斎藤知事「SNS運用はボランティア」説明の破綻、結末は猪瀬東京都知事5000万円問題と同様か
斎藤元彦氏が選挙前の予想を覆し、大逆転勝利、しかも、8時開票開始と同時に「当確」という圧勝を遂げ、知事に返り咲くことで、半年以上も続いていた兵庫県政の混乱にも、ようやく終止符が打たれるかと誰しも思ったが、それも束の間だった。
兵庫県西宮市に本社をおくPR会社「株式会社merchu(メルチュ)」社長の折田楓氏が、自社アピールの「SNS選挙戦略」勝利宣言をしてしまったことで、買収等の公選法違反の疑いが浮上、週明けから、ワイドショーも含め、斎藤知事問題一色となっている。
この折田氏のブログ投稿の内容を否定することは極めて困難であり、その後、斎藤氏や代理人弁護士が、折田氏がブログに書いている「SNS運用」などはボランティアだったなどと説明しているが、合理的な説明には全くなっておらず、それらの説明が今後破綻することは必至だ。この問題をめぐって明らかになったことを踏まえて、今後の展開を考えてみたい。
「選挙運動」と「ボランティア」
ここで、まず、公職選挙における「選挙運動」と「ボランティア」の関係について整理しておこう。
公職選挙における個人の関わりには、3つのパターンがある。
まず、多くの有権者の立場は、①「投票人」である。基本的にどの候補者を支持しているかは外部に表示せず、選挙の際に投票によってその支持を表明する立場である。この場合、「投票の秘密」が守られ、公務員が投票の秘密を害する行為を行った場合は公選法違反の犯罪となる。
次は、②「選挙運動者」である。選挙運動というのは「特定の候補者を当選させるための一切の行為」であり、選挙運動が行われている現場で活動をすることによって外部に支持を表明することになる。それだけに、「投票人」より、強い支持の形態だと言える。
そして、③「選挙事務員」「労務者」などのように、「決定権、裁量権を持たず事務的、或いは労務的なサポートをすること」による選挙への関わりである。
選挙への関わりについて、候補者側から報酬を受け取ることができるのは、基本的に③に限られる(例外的に、選挙管理委員会へ届け出た上で報酬支払ができるのが、ウグイス嬢、手話通訳者である)。①に対して報酬を支払うことは「投票買収」、②に対して報酬を支払うのは「運動買収」として公職選挙法違反となる。
「選挙のボランティア」というのは、②の選挙運動を無報酬で行う「合法的な選挙運動者」という意味になる。
斎藤氏及び代理人弁護士の説明
11月20日に折田氏のブログ記事が投稿され、公選法違反疑惑がネットで炎上した後の22日、斎藤知事の弁護士は
と説明した。
斎藤知事は、25日、兵庫県議会での百条委員会に出席を求められていたが、東京で開かれた全国知事会出席のため百条委員会を欠席。その終了後、マスコミの「囲み取材」を受けた。
斎藤氏は、
と繰り返し述べ、
と説明した。記者から「契約書にはどういう業務内容が書かれていたのか」と問われ、
と契約書に書かれた内容について答えた。
「折田氏がSNS運用をしていたのではないか?」と問われると、
と否定した。
それに対して、「ポスター担当がなぜ動画配信?」「折田氏のうそか?」などと質問されたが、斎藤氏は
と繰り返した。
26日、merchu社に支払った金額の内訳について斎藤知事の代理人の弁護士が以下の内訳を説明した。
▽公約のスライド制作が30万円
▽チラシのデザイン制作が15万円
▽メインビジュアルの企画・制作が10万円
▽ポスターデザイン制作が5万円
▽選挙公報デザイン制作が5万円
9月29日に打ち合わせを行い、PR会社からポスター・チラシのデザインやSNS運用などについて様々な提案を受け、このうち上記の項目を選び、消費税を含めて合わせて71万5000円を11月4日に支払ったとしている。SNSの運用については
と説明した。そして、
との見解を示したとされている。
斎藤氏側説明の破綻は必至
しかし、この公選法違反疑惑について「ボランティア」という説明は、全くの無理筋であり、詳細な説明を求められれば、破綻することは必至だ。
まず、問題となるのが、斎藤氏とmerchu社との間の契約の内容である。斎藤氏は、「囲み取材」で、「契約書の業務内容はポスターの制作など」と答えていたが、その後の代理人弁護士は、正式な契約書を交わしておらず、同社からの請求書が存在するだけであることを明らかにしている。
契約が口頭で行われたということは、契約内容は契約書という「書面」によって客観的に明らかになっておらず、当事者のやり取りの内容等から契約内容を認定するしかない、ということになる。
当初の折田氏のブログ記事で、同社のオフィスで打ち合わせする斎藤氏と折田氏らの写真に、プレゼン資料のようなスライドの表紙に
と書かれているのが映っており、
との説明が付記されているが、口頭での契約であれば、このプレゼンの内容が決定的に重要となる。
その場所が、merchuオフィスであること、そこで同社側から広報戦略を提案していることなどから、斎藤氏がその提案を受け、広報戦略を同社に全面的に委ねたとの推測が働く。代理人弁護士が言うように、SNSの運用については方針が合わずに断ったのであれば、どのように方針が合わなかったのか説明が必要になるし、しかも、折田氏がSNS運用を行った事実は否定できないのであり、同弁護士が言うとおりだとすると、「方針が合わない」と提案を断られた折田氏は、業務として受注したかった仕事をボランティアで行ったことになる。
しかも、そのような契約内容の核心に関わる記述が、ブログ記事の投稿直後に削除されている。
という斎藤氏が同社のオフィスに来たことの記述が削除され、
の記述は、
に変えられている。そして、「SNS運用フェーズ」と題する具体的な提案内容と、
と書かれていたのが、すべて削除されている。
つまり、ブログの記載からは、斎藤氏が、「merchuオフィスに行って」「広報戦略の提案を受けた」ことは明らかであり、同社が斎藤氏に広報戦略を提案し、その提案内容を前提に、斎藤氏とmerchu社との間で、知事選挙に向けての業務について契約が成立したということになるが、それらの事実に関する核心部分の記述が投稿直後に削除されているのである。このようなブログ記事の削除が、折田氏だけの判断で、自発的意思で行われたとは考えにくい。
これらの事実からすれば、斎藤氏とmerchu社との間で、口頭で合意された契約内容が、当初のブログに記載されていた「SNS運用フェーズ」と題する具体的な提案内容、すなわち「広報全般」であることは明らかだ。
その契約に基づいて、同社側が斎藤氏の知事選に向けての業務を行い、そのうち、公約のスライド制作、チラシ、ポスターのデザイン制作などの業務が終了したということで、その分について請求が行われた。それが、代理人弁護士が明らかにした「請求書」と考えるのが合理的であろう。この「請求書」による請求は、契約に基づく業務報酬の請求の一部だったと考えられる。
つまり、70万円余りの請求書とその支払いがあったからと言って、merchu社との契約の内容、同社の業務の内容が、請求書記載の業務に限定されるということではないのである。
業務の内容を口頭で合意し、その後、請求に応じて支払うという契約形態は、通常の取引では考えにくいが、選挙に関する業務という特殊な領域ではあり得る。特に、斎藤氏の場合、merchu社から提案し口頭契約した時点での選挙情勢ははるかに不利だったのであるから、当初の請求は比較的少額に抑え、選挙結果を踏まえて、相応の金額を請求する合意があった可能性もある。
前記のとおり、選挙に関して報酬の支払が認められているのは、③の「決定権、裁量権を持たず事務的、或いは労務的なサポートをすること」であり、請求書に記載されている「公約のスライド制作」などは、それには該当しないであろう。「チラシ、ポスターのデザイン制作」というのも、折田氏側の提案を前提とする依頼であれば、斎藤知事がぶら下がり会見で強調していた「法で認められたポスター制作」には該当しない可能性が高い。
いずれも、ブログの文言や写真からは、merchu社が中身に関わっていたことが推測でき、相当程度の裁量性を持って行った選挙運動であると考えられ、仮に、業務がこれらに限定されていたとしても、報酬支払は公選法違反となる。
折田氏本人及び社員の「ボランティア」の説明の破綻
また、今回の知事選での折田氏のSNS運用等の活動を「ボランティア」で押し通そうとしても、折田氏自身がブログ記事で明らかにしている「政治や選挙に対する姿勢」の説明と矛盾する。
記事の終わりの方で、折田氏は、
と述べている。それは、ボランティアで特定候補の選挙運動をやることとは全く相容れない。
さらに説明困難なのが、斎藤氏のためのSNS運用等の活動を会社の社員に実行させていたこととの関係である。
折田氏は、ブログの中で、
と述べている。信頼できる「少数精鋭のチーム」が運用部隊であり、社長の折田氏は「監修者」だったということである。
斎藤氏が主張するように、仮に折田氏自身が「ボランティア」だとしても、チームに加わったmerchuの社員も「ボランティア」だったのであれば、社長の折田氏が業務命令によって従事させたのではなく、あくまで社員個人の自由意志で行ったことになる。しかも、その「ボランティア」によるSNS運用などは、1か月半、会社を休職して、無報酬で行ったということになる。
「merchuの社員もボランティアだった」という説明は通る余地がないし、社員は関わらず、社長の折田氏だけがボランティアでやっていたとすると、同社の社長は、社長業を放置して、一か月半にもわたって、特定候補の選挙ボランティアに明け暮れていたことになる。
以上述べたことを踏まえて、今後、知事会見でのマスコミの追及、県議会での追及が行われれば、斎藤氏の説明は破綻し、辞任せざるを得ない事態に追い込まれるはずだ。
地方自治体の首長は、大統領に匹敵する強大な権限を有しており、その権限が適切に行使されていることについて、県民から、そして、県議会からの信頼が確保されていることが不可欠である。その首長の職に選任された選挙に関して公選法違反(買収)の重大な疑惑が指摘されているのであるから、納得が得られるまで説明を尽くす義務がある。説明不能という事態に陥った場合には、辞任するのが当然である。
説明破綻で辞任に追い込まれた猪瀬東京都知事
地方自治体の首長が、自らが当選した選挙での公選法違反等の問題で辞任に追い込まれた事例として、猪瀬東京都知事の問題がある。
猪瀬氏は、2012年12月16日に実施された東京都知事選挙で、史上最多の433万8936票を獲得し、当選した。
2013年11月になって、この都知事選前の2012年11月に、猪瀬氏が医療法人徳洲会創設者の徳田虎雄氏に「都知事選に出ます」と挨拶し、1億円の資金提供を要求していたことが報じられた。その後、息子の徳田毅議員から、議員会館の事務所で、猪瀬に直接、現金で5000万円が手渡されたことが明らかになり、選挙運動費用収支報告書への不記載等の公選法違反(この違反を最初に指摘したのが私の個人ブログ記事【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】であった。)の疑いや、医療法人に便宜供与を依頼された疑いが指摘された。
定例都議会で、医療法人徳洲会から5000万円を受け取った経緯などを説明したのに対し、各会派から批判の声が相次いだ。その後、都議会総務委員会で、猪瀬氏の
との証言を裏付けようと、猪瀬氏が現金を運んだカバンを都議会に提出した後、5000万円分の札束に見立てた発泡スチロールのブロックを入れるように要請され、かばんに押し込もうとしたが、ファスナーが閉まらなかった。それにより、猪瀬氏の説明が信用できないとの批判が高まり、3日後の12月19日に辞意を表明し、同月24日付で都知事を辞任した。
猪瀬氏については、2014年3月28日、東京地検特捜部は、5000万円の借入金が選挙資金収支報告書に収入として記載されていなかったことについて、公職選挙法違反の罪で略式起訴し、罰金50万円の略式命令が出され、猪瀬氏は5年間の公民権停止となった。
猪瀬氏の事例は、都知事に選任された選挙での公選法違反が問題とされ、それについて都議会での追及が先行し、そこでの猪瀬氏の説明に重大な矛盾が生じたために、都知事としての信頼が失墜したことによって辞任せざるを得ない事態に至り、刑事処分はその後に行われた。
県議会、マスコミによる追及と刑事責任の追及
上記の猪瀬東京都知事の事例からも明らかなように、自治体の首長について重大な疑惑が表面化した場合、刑事責任の追及だけが、疑惑解明の手段では決してない。刑事事件については黙秘権があり、それを行使されれば、事案の真相解明は困難であることも少なくないが、一方の議会での追及は、首長には、都道府県民と都道府県議会の信任を確保するための説明責任があるのであり、百条委員会の手続を有効に使っていけば事案の真相に迫れる可能性も十分ある。また、マスコミは、都道府県民の「知る権利」を背景に、会見等で知事を追及することも可能だ。
今回の斎藤知事をめぐる問題については、知事選の前に、パワハラ、公益通報者保護法問題などで県議会やマスコミの追及が続いたが、問題の捉え方が些か不的確であり、全体として問題があったことは否定できない(【「立花暴露発言」に誘発された「折田ブログ投稿」で、斎藤知事は絶体絶命か】)。
しかし、今回の斎藤知事の公選法違反疑惑の追及は、これまでとは全く異なる。既に、斎藤知事側からmerchu社側への70万円余の支払の事実が明らかにされており、問題はそれが「選挙運動」の対価かどうかに尽きるのであり、争点は極めて単純だ。
刑事事件での捜査処分を待つまでもなく、県議会やマスコミにおいて徹底した追及が行われていけば、猪瀬知事問題と同様の展開になる可能性は十分にあると考えられる。
【上記記事】の末尾に書いた「斎藤知事は、冷静に事態を受け止め、辞任を検討すべき」との私の結論に変わりはない。