない。意見が分かれる重要課題について、首長の顔色をうかがう教育長の専決で進められるなら、教育委員会(教育委員会会議)なんて要らない。

 約1年半前の一斉休校のときもそうだったが、教育行政への政治権力の関与(あるいは介入と言う人もいる)については、功罪あることをもっと深刻に受け止める必要がある。本件の場合、繰り返すが、学校観戦に行くかどうか、最終判断は教育委員会ではなく、各学校だから、教育委員会の独立性は副次的な論点かもしれないが、付記しておきたい。

 子どもたちに「これからの時代、指示待ち、受け身なだけではダメだよ。主体性やリーダーシップが大事だよ」などと言ってきた責任者のみなさん(教育長、校長ら)、ご自身に主体性やリーダーシップはあるのか、本件で示していただきたい。

(参考、関連記事)

●末冨芳「#学校連携観戦 保護者子どもは参加しない勇気を!組織委・都・自治体は子どもの安全安心を守り切れるか?

●末冨芳「#パラリンピック学校観戦、いま日本の大人が知り考えるべきこと #教職員の働き方改革 #子どもの尊重

●前屋毅「無観客開催パラリンピックなのに学校参観だけは実施で物議、「責任丸投げ」にならないことを期待したい」

●妹尾昌俊「東京五輪に学校で観戦に行く必要はあるのか? ”子どもたちに感動を”では片付けられない4つの問題

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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