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“業務として選挙に関わること”の問題~「長崎県大石知事事件」「兵庫県斎藤知事事件」の比較から考える

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:アフロ)

 公職選挙法上、候補者側への「業務としての選挙への関与」には制約がある。

 それが公式に認められているのは、「ウグイス嬢」などの車上運動員、ボスター貼り等の機械的労務の提供者であり、選挙管理委員会に届け出た上で報酬を支払うこともできるが、 それ以外は、選挙への関与は「無償のボランティア」で行うのが公選法上のルールである。特定の候補者のための選挙運動に対して報酬を支払うと、「当選を得しめる目的をもつて選挙運動者に対し金銭を供与する」公職選挙法221条1項の買収罪に該当する。

 最近「選挙コンサルタント」という言葉が話題になることがある。「候補者に適した選挙キャンペーンのプランニング、アドバイス等を行うことで有権者の支持を拡大し、当選を果たすための、合理的な選挙戦略の策定をサポートする仕事」とされている。それは、まさに「業務として選挙に関与し報酬を得る」という“職業”である。

 それが、公職選挙に立候補しようとする者自身に対する助言・指導だけではなく、候補者の当選のため、選挙陣営内部に入り込んで、選挙全般にわたって、「選挙参謀」的に関わるようになると、「選挙運動」に限りなく近くなり、報酬の支払が買収罪に当たる可能性が生じる。PR会社が、公職選挙における「広報戦略」を担う場合も同様だ。

香川照之がドラマで演じた“当確師”

『当確師』(とうかくし)は、2015年に第1作が出版された真山仁の小説であり、テレビ朝日でテレビドラマ化され、2020年に放送された。その冒頭のシーンでは、候補者の陣営の会合で、主演の香川照之が演ずる選挙コンサルタントが

「選挙参謀を務めているのはあくまでボランティアで、報酬などもらっていない」

と言ったのに対して、思わず、陣営幹部が

「こっちは1000万円以上のコンサル料を……」

と言おうとすると、選挙コンサルタントはその言葉を遮り、

「政治活動支援費のことでしょうか?であれば、告示前までのアドバイスに対する報酬。告示後にコンサルが報酬を受け取れば公職選挙法違反になる。だから、今はただのボランティア!」

と言い放ち、陣営側を唖然とさせる。

 しかし、活動全体がボランティアというのであればともかく、候補者の当選をめざす一連の活動を、「告示前の選挙準備活動は有償」「告示後はボランティア」と切り離せるものではない。選挙コンサルタントが、公示後の選挙期間中も選挙運動に直接関わることを前提に、告示前に報酬を支払ったのであれば、「特定の候補者に当選を得させるための活動」を行う選挙運動者に、その対価を供与したことになり、買収罪が成立する。

 だからこそ、選挙コンサルタントの活動は、基本的に表に出ない形で候補者自身に対する直接の助言・指導が中心だった。特に、告示後の選挙運動には直接関わらないというのが鉄則だ。しかし、それが次第に、表に出ない「裏方的なサポート」なども行うようになった。証拠が残らないようにすれば、「選挙運動には当たらない“告示前の活動”に対する報酬しか受け取っていない」と主張することができるからだ。それが、選挙を“生業”とする選挙コンサルタントという職業人の常識であり、身を守る術でもあった。

 ところが、最近、業務として選挙に関与し候補者を当選に導いたことを公言し、それが、公選法違反事件に発展するという事例が生じている。

2022年長崎県知事選挙をめぐる「402万円電話代事件」

 拙著【歪んだ法に壊される日本 事件事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA:2023年)第2章では、上記の一般論とともに、元長崎地検次席検事の私と神戸学院大学の上脇博之教授とが、公選法違反で選挙コンサルタントのO氏などを告発した、2022年2月の長崎県知事選挙での買収疑惑を紹介している。

 この選挙では、4選をめざす現職知事に対し、告示のわずか2か月前に出馬表明した医師の大石賢吾氏が挑み、現職有利の事前予測を覆して、大石氏が541票差の僅差で現職知事を破って当選した。その「大逆転勝利」に貢献したのが、選挙コンサルタント会社J社の代表者のO氏だった。

 O氏は、大石陣営の選挙で、大石氏の街頭演説に同行するなどしている写真もネット上に掲載されていたが、選挙後、ネット番組に出演し、長崎県知事選挙で、証紙貼付のポスター、チラシ、ハガキの作成、インターネットによる選挙活動の企画、SNS選挙の専任者手配など、上記大石氏の選挙運動全般を統括していたかのように話すなど、選挙期間中も大石候補の選挙運動に「選挙参謀」的に関わっていたことを公然と認めていた。

 一方、大石氏側が長崎県選挙管理委員会に提出した選挙運動費用収支報告書の「支出の部」には、「科目 通信費」「区分 選挙運動」「支出の目的 電話料金」として、2月28日の選挙コンサル会社への約402万円の支出が記載されていた。

 上脇教授が、この選挙運動費用収支報告書の記載について、選挙管理委員会に情報公開請求を行って開示を受けたところ、領収書には、「長崎県知事選挙通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」と記載されていた(SMSとは、携帯電話に標準装備されている「ショートメッセージサービス」のことであり、メッセージを送る側に発生する一送信ごとの文字数に応じた料金が携帯電話会社ごとに設定される)。

 大石氏は、この支出について県議会で質問を受け、「オートコール代などとして支払った」と答えていた。最近では、「有権者への投票、個人演説会参加の呼びかけ」を多数の有権者に電話で機械的に送信する「オートコール」と言われる方法がある。このような場合の電話代や、電話送信業務を機械的に行うことを受託した電話事業者への支払も、「機械的労務の対価」として、公選法上「費用」の支払が認められる。

 しかし、領収書の記載「通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」からすると、少なくとも、この支払いが、単一のオートコール業者等への支払いを代行したものではないことは明らかだった。同社が、電話会社やオートコールを受託した会社への支払いを代行したというのであれば、公選法の収支報告書の「通信費」の記載としては、個々の通信・通話料金の電話会社等に対する費用の支払いを記載し、その領収書を添付するはずだ。その全額について、「通信費」としての支払が行われ、J社は無償で支払を代行しただけということも考えにくい。通信費を超える部分、すなわち、選挙コンサル会社側への報酬が含まれていることが疑われた。

 J社の商業登記を確認したところ、「電話業務」も「オートコール業務」も事業内容に含まれていない。しかも、上記のとおり、O氏が、大石氏の選挙運動に深く関わり、当選に貢献していることは明白だった。これらから、大石氏側から選挙コンサル会社への上記402万円余の支払については、公選法違反の買収罪の嫌疑があると考えられた。

 そこで、私と上脇教授の2人は、2022年6月、公選法違反(買収罪)で、大石氏側の出納責任者(供与)と選挙コンサル会社の代表者(受供与)を被告発人とする告発状を長崎地方検察庁に提出したところ、同年10月に受理され、その後、長崎地検と、同じ事件について市民団体からの告発を受けた長崎県警による捜査が行われていた。「約402万円の電話代」の使途を確認した結果、使途に問題がなければ、告発は「不受理」になるか、早期に不起訴になるはずだが、2023年末になっても捜査が継続している状況から、「約402万円の電話代」の支払には、選挙コンサルタントのO氏への報酬の疑いのある支出が含まれている可能性が極めて高いと判断し、そこに、候補者の大石氏も関与している可能性も十分にあると判断した私と上脇教授は、大石知事を被告発人とする追加告発状を提出した。

「2000万円問題」と「286万円問題」

 この告発事件が、「2000万円問題」と「286万円問題」という大石氏とO氏をめぐる新たな問題に発展した。

 2022年2月に大石氏が僅差で現職知事を破って当選した後も、その当選に貢献した選挙コンサルタントのO氏は、大石氏の事務所や、県の知事部局と深い関係を持ち、選挙資金収支の事後処理や政治資金の処理に関わっていた(それが、知事選挙でのコンサルタント報酬の「後払い」に関連していた可能性については後述する。)。

 2024年1月に「402万円の電話代」問題で、自身が公選法違反で刑事告発されることになった大石氏は、それまでの選挙コンサルO氏に選挙資金、政治資金処理を委ねていたことが不安になったのか、「政治資金の監査人」と称するK氏に、それまでの資料に基づいて、問題がないか「監査」を行うことを依頼した。

 K氏が把握した問題の一つが、「2000万円問題」だった。大石氏は、知事選挙の際に、医療共済から2000万円を借り入れ、選挙の収支の「財布」としていた「大石けんご後援会」(以下、「後援会」)に入金し選挙運動費用に充てていた。それを、選挙運動費用収支報告書上は「自己資金2000万円」と記載し、それが唯一の収入の記載だった。大石氏が、選挙後その医療共済からの借入金の返済のために、2000万円を取り戻そうとし、後援会に対して「2000万円の貸付金」があったかのような契約書が作成され、2022年の後援会の政治資金収支報告書に「貸付金」として記載されていた問題だった。

 もう一つが、県内の医療法人が知事選挙での大石候補の支援のために行った寄附286万円が、大石陣営の選対本部長を務めた自民党県議の政党支部を迂回して後援会の口座に入金され、選挙資金に充てられていた「286万円問題」だった。

 K氏は、これらの問題の違法性を指摘し、その事後処理をしようとした過程で大石氏との間でトラブルが生じ、大石氏は「監査人」を解任、K氏は大石氏を、長崎地検に刑事告発するとともに、問題を公表した。それにより、「2000万円問題」「286万円問題」が、大石知事をめぐる新たな問題として表面化することになった。

 2024年8月、私と上脇教授とで、「2000万円問題」については、後援会の政治資金収支報告書虚偽記入の政治資金規正法違反に当たるとして、「286万円問題」については、医療法人からの「知事選挙での大石候補支援のための寄附」が大石氏の選挙運動費用収支報告書に記載されていなかった公選法違反(選挙運動費用収支報告書虚偽記入)として、長崎地検に告発した。

 この追加告発の2件については、長崎地検の捜査が続いているが、長崎県議会でも取り上げられ、大石知事や参考人の質疑等による疑惑の解明が行われている。10月28日の同県議会総務委員会では、私が参考人として出席し、告発に至った経過や嫌疑の根拠等について質疑に応じた。

 大石知事は、2000万円問題については、医療共済から2000万円を借り入れて選挙資金として後援会に入金したが、O氏から、「『後援会への貸付金』だったとして契約書を作成し、後援会の収支報告書に記載すれば、2000万円を適法に回収することができる」との助言を受けたので、「適法」だと信じてそのような行為を行ったと説明した。「286万円問題」もすべてO氏の助言にしたがって処理したと説明した。O氏は県議会の参考人として招致を受けたが、出席を拒否し続けている。

 知事は「O氏の言葉を信じた」との説明を繰り返し、一方のO氏は全く県議会に協力しない事態に、大石知事に対する県議会の不信が高まり、地元のマスコミからも厳しい批判が行われており、県議会では百条委員会の設置が検討されている。今後、証言拒否、偽証に対する罰則による制裁がある証人尋問の手続で事実解明が図られることになると思われる。

「402万円の電話代」告発が不起訴に終わった理由

 当初の「402万円の電話代」の公選法違反の告発については、O氏と出納責任者については警察、大石知事の関係は検察という役割分担で捜査が行われていたが、2024年10月8日付けで不起訴となった。

 警察・検察を取材したマスコミ等からの情報によると、我々が告発の時点で想定したとおり、402万円の支払の中には約100万円の使途不明金が含まれており、O氏側への報酬分だったことが強く疑われたが、O氏は取調べに対して完全黙秘、約402万円の支払について大石陣営側で誰が意思決定したかが不明のままに終わり、買収者が特定できなかったため不起訴とせざるを得なかったとのことだった。

 この選挙での大石氏側の選挙の収支は、ほとんど主体的に管理されておらず、選挙コンサルのO氏が言うがままに支払が行われていた状況だったようだ。そういう状況では、O氏は報酬分を自ら手にしていっただけで、誰かから「供与された」のではなかったということになる。

 しかし、一連の問題の契機となった「402万円の電話代」についての刑事告発は、その後、「2000万円問題」「286万円問題」という新たな疑惑を発生させ、それについての刑事事件の捜査と県議会での追及の両面で大石知事は危機的な事態に追い込まれている。

 重要なことは、選挙コンサルタントのO氏が、選挙後も、大石氏の事務所や知事部局と深い関わりを持ち、選挙に関する事後処理や政治資金の処理にも関与したことであり、その中で、「2000万円問題」「286万円問題」が発生したということだ。

 「402万円の電話代」についての不起訴処分後、K氏は、大石氏の選対幹部から入手したとして、選挙コンサルタントJ社作成の「告示後 J社作成 大石賢吾 長崎県知事選 見積もり」の一覧表を公表した。その中に500万円のJ社へのコンサルタント料、88万円のSNS専任者への支払が含まれていた。これらが実際にO氏に支払われているとすると、上記のとおり選挙運動に「選挙参謀」的に関わっていたことを自ら公言しているのであるから、選挙運動の報酬の支払となり、公選法違反(買収)の嫌疑が生じる。

 しかし、大石氏は、選挙資金の拠出のための借入金の返済にも窮する状況だったことに加え、選挙の直後から対立候補の支持者や市民団体等から、大石陣営の公選法違反の指摘や告発が相次いでいたことから、選挙コンサルタントへの支払ができる状況ではなかった。そのため、O氏への報酬の支払は先延ばしせざるを得なかったものと考えられる。O氏が、大石氏の事務所や知事部局に深く関わっていたのも、未払となったコンサル料の代わりに、大石氏の当選に貢献したことへの「実質的な対価」を得ることが目的だった可能性がある。

「大石知事事件」と「斎藤知事事件」

 私と上脇教授による告発は、これまで述べてきた2022年の長崎県大石賢吾知事と選挙コンサルタントO氏をめぐる公選法違反の問題が最初だった。「兵庫県斎藤元彦知事とPR会社の折田楓社長をめぐる公選法違反の疑い」について本欄の直近の記事【斎藤知事「SNS運用はボランティア」説明の破綻、結末は猪瀬東京都知事5000万円問題と同様か】で詳細に解説したが、12月1日付けで、私と上脇教授を告発人とする公選法違反の告発状を、神戸地方検察庁と兵庫県警察本部宛てに提出した。

 郷原・上脇の告発による「最初の事件」の長崎県大石知事の事件(以下、「大石知事事件」)と、「最新の事件」である兵庫県斎藤知事の事件(以下、「斎藤知事事件」)は、前者が選挙コンサルタント会社、後者はPR会社が、業務としての選挙に関わり、その報酬支払について公選法違反の買収の嫌疑が生じた問題である。そこには多くの共通点がある。

 まず、いずれの知事選挙でも、選挙前の予想は、大石氏、斎藤氏ともに、当選の可能性は低いとみられていたが、終盤に来て「大逆転」で当選する結果となった。その「選挙に関わる業務」の成果を、大石知事事件では選挙コンサルタントのO氏がネット番組での対談で、斎藤知事事件では、PR会社代表の折田氏がnote記事で、いずれも詳細に明らかにして世の中にアピールした。

 それによって、選挙運動を業務として行っていたことが表沙汰になり、報酬が支払われていれば買収罪が成立することが問題になった。そのような刑事事件への発展の経過も共通する。

両事件での買収罪の成否についての問題点

 大石知事事件については、大石陣営から選挙コンサルタントO氏のJ社への「402万円の電話代」の支払という客観的事実があり、その中に、電話代以外に、O氏又はJ社への報酬分が含まれているかどうかが問題となったが、捜査の結果、J社への402万円の支払には、選挙コンサルタントへの報酬が含まれていたことが確認されたようであり、その点は、我々告発人の想定どおりだった。しかし、O氏が完全黙秘したために、請求や支払のプロセスが判明せず、支払の意思決定者も特定できなかったことで不起訴となったようだ。

 つまり、客観的には選挙運動の報酬支払の事実はあったが、その支払の主体が特定できないことが起訴のネックになったのである。

 一方の斎藤知事事件では、斎藤氏は、9月29日にmerchu社を訪問し、選挙に向けての提案を受けるなど直接関与しており、報酬支払の意思決定者の特定には問題はない。

 問題になるのは、選挙告示直後の11月4日、斎藤氏側がmerchu社に支払った71万5000円が「選挙運動の報酬」か否かである。その支払について、斎藤氏側は、代理人弁護士の会見で、

「同社から見積書の送付を受けた上、その中のポスター、チラシ、選挙広報のためのデザイン等の5項目について発注し、請求書の送付を受けて、本件支払を行った」

とし、

「選挙告示日までの間に、被告発人斎藤がmerchu社に依頼した業務は、『選挙運動ではなく選挙準備のための政治活動』に該当する5項目のみであり、その対価の支払について買収罪には該当しない、5項目以外で、被告発人折田が行った行為は、すべて、個人のボランティア」

という主張をしている。

 しかし、このような斎藤氏側の主張は全く通る余地がないことは、本日、インターネット上で公開した【斎藤知事らに対する告発状】に詳細に記述している。

斎藤事件、71万5000円の支払が選挙運動の報酬であることは明らか

 斎藤知事事件の公選法違反の疑いが生じる契機となったのは、merchu社の折田楓社長が、投開票日の3日後の11月20日に、ブログサイトnoteに、【兵庫県知事選挙における戦略的広報:「#さいとう元知事がんばれ」を「#さいとう元彦知事がんばれ」に】と題する記事を投稿したことである。同記事には、merchuの会議室で斎藤氏をまじえて行ったミーティング風景や、上記選挙のSNSで使う写真素材の撮影風景などとともに、斎藤氏から依頼されて、同陣営における広報PR活動のほぼ全てに主体的に関わっていたことや、広報活動の内容が詳細に明らかにされている。

 この記事は、投稿直後から、後の斎藤氏側の主張に反する部分が次々と削除修正されている。斎藤氏の代理人弁護士は、この記事は「事実に反する」「盛っている」などと主張しているが、同記事が極めて信用性が高いことは、その投稿の経緯からも明らかである。

 note記事の投稿に先立って、11月19日に、斎藤氏の選対の中心メンバーであった西宮市議会議員の森けんと氏が、Xに「森けんと 西宮市議会議員@k_ketmn」のアカウントで、

「今朝からメディア数社から取材がありました。内容はSNS戦略に関してです。結論、陣営側としてSNSをお願いしていた方はお一人のみです。陣営として、インフルエンサーさん、YouTuberさんに依頼したという事実はありません。」

「ご本人から承諾を頂きましたのでお伝えすると下記の方です!」

として、折田氏のインスタグラムを引用して投稿した。

森氏は、斎藤陣営のSNS戦略についてマスコミから問合せが殺到していることに関連して、折田氏の了解を得た上で、斎藤陣営がSNS戦略を依頼していたのは折田氏一人だけであったことを明らかにし、それから数時間後の深夜に、折田氏がnote記事を投稿し、その翌朝、森氏は、

「今回の選挙においてSNSや紙媒体等担当された方です!裏話?等、詳しく書いているので是非ご覧ください」

と記載したnote記事の引用ポストを投稿している。

また、斎藤選対メンバーの一人と思われる姫路市議会議員の高見千咲氏も、

「斎藤事務所の許可を得た記事である以上、折田さんだけが過剰にバッシングを受けるというのは如何なものかと思います。とても優秀な方なので、今回の件で潰されてしまいませんように。」

と投稿している。

 これらの一連のX上のやり取りからすれば、斎藤選対側が、斎藤氏のSNS戦略を折田氏に依頼していたことを、本人の了解を得て積極的に明らかにし、それを受けて折田氏が、広報戦略の依頼を受けた経緯及び提案し実行した広報戦略、SNS戦略の内容を記載したnote記事を投稿したことは明らかである。 

 前記のとおり、告示直後の11月4日に、斎藤知事側から71万5000円の支払いがあった時点で既に、merchu社は、県知事選挙の広報戦略、SNS戦略全般についての依頼を受け、その実行に着手している。5項目の業務は他の業務と切り離すことはできないものであり、実際に、県知事選挙の広報戦略・SNS戦略の業務全般がmerchuによって行われている。

 斎藤氏の代理人弁護士は、記者会見において請求書のみ公開し、見積書を公開していない。請求書の代金額が5項目の業務に見合うものなのかどうかも不明である。見積書の内容・金額が判明すれば、同社が実際に行った業務の対価としてどのような金額を想定していたかが明らかになることから、敢えて秘匿している可能性が高い。

 斎藤氏から同社に対して行った支払の対象を、告示前に行った業務だけの対価として切り離すことなどできず、本件支払が、merchuが行ったネット広報活動全般の対価であることは明らかである。

 71万5000円という金額は、同社のSNS広報戦略での貢献からは比較的少額という見方もあるが、選挙運動の報酬が支払われた事実には変わりない。さらに、斎藤氏が知事に就任した後に、成功報酬の支払が予定されていた可能性、或いは、知事としての影響力を背景とする何らかの見返りを期待していた可能性もある。

「業務として選挙に関わること」の公選法上の問題

 選挙コンサルタントが選挙運動全体に関わり、大石氏に僅差の逆転勝利をもたらした長崎県知事選挙での、選挙コンサルに対する買収疑惑は、請求予定であった報酬額の一部の支払の事実はあったが、買収の主体の特定の問題があって不起訴という結果に終わった。しかし、逆転勝利に貢献したのに、選挙後の状況から、当初請求予定であった報酬も、請求できない状況となり、その後、長期にわたって選挙コンサルが知事と関係を継続し、その中で政治資金規正法違反、公選法上違反等の新たな問題が生じた。

 一方、兵庫県知事選挙では、SNS広報戦略を担当したPR会社の貢献もあって、戦前の予想を覆して斎藤氏が当選した。ここでも、その選挙運動の報酬は、着手金程度の金額しか支払われていないが、公選法違反疑惑が表面化していなければ、同社により大きな見返りが提供されていた可能性もある。

 公職選挙法の目的からすれば、ネットを通じての選挙運動においても、ボランティアの原則が徹底され、有権者の自由な意思と候補者に対する支援、支持の積み重ねによって選挙結果が左右されることが理想である。

 

本来、ボランティアの原則が貫かれるべき公職選挙に「有償の業務として関わること」が招いた、ある意味では必然的なリスクが顕在化したものと言うべきであろう。

 選挙コンサルタントやPR会社がSNS選挙戦略に有償の業務として選挙に関与することが野放しになれば、今後の公職選挙において、そのような業務のノウハウ・スキルを持った業者に巨額の報酬が支払われ、「ネット金権選挙による腐敗」が日本の公職選挙を席巻することになりかねない。大石知事事件、斎藤知事事件、いずれについても、厳正な捜査と刑事処分が必要であり、それらで明らかになった事実を踏まえ、今後、ネット選挙による弊害を防ぐ公選法改正を検討すべきであろう。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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