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「裏金問題」という“ブラックホール”に落ちた自民党~石破首相の最重要課題となった法務大臣人事

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
石破首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

10月27日投開票の衆議院議員総選挙は、自民党が56議席を失い、自公でも215議席と過半数を大きく割り込む結果に終わった。その大惨敗の原因の大半が、自民党派閥政治資金パーティーをめぐる「裏金問題」にある。

昨年12月に検察捜査で表面化した「裏金問題」で、自民党に対する批判が高まり、その問題への対応でも厳しい批判を受けた結果、自民党は4月の衆院3補選で全敗、その後も内閣支持率下落が続いたことを受け、岸田文雄前首相は、9月の総裁選への不出馬・退陣を表明した。

9候補が乱立して争われた総裁選では、「裏金議員」への厳正な対応も、「裏金問題」への抜本的対策も示せないまま、結局のところ、従来の自民党的な「党内力学」で石破茂氏が総裁に選任されたが、石破氏は、新総裁就任直後、国会で新首相に指名される前に、総裁選で示していた「予算委員会での議論を経て総選挙での審判を受ける」との方針をあっさり撤回、首班指名直後に衆議院を解散して10月27日投開票で衆院選を行うことを宣言した。総裁と言えども、「裏金問題での国会追及回避最優先」という自民党内論理に抗えないことを露呈したものだった。

それにより、石破新首相に対する国民の期待は裏切られ、石破内閣は、新内閣発足時としては最低の内閣支持率から出発することになった。そして、情勢調査の結果が、裏金問題批判のために厳しいものであること知った自民党執行部が、「裏金議員」合計12人を衆院選で非公認とすることを発表したが、それが、党内から反発を受ける一方で、国民からは「裏金議員への厳正な対応」としては評価されず、公示後の選挙情勢は自民党にとって一層厳しいものとなった。

そして、選挙期間終盤で「非公認議員への2000万円提供問題」を日本共産党の機関紙『赤旗』にスクープされ、「裏金議員への裏公認料」との批判が一気に燃え上がり、それに対し、石破首相が

「党支部に党勢拡大のための活動費として提供したもので、候補者に対するものではない。選挙のためには使わない」

などと反論したことで批判はさらに炎上、自公両党の大惨敗につながった。

一方の野党側では、野党第一党の立憲民主党は、50議席も議席を伸ばして大躍進したが、野田佳彦代表をはじめ、「裏金問題」を徹底批判したに過ぎず、「年収の壁打破」等の政策を掲げ若年層の支持を集め議席を4倍増させた国民民主党以外に、与党側との対立軸となる政策が支持されたわけではなく、また、政策遂行能力を示したわけでもなかった。少なくとも、「裏金問題」の追及によって、野党に対する国民の期待や信頼が高まったわけではない。

政党間のイデオロギー対立が希薄となり、政策面でも、積極財政・消極財政、消費税減税の可否、憲法改正の是非なども、政党内での意見も統一されていない状況にあり、政党選択と政策選択とは必ずしも直結しない。それだけに、有権者の選択においては、政策面の違いより、「政党・政治家への信頼」が選挙における選択の大きな要因になっていることが示されたのが今回の選挙だったと言える。

総選挙後、少数与党となった自民党の石破首相は、28議席となった国民民主党に政権運営への協力を要請するなど、国会での多数派工作を行っているが、いずれにしても、自民党の大惨敗と野党第一党の立憲民主党の大躍進の原因となった「裏金問題」は、与野党勢力が伯仲する今後の政治状況や国政選挙に向けて、引き続き重大な問題となっていくことは避けられない。

「裏金問題」とは、どういう問題なのか

では、今回の総選挙の結果に決定的な影響を与えた「裏金問題」というのは、いったい、どういう問題なのか。

明らかになったのは、自民党派閥の政治資金パーティーをめぐって、ノルマを超えた売上が「収支報告書に記載不要の金」として派閥側から所属議員側に「還付金」ないし「留保金」として供与され、実際に、所属議員側では、政治資金収支報告書への記載は行っていなかった。その金額が、清和政策研究会(安倍派)では5年間で総額5億円以上に上っていた事実である。

総選挙では、野党側が、

「『裏金議員』は『脱税』『泥棒』」

と批判したのに対して、自民党側では、当事者の議員などが

「裏金ではなく不記載であり、記載義務違反という形式的な問題に過ぎない」

と主張したが、そのような「言い分」はほとんど無視された。

しかし、「裏金問題」が、なぜ「脱税」なのか、「泥棒」なのか、問題の中身も、責任の所在も、問題解消のための方策も、全く明らかになっていない。それゆえ、「裏金議員がほとんど処罰も受けず、裏金について所得税も課税されず、納税も全く行っていないこと」「裏金問題の事実解明がほとんど行われていないこと」について、自民党に対する国民の強烈な反発不満が生じている。

自民党にとっては、「裏金問題」は“正体不明の巨大なプラックホール”であり、衆院選では、その中に、次々と吞み込まれ、成す術なく惨敗したのである。

なぜ「裏金問題」が“プラックホール”になってしまったのか、その経緯と原因を明らかにしなければ、この問題を解決することはできない。

『赤旗』報道が契機となった「裏金問題」

昨年12月、「自民党政治資金パーティーをめぐる問題」が表面化し、閣僚クラスの議員を含め、多額の裏金を得ていたことが報じられると、当初は、「東京地検特捜部による捜査」が大きな注目を集め、どれだけの自民党政治家が、どれ程厳しく処罰されるかに関心が集中した。急遽、全国の地検から応援検事の派遣を受けて異例の大規模捜査体制で捜査が行われた。

今年1月19日に検察の捜査は一応決着したが、国会議員で起訴されたのは、大野泰正参院議員と池田佳隆衆院議員の二人と、谷川弥一衆院議員が罰金の略式命令を受けただけだった。4000万円を超える「裏金」を供与されていた谷川氏は、議員辞職をした際の記者会見で開き直り、記者に悪態をつくなどして、国民に不快感を与えた。大野、池田両氏は、全く非を認めず、公判では全面的に争う姿勢を示しており、その後、公判に向けての動きは、全く報道されず、公判予定も明らかになっていない。それ以外で起訴されたのは、派閥の事務担当者や議員の会計責任者だけであった。

政治資金規正法上は、「政治資金の収支の公開」が義務づけられているのに、派閥から「収支報告書に記載しない金」の供与を受けて、実際に記載もしていなかった国会議員の処罰がほとんど行われなかったことに対して国民には大きな不満が生じた。

それ以上に、国民の強烈な反発の原因になったのが、「課税に対する不公平感」だった。

国会議員が、政治資金パーティーの売上の中から自由に使っていい「裏金」を受け取り、それについて税金の支払も免れていることに対して、国民は激しく怒った。国民は、事業者も、サラリーマンも、汗水流して働いたお金を報酬・給与として得る。それについては、法人の事業を行って得たお金であれば「法人税」等を、個人の収入として得たお金であれば「所得税」等を支払わなければいけない。その上で、残ったお金を自由に使うことができる。

この事件が注目を集め、検察の捜査、刑事処分が決着した時期は、個人事業主などは、払いたくもない税金を納めるために、確定申告に向けて気の滅入るような作業を強いられている時期だった。しかも、前年10月にはインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業や個人事業主にも及び、多くの国民が負担を強いられた。

それなのに、政治家の世界では、自由に使えて税金もかからない「裏金」という、「領収書不要の金のやり取り」が行われていたこと、大規模な政治資金パーティーで巨額の収入を得て、その一部を裏金で所属議員に分配し、彼らは税金も支払わず自由に使っている。そのことに対して国民は怒りを爆発させた。

それに加えて、この問題の事実解明がほとんど行われていないことも、自民党側への厳しい批判の理由とされた。

要するに、裏金問題に対する国民の不満が爆発したのは、

  • (1)所属議員側は政治資金収支報告書不記載という違法行為を行っているのに、ほとんどの議員が処罰をされていない。
  • (2) 「領収書不要の裏金」を受け取っていたのに、使途が具体的に明らかにされず、所得税の納税をしていない。
  • (3) 派閥から所属議員に「裏金」として供与されていた経緯・理由等の事実解明が全く行われていない。

の3つが要因だったのである。

このうち、(1)の「裏金議員の処罰」の現状は、すべて検察当局が捜査を行い、その結果、刑事処分を行ったものであり、検察の判断の結果である。(2)の所得税の納税についても、「還付金」「留保金」を「政治資金収支報告書に記載しない」前提で受領し、そのまま議員個人が保管していた事例もあったことが自民党のアンケート調査で明らかになっており、常識的に考えれば個人所得で、税務の専門家は「個人的な費消の有無に関わりなく、政治資金収支報告書に記載しない金として派閥からの供与された金は、全額納税が当然」との意見であるが(【政治資金パーティー裏金は「個人所得」、脱税処理で決着を!~検察は何を反省すべきか。】)、議員側には納税に向けての動きはなく、国税当局の税務調査も行われていない。

それは、検察当局が、派閥から所属議員に供与された金は政治団体(政党支部)に帰属する政治資金であり、政治資金収支報告書に記載すべきであったとして、収支報告書の訂正を行わせることで事件を決着させたからだ。それによって、原則として議員個人には帰属しなかったことになり、それを個人的な用途に使った事実が具体的に明らかにならない限り(議員個人が保管していても)、所得税の課税の対象にならない。しかも、原則として所得税の納税義務も申告義務もない、ということであれば、「政治活動に使った」とだけ説明すれば済み、使途を明らかにする必要もないということになる。実際に、殆どの「裏金議員」の説明は、その程度のもので済まされてしまった。

もし、議員側が所得税の納税を行えば、検察の認定に反する対応ということになる。検察OBの高井康行弁護士がBS番組で

「仮に、キックバックされた、政治団体にキックバックされたものを私はこれ個人的に全部雑所得として申告しますなんていうことをやったら、検察に喧嘩を売るのかと。検察は、政治団体に帰属していると言っているにもかかわらず、これは個人所得だということだから検察の認定を争うことになる。」

と述べているとおりである(【「裏金議員・納税拒否」、「岸田首相・開き直り」は、「検察の捜査処分の誤り」が根本原因!】)。検察の認定に従う限り、個々の「裏金議員」にとって所得税の納税をする選択肢はなかったのである。

(2)について個々の「裏金議員」についての裏金の使途等について説明責任が果たされなかったことも確かだ。自民党が、還付金等の保管状況・使途等について報告を求めるなどして個々の「裏金議員」について責任の程度を評価し、処分のレベルや衆院選での公認非公認を判断することは、党として行い得ることであり、岸田総裁時代からの自民党の対応が極めて不十分であっただけでなく、石破総裁になった後も基本的に変わらなかった。

その点は、「裏金議員」個人というより、自民党本部側に責任がある。しかし、それも根本的には、検察当局が、派閥からの還付金等が政治団体に帰属するもので、その収支報告書に記載すべきであった、として、収支報告書の訂正を行わせることで事件を決着させたからである。議員個人宛の寄附と認定され所得税の課税の対象とされていたら、この点について議員側は説明を免れなかったはずだ。

このような個別の「裏金議員」の説明の問題とは異なり、(3)の派閥レベルでの裏金問題の経緯・理由という問題の根本に関わる事実解明は、検察捜査によらなければ困難だった。ところが、派閥の事務担当者が政治資金規正法違反で起訴されたが、その公判でも、検察が明らかにしたのは「かねて、ノルマを超えてパーティー券を販売した場合の『還付金』『留保金』に相当する金額を除いた金額を清和会の政治資金収支報告書に記載していた」と述べるだけで、「裏金問題」の経緯、意思決定のプロセス等の具体的な事実関係は何一つ明らかにされず、事務担当者から所属議員側に「収支報告書に記載不要」と説明していたことの具体的事実も明らかにされなかった。

要するに、国民の不満反発の原因となった、(1)の刑事処罰、(2)の納税の問題は、いずれも検察の捜査と刑事処分の判断の結果であり、しかも、(3)の事実解明も、検察にしか行い得ないことが大半であった。しかし、国民の認識や期待と事件の結末との間に著しい乖離が生じたことに対する不満や批判の大半は、裏金議員や自民党に集中し、それが総選挙での惨敗につながった。一方の検察に対しては、SNS上などで捜査処分が自民党議員に生ぬるい、政権に忖度したなどとして批判する声もあったが、ごく一部にとどまった。

1月19日に行われた刑事処分で捜査が終結して以降、通常国会予算委員会等で、野党側は、裏金問題の事実解明がほとんど行われていないこと、裏金議員が全く納税を行っていないことなどについて、政府、自民党側を厳しく追及した。それに対して、岸田首相は、

「検察当局が厳正な捜査をした結果」

であることを強調した。つまり、岸田政権は、「検察の捜査」を「盾」にとって批判を交わそうとしたのである。しかし、批判は一向に収まらなかった。「検察捜査」は盾になるどころか、「裏金議員が処罰されず納税もしない」という結果を招いたことで、批判に燃料を投下し続けることになっただけであった。

問題は、岸田前首相など、政府与党側が全面的に依拠していた「検察の捜査処分」とそれに基づく所得税納税についての対応が正しかったのかどうかである。

裏金議員は「収支報告書不記載・虚偽記入罪」では処罰困難だった

私は、かねてから、政治資金規正法には、「政治家個人が受領する裏金」の処罰が困難だという、「ザル法の真ん中に空いた大穴」の問題があることを、2021年2月の当欄の記事【政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか】、2023年の拙著【“歪んだ法”に壊される日本 ~事件・事故の裏側にある「闇」】などでも指摘してきた。

今回の「派閥政治資金パーティー裏金問題」についても、派閥から所属議員にわたった「裏金」について、国会議員の資金管理団体や政党支部の政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪を適用する方向での捜査自体が間違いであることを繰り返し指摘してきた(【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!】)。

政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪で処罰するためには、どの政治団体の収支報告書の不記載・虚偽記入かを特定する必要がある。収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されて渡されたのであれば、所属議員側は、どの政治団体の政治資金収支報告書にも記載しない前提で現金で受け取り、実際にどの収支報告書にも記載しなかったのであり、そのままでは、資金管理団体・政党支部などの複数の「国会議員の政治資金の財布」のうちいずれの政治団体に帰属し、どの収支報告書に記載すべきだったのかを特定することできない。もともと「収支報告書に記載しない前提の金」なので、不記載・虚偽記入の対象となる政治資金収支報告書が特定できず、処罰は困難ということにならざるを得ない。

「派閥政治資金パーティー裏金問題」について政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪を適用することは、国会議員側が、敢えて帰属先を特定する供述をし、犯罪の成否を争わない姿勢にならない限り、もともと困難だったのである。略式起訴された谷川氏のふてぶてしい態度は「認めてやった」という認識の表れであり、全面的に争っている池田・大野氏について公判の予定すら明らかになっていないのも、還付金等の帰属についての立証上の問題に関係していると考えられる。

つまり、ノルマ超の売上の還付金等に政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪を適用しようとした検察の捜査処理の方針自体が「無理筋」だったのであり、上記のような捜査処分の結末は、当然予想されたことだった。

独自のヒアリング等の調査の結果明らかになったこと

このように、「裏金問題」について何一つ事実解明が行われていないことを受け、私は独自にいくつかのルートを通じて「裏金議員」側に接触を図り、ヒアリングを行うなどして、「政治資金パーティーでの裏金提供の背景と経緯」「パーティー券販売ノルマは、誰がどのように設定したのか」「裏金の帰属」等を中心に事実解明に取り組んできた。

その結果から、安倍派(清和会)の裏金問題については、以下のような事実が把握できた(【「政治資金パーティー裏金問題の核心」に迫る~始まりは“マネロン”だった】)。

(ア)所属議員のノルマ達成のためのインセンティブとして導入されたのが、「還付金」「留保金」であり、その販売実績が、派閥内での評価につながっていた。実績に応じてノルマをどの程度に設定するかは、派閥会長を中心とする派閥幹部の匙加減によって行われていた。

(イ)派閥から所属議員に対するノルマ超の売上の供与については、かつては、派閥から一度自民党本部上納し、党本部から合法的に「収支報告書への記載も領収書も不要な政策活動費」として所属議員側に供与する「マネーロンダリング」が行われ、その後マネロンのプロセスは省略されるようになった。

これらの事実は、「裏金問題」の本質に関わるものであり、今後、この問題の解決、制度の是正を考えていく上でも極めて重要である。

まず、(ア)は、ノルマの設定が、派閥幹部の匙加減によるものであり、それが、派閥幹部の権力維持にもつながっていたということであり、だからこそ、ノルマの金額や、その設定の結果としての還付金等の金額は公表しないこととされていたと考えられる。そして、そのような還付金等の所属議員への供与が不透明な裏金として行い得たのは、「政策活動費」という形で政治資金の収支報告書による公開の例外が設けられていたためであり、それが、巨額の裏金処理の源流になっていたということなのである。

つまり、議員個人に関わる金の流れの不透明性と、それが派閥幹部等の権力の源泉にもなっていたことが、問題の本質なのである。

「政治家個人宛の違法寄附」ととらえる方向で捜査処理すべきだった

そもそも、「収支報告書に記載不要」との説明は、「収入について収支報告書への記載が義務づけられている資金管理団体・政党支部・国会議員関係団体等に対する寄附ではない」という趣旨を含むものであり、「収支報告書への記載義務がない議員本人に対する寄附」と解するのが合理的である。

それに加え、派閥の「政策活動費なので収支報告書に記載しないでよい」という説明は、「政治家個人宛の供与」の趣旨を含むものと解する根拠になる。「政策活動費」は、「政党から政治家個人」に対する「寄附」ないし「支出」であり、一般的には政治家個人への寄附が禁止されていることの「例外」として「政党から政治家個人への寄附」が認められている(政治資金規正法21条の2第2項)規定を利用しているためである。

さらに、上記(イ)の事実から、還付金等は、もともと自民党本部を経由した政策活動費という形で合法的に議員個人に供与され、その後、「党を経由する」というマネロンスキームが省略された経緯があるとすれば、「政策活動費だから収支報告書への記載は不要」という説明が、議員個人宛の寄附として供与する趣旨であったことは明らかだ。

このように、還付金等が、派閥から所属議員個人宛だったとすると、

  • 派閥側は、公職の候補者の政治活動に関する寄附の供与の禁止(第21条の2第1項)違反
  • 所属議員は、同寄附の受領の禁止(第22条の2)違反

で、第26条の「1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金」の罰則が検討されるべきだった。

この罰則が適用され、処罰された場合には、寄附を受け取った議員側から、寄附額全額を没収することとなり、既に費消しているなどして没収できない場合は、追徴することになる。

検察がこれらの規定を適用して、「政治家個人宛の違法寄附」で処罰するためには、派閥側から政治家個人宛の寄附として供与を受けたことについての個別具体的な認識を立証する必要がある。この場合の捜査は、還付金等の保管状況、使途等を具体的に解明し、それと議員個人の関わり、認識を個別に明らかにすることになる。その点について証拠が十分でなければ議員の処罰は困難だが、その場合も、実態としては「政治家個人宛の寄附」である以上、所属議員個人の所得となり、所得税の課税の対象となり、政治活動の費用として使われた金額を除いて、雑所得として所得税の申告をすることになる。

政治家個人宛の寄附の禁止の罰則が適用され、処罰することができた場合は、罰金でも公民権停止に追い込むことになることに加え、違法寄附は全額没収、又は追徴となっていた。

ところが、検察捜査の結果、実際に処罰された議員は略式命令を受けた谷川元衆院議員だけ、しかも、同議員は4000万円を超える寄附を受けていたのに、それを没収・追徴されることもなく、所得税の納税も全く行っていない。他の議員についても、原則として議員個人の課税の対象外となり、議員が、政治資金を私的用途に費消した事実がない限り所得税が課税されない。まさに、政治家個人宛の違法寄附の方向で捜査処理した場合とは「真逆の結果」なのである。

検察が捜査処分の方向性を誤った原因

今回の「派閥政治資金パーティー裏金問題」の捜査処理の方向性が誤っていたことは明らかだ。検察は、どうしてこのような間違いを犯してしまったのか、

一般的には、政治と検察との緊張関係は、ロッキード事件、リクルート事件のように、特定の政治家をターゲットとする検察の大規模な「政界捜査」が行われ、それによって、政治家の不正・腐敗が明らかになり、国民から批判されるというパターンである。しかし、今回の裏金問題は、そのような従来の検察の「政界捜査」の構図とは大きく異なった。

発端は、日本共産党の『赤旗』日曜版の記事と上脇博之神戸学院大学教授の東京地検への告発だった。その告発事件の捜査の過程で、派閥政治資金パーティーをめぐって、ノルマを超えた売上が「収支報告書に記載不要の金」として派閥側から所属議員側に「還付金」ないし「留保金」として供与され、その金額が、清和政策研究会(安倍派)では5年間で総額5億円以上に上っていたという、大規模な「裏金問題」が明らかになり、それが、マスコミによって大々的に報じられていった。

特捜部などの検察官捜査において、告発事件というのは基本的には積極的に取り組む案件ではない。しかも、本件の発端は、日本共産党の機関紙の報道である。告発を受理した以上、所要の捜査として派閥関係者の取調べが行われたのであろうが、この時点で、この事件を「大規模特捜案件」とする意図はなかったものと思われる。しかし、「政治資金パーティーの裏金の実態」を知る自民党関係者にとって、その問題で東京地検特捜部の取調べが行われたこと自体が脅威だった。動揺した自民党側の反応が、一部で報道され(私が知る限りでは、最初の報道は【選択】2023年11月号である)、それがきっかけとなって、「自民党派閥政治資金パーティーをめぐる裏金事件」として、マスコミで大きく報道されるようになった。

それを受けて、検察としても、「裏金の実態全体の解明」に乗り出さざるを得なくなった。多数の派閥所属議員の取調べのため、全国の地検から相当数の応援検事を動員して大規模捜査を行うことになったが、特捜部側には、もともと「やらされ感」があり、積極的に捜査に取り組もうとした事件ではなかったはずだ。そこで、特捜部は、従来の政治資金規正法違反のパターンにあてはめ、今年1月の通常国会開会前に手っ取り早く捜査処理を終えようとした。

しかし、この問題は、「自民党の政治資金の不透明性」という構造問題に起因するもので、それまでの政治資金規正法違反事件のような単発的な事件とは性格が大きく異なる問題だった。政治資金規正法の罰則の適用と捜査の方向性について、早い段階から、事案の性格や罰則適用上の問題点を踏まえた慎重な検討を行うことが必要だった。特定の政治家をターゲットとして、「巨悪との対決」のイメージで行われる「政界捜査」とは全く異なるものであった。

多くの国会議員に関する、政治的な影響も極めて大きい問題であるからこそ、事案の実態に即し、違法な寄付の処理や税務問題なども含めて、常識にかなった、世の中の納得が得られる処分とすることが必要だったといえる。

ところが、東京地検特捜部は、従来の「政界捜査」としての政治資金規正法違反事件と同様に、「政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪」の適用を前提に捜査処分を行った。それを前提に、議員側に所得税が課税されない方向の政治資金収支報告書の訂正を行わせた。派閥側と個別の議員に収支報告書を訂正させて、何とか事件処理と平仄を合わせることに汲々とし、肝心な事件そのものについての事実解明はほとんど行えなかったというのが実際のところであろう。

それにより、刑事処罰、納税について国民の認識との間に著しい乖離を生じさせただけでなく、「派閥政治資金パーティー裏金問題」の事実解明も、ほとんど行われなかった。それが「正体不明のブラックホール」となって、衆院選で自民党を直撃し、自公両党は過半数を大きく割り込み、日本の政治は大混乱に陥ることになった。

「裏金事件」の捜査処理の誤りと法務・検察組織の根本的な問題

「政治資金パーティーをめぐる裏金問題」は、戦後の日本政治において権力の中心を占めてきた自民党の派閥の中で長年にわたって慣行的に続いてきた、政治資金の不透明なやり取りを象徴する「構造的問題」であり、その捜査・処分が、日本の政治と社会に甚大な影響を与えることは十分に予想された。

一方で、適用する「政治資金規正法」は、政治腐敗、「政治とカネ」問題への批判を受け、議員立法による改正で政治的妥協を重ねてきた歴史があり、その規制にも、罰則にも、多くの欠陥・抜け穴がある。そのような法律を用いて、また、適切な課税をも視野に入れて、適切に罰則適用し、実態に即した解決を導くことは、決して容易なことではなかった。

その検察を所管する法務省刑事局は、政治資金規正法改正の都度、罰則審査に関与しており、法律や罰則の解釈について豊富な知識・経験の蓄積があるのだから、それらを十分に活用し、法解釈面で検察当局をサポートすることが必要だった。

そして、罰則適用ができない理由が、法律の不備、欠陥によるものであれば、それを指摘して、法改正の必要性の認識に結び付けることも必要だった。前記のとおり、政治家個人に裏金が供与された場合に、帰属先が特定できないために処罰できない「政治資金規正法の大穴」の問題の根本には、政策活動費等の政治家個人の不透明な政治資金のやり取りが政治資金規正法上合法とされてきたことがあるという点も、今回の裏金問題の背景として明らかにすべきだった。

しかし、既に述べたとおり、本件については、検察の捜査処理が「裏金問題」の実態に沿うものではなかったことから、捜査の結末とそれに伴う課税が、世の中の認識とあまりにも乖離した。法務大臣の下にある法務省の一部局としての同省刑事局が、その役割を十分に果たしたとは思えない。

内閣の一員の法務大臣と「準司法機関たる行政機関」の検察との微妙な関係

国民の代表である国会の信任を得て成立している内閣の一員たる「法務大臣」には、このような検察当局の捜査処理と法務省刑事局の対応が、国民の納得が得られる適切なものとは言い難かったことについて、決して責任がないとは言えないはずだ。

しかし、そこには、法務省に属する行政機関でありながら、日本の刑事司法の中核を担う準司法機関である検察の位置づけ、行政権を担う内閣の一員である法務大臣との関係という微妙な問題がある。

検察権も行政権の一つであり、検察庁も法務省に属する行政組織である。検察権の行使についても、内閣が国会に対して、そして最終的には国民に対して責任を負う。そして、国民を代表する国会で選ばれた内閣の一員として、検察権の行使について責任を負うのが法務省の長たる法務大臣である。

法務大臣と検察官の関係に関しては、検察庁法14条で、法務大臣は、

「検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個別の事件の捜査・処分については、大臣は個々の検察官を直接指揮監督することはできず、検事総長に対してのみ指揮を行うことができる」

とされ、個別の事件に関しては、法務大臣の指揮は、検事総長の指揮監督を通してのみ、検察官の個別の刑事事件の捜査・処分に反映させることができるとされている。

内閣の一員である法務大臣は、行政機関たる検察の権限行使にも最終的に責任を負う立場であるが、一方で、検察は、内閣から独立して「法と証拠に基づいて権限行使を行うこと」を使命とし、「権限行使の独立性」が尊重される準司法機関であり、検察の個別事件の捜査・処分に法務大臣が介入することは、極力差し控えるべきとされてきた。

本来、上記の微妙な問題はあるものの、法務大臣にとって、検察庁法14条に基づく検察への対応は、最も重要な職責の一つであるはずだが、過去の歴代の大半において法務大臣は政治家・国会議員であり、就任会見の時点から「指揮権は行使しない」と確約し、実際に、検察の問題を「聖域」のように扱い、一切関わりを持たないかのような態度に終始してきた。

法務大臣が、個別の事件、とりわけ政治家に関連する事件について個別の事件の捜査処分に介入すること、それが、大臣自身が所属する政党や派閥を利する方向である場合は、重大な政治責任を負うことなる。造船疑獄における犬養毅法務大臣の指揮権発動が、吉田茂内閣の総辞職につながったのが典型例である。

しかし、今回の「裏金問題」についてみると、検察の捜査処理の方向性が、事案の実態にも法律の趣旨にも沿わないものとなり、所得税の課税も含めて、国民の認識と大きな乖離が生じかねない状況だったのである。そうした中で、検察が適切な捜査処理を行える環境を整えるための法務省刑事局のサポート等を積極的に行うよう指示すること、国民が重大な関心を持つ政治資金規正法違反事件の捜査処分について、個別事件についての公開禁止に反しない範囲で、法解釈や捜査処理の方針等について、国民に納得できるよう説明を行うよう「一般的指揮権」に基づいて検察当局に指示することは、法務大臣として極めて正当な対応のはずだ。それにより、「裏金事件」の刑事事件としての展開も、政治的影響も、大きく異なるものになっていたはずだ。

法務大臣が果たすべきだった重要な役割

昨年12月19日、東京地検特捜部が、「政治資金パーティー裏金事件」で政治資金規正法違反の疑いで強制捜査に乗り出し、安倍派と二階派の事務所を捜索した時点で、二階派に所属する小泉龍司法務大臣

「検事総長への捜査の指揮権を持つことから、今後の捜査に誤解を生じさせたくない」

として、二階派を離脱した。

その時点で出した記事【指揮権に対応できない小泉法務大臣は速やかに辞任し、後任は民間閣僚任命を】で、法務大臣が、捜査の対象となっている派閥に所属していた自民党の政治家であった場合、公正で客観的な判断が求められる法務大臣の職責を果たすことはできないことを指摘し、リクルート事件の際の元内閣法制局長官・元最高裁判所判事の高辻正巳氏、ゼネコン汚職事件の捜査の際の民事法学者の三ケ月章氏のように、十分な法律の素養がある民間人の法務大臣起用が適切だとの意見を述べた。

しかし、岸田首相は、法務大臣人事について問題意識を欠いたまま小泉氏を留任させ、その後、「政治資金パーティー裏金事件」について、法務大臣も法務省当局も、表だった対応は全く行わなかった。小泉氏が、法務大臣としての検察への関わりをすべて拒絶するに近い姿勢をとっていたことは、その後、参議院法務委員会で、検察庁法14条の法務大臣の指揮権について質問され、

「検事総長が法務大臣をなだめるための規定」

「検事総長が、冷静になってくださいと、介入しないでくださいという政治家を止めるための規定」

などという“珍説”を述べたことにも表れている。

小泉大臣は、大川原化工機の事件で人質司法のため被告人の胃癌が悪化して死亡した後に公訴取消しになったこと、河井元法務大臣の買収事件では、東京地検特捜部の検事が不起訴を示唆して供述を誘導したことなどについても、「個別事案に対する指揮権と境を接する問題」だと述べて、法務大臣として調査を指示したり、是正のための措置をとることをしなかった。法務大臣として対応することを全て否定したのは、一貫して検察問題への法務大臣としての関与を拒絶してきたことの表れである。

世の中の様々な事象に関して発生する刑事事件の中には、外交上の判断が必要になる事件、検察官個人の犯罪にとどまらず、検察の組織自体の不祥事に発展した事件など、検察による「法と証拠に基づく判断」だけでは適切な対応が期待できないものもある。そのような「検察の権限行使の限界」に関して、行政権の行使の主体である内閣との唯一の接点として重要な役割を果たすべきなのが法務大臣だ。しかし、歴代の法務大臣のほとんどは、捜査権限を有する検察に対して物を言うことに腰が引けていたため、本来の職責を果たして来なかった。

今、検察は、畝本直美検事総長の袴田事件再審判決に対する「総長談話」が、無罪が確定した袴田氏に対する名誉棄損だと批判されている問題、プレサンスコーポレーション事件での大阪地検特捜部検察官の恫喝暴言による取調べの特別公務員暴行陵虐事件で大阪高裁で付審判開始決定が出されたこと、大阪地検北川健太郎元検事正の性的暴行事件など、多くの極めて深刻な問題に直面し、組織自体が危機的状況にある。

このような状況において、検察に対する一般的・個別的指揮権を有する法務大臣の職責は極めて重大だ。石破首相は、特別国会に首班に指名されると、衆院選で落選し、辞任が不可避となった牧原秀樹氏の後任の法務大臣を任命することになる。その人選を、本稿で述べてきたことを踏まえて適切に行うことは、少数与党への転落で厳しい政権運営に直面している石破首相にとって、最重要課題であることは間違いない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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