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人件費を減らせて儲かるから? ホテルが朝食でブッフェ・バイキングを行う本当の理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:イメージマート)

宿泊で楽しみなホテルの朝食ブッフェ

2022年は、3年ぶりに行動制限のない夏休みとなりました。コロナ禍前に比べれば、まだ完全に回復したわけではありませんが、旅行に出掛けたという人は少なくないでしょう。旅行でホテルに泊まるとなれば、楽しみなのが朝食ブッフェ。

その朝食ブッフェで気になる記事がありました。

食品ロスなどデメリットが多いのでは? ホテルの朝食でバイキングが多い理由/オトナンサー

ホテルジャーナリストに疑問をぶつけ、回答するという形式で進みます。概ね納得できる内容ですが、いくつか補足したいことがあるので、今回記事を書きました。

一概に収益性が高いとはいえない

ホテルの朝食でバイキングが多い理由として、「バイキング形式の方が、人件費が削減できて収益性が高い」ということが述べられています。しかし、ホテルが利益のためだけに、朝食ブッフェを行っているかといえば、そうではありません。

ブッフェでは人件費が削減できるのはその通りですが、代わりに食材費は増えます。逆にいえば、人件費を食材費に回しているといってよいでしょう。

ブッフェはたくさんつくって、たくさんの人に来てもらう、つまり、たくさん提供して、たくさんのお金を支払ってもらうというビジネススタイルです。したがって、想定したよりも客が入らなければ、大量に用意した分だけ、赤字になってしまいます。食材の仕入れに関して、個々盛りの食事は閑散期に仕入れを減らせますが、ブッフェは多くの種類を用意しなければならないので、閑散期でもそこまで仕入れを削減できません。

損益分岐点を超えてからも、朝食ブッフェが個々盛りの食事に比べて必ず利益率が高いかといえば疑問が残ります。どこまで自前でつくっているか、種類数の多寡や実演の有無、何がよく食べられているかによって全く異なるので、収益性が高いと断言するには至らないでしょう。

オペレーションを回すために実施

ではなぜ、朝食ブッフェが行われているのでしょうか。

それは、オペレーションの課題を解決したり、顧客満足度を向上させたりするためです。

朝食は、ランチやディナーと違って、ほとんどの宿泊客が利用します。しかも、7時30分から8時30分という、1時間くらいの狭いスロットに集中するのです。逆に9時以降は閑散とします。

このピークタイムを捌くには、キッチンもサービスも多くのスタッフが必要ですが、早朝から行列待ちに対応できるだけのスタッフ数を確保するのは難しいです。7時からの勤務開始となれば、夕方前には勤務終了となり、ディナーには就業できません。

少ないスタッフで朝食営業を捌くために、個々盛りではなく、客が自ら好きなように取りに行ってもらう朝食ブッフェが採用されているのです。ホテルでは、ランチやディナーでは集客および売上が課題となりますが、朝食ではいかにオペレーションを最適化し、宿泊客にストレスなしで朝食を食べてもらうかが重要となっています。

利用する客にとっても、個々盛りの朝食が運ばれてくるまで、30分以上も待っているのは嬉しくありません。朝食をパッと食べてすぐにホテルを後にしたい観光客も多いでしょう。ブッフェであれば、すぐに食べ始めてさっと退店することができます。もちろん、その逆に、色々なものを食べ、のんびりゆっくりと朝の時間を過ごすことも可能。好きなものを好きなように選ぶこともできます。その日の体調によって、何をどれくらい食べるのかを決められるので、とても都合がよいのです。

したがって、ホテルが利益のためだけに朝食にブッフェを行っているというのは、イメージを毀損するような、誤った説明であると思います。

朝食ブッフェのブーム

「以前はホテルでも個別に食事を提供するのが一般的だったが、バイキングの朝食が多くなった」という主旨の文言もあります。以前が、どれくらい前なのかにもよりますが、ここ20年ということでしたら、私はあまりそのように思いません。

1994年に新御三家のパーク ハイアット 東京、ウェスティンホテル東京がオープンして、外資系ホテルが一躍脚光を浴びましたが、こういった憧れの一流ホテルでも当初から朝食ブッフェが行われていました。帝国ホテルや東急ホテル、京王プラザホテル、リーガロイヤルホテル、水道橋グランドホテルなど、日本系ホテルでも、1990年代には朝食ブッフェが行われています。

今でこそ朝活のようなキーワードで、朝食ブッフェを食べに行くトレンドもありますが、30年前からシティホテルやリゾートホテルは朝食ブッフェに力を入れており、非常に人気でした。

シティホテルではなく、ビジネスホテルの場合は少し事情が違います。2016年に観光庁が2020年に訪日外国人4,000万人を目標としたあたりから、ビジネスホテルが急増。昔は朝食なしの素泊まりが多かったかもしれませんが、コンペティターが多くなってきたので、朝食ブッフェを行って差別化しているのです。

ローカルフードを伝える

「トリュフやトロ、ウニなどの高級食材やその土地の食材を使った料理があると印象がよくなる」とありますが、半々かなという感じがします。

地方におけるホテルの朝食ブッフェでは、その土地の食材があると印象がよくなるのは、その通りです。なぜならば、他の地域では食べられないものであり、唯一無二の食体験となるからです。

しかし、単に高級食材だからといって、内陸なのにウニやトロを提供したり、日本とは何のゆかりもない上にフランス産やイタリア産以外でも安くないトリュフを用いたりするなど、朝食ブッフェで地元に関係ない高級食材を提供しているケースは多くありません。

なぜならば、その地域とは関係ない高級食材は、ホテルや地域のためにはならない上に、ただでさえ食材費の割合が多くを占めるブッフェにおいて、利益を圧縮してしまうからです。高級食材であったとしても、地元産であれば割安に仕入れることができますが、わざわざ遠くから仕入れるとなれば、そうはいきません。昨今のフードマイレージの観点からしても好ましくないでしょう。

競争が激しい今では、どこのホテルでも、できるだけ地元の生産者と絆を深め、地域性を獲得した上で、食を強化しています。

食品ロスの悩み

「バイキング形式では、料理の内容を毎日変えることができるので、食材が余る可能性が低くなり、賞味期限を気にするのも最低限」という記述があります。

確かに、ブッフェでは、自由にメニューが組めるので、非常にフレキシブルであり、それが食材使用の効率性を高めたり、食品ロス削減の一助となったりします。

ただ、食品ロス削減の観点からは、ブッフェならではの苦労も見逃してはなりません。ブッフェでは、営業を終了するまでブッフェ台を充足させる必要があります。客は、ブッフェ台が満たされているからこそ、ワクワクした気分で楽しく食べられます。食べたいものがずっと空になっていたり、ブッフェ台がスカスカで見栄えが悪かったりすれば、印象は悪くなってしまうでしょう。

そのため、ホテルのブランドポリシーで、最後までブッフェ台を充実させなければならず、クローズ間近でも補充しなければならないことがあります。

客の食べ残しによる食品ロスも、大きな問題のひとつです。食べ残したら、何グラムにつき何円のペナルティを請求すると注意しても、大量に食べ残すケースがあります。

ディナーブッフェは少なくない

最後に挙げたいのは「夕食ではバイキングが少ない。その理由は、非日常の特別感を求める客の期待を裏切る可能性があるから」というところ。こちらは大いに疑問です。

少なからぬホテルでは、夕食でもブッフェが行われています。星野リゾートや帝国ホテル、インターコンチネンタルやウェスティン、ヒルトンなど、多くのブランドホテルがブッフェをメインとしたレストランを有しており、朝食に加えて、ディナーでもブッフェが体験できるのです。

ブッフェが非日常の期待を裏切るとありますが、ブッフェこそ非日常ではないでしょうか。40種類以上ものホテルクオリティの料理が自由に食べられるのは、日常であるはずがありません。目の前でつくってもらえる実演も行われていますが、これこそまさに現在トレンドになっているカウンターガストロノミーと同じです。ブッフェのどこが日常であるのか、全く理解できません。

そもそも、ブッフェとコースは全くスタイルが異なっており、それぞれを好みとする客も異なるもの。自ら好きなものを取りに行き、マイペースで自由に食べたいという人と、席に座って落ち着き、シェフに委ねた料理を楽しみたいという人は違います。ホテルはこれをよく理解しているからこそ、ラグジュアリーブランドでも、ディナーでブッフェも行っているのです。

コースやアラカルトは非日常で、ブッフェは日常だからディナーに相応しくないと言及したり、ディナーブッフェは少ないと断言したりするのは、ちょっと乱暴であるように思います。

たくさんの種類を少しずつ体験できる

ブッフェは非常に独特なスタイルです。通常のアラカルトやコースとは異なっており、経営方針もオペレーションも全く違います。ホテルの朝食ブッフェともなれば、宿泊客向けとなるので、ブッフェの中でもなおさら特殊です。

私はファインダイニングのおまかせコースやカジュアル店のアラカルトも好きですが、自由なスタイルのブッフェも好きです。記事でブッフェが取り上げられるのは嬉しく思いますが、その魅力が周知されるのではなく、実情が間違って理解されたり、誤解されたりするおそれがあるのは、とても残念に感じられます。

たくさんの種類を少しずつ体験できる魅力的な食体験として、ブッフェを取り上げていただけると嬉しいです。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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