吉澤ひとみ被告に執行猶予判決 飲酒運転の被害者・遺族は何を思ったか
今年9月、東京都中野区の交差点で起こった信号無視の酒気帯びひき逃げ事件。逮捕されたドライバーが、元アイドルグループ「モーニング娘。」のメンバーであったこと、また、横断歩道上で歩行者がはねられる瞬間を捉えたドライブレコーダーの映像が広く流されたことで、大きな注目を集めました。
その後、道交法違反と自動車運転処罰法違反(過失傷害)に問われていた吉澤被告に、11月30日、有罪判決が言い渡されました。
まずはその報道を紹介します。
■執行猶予5年の判決は重いのか? 軽いのか?
執行猶予期間としてはもっとも長い5年が言い渡されたこともあり、法律家をはじめメディアは、今回の判決について、
「事故後も飲酒を続けていたことがわかり、悪質性が高いと判断されため、示談が成立している交通事件としてはかなり厳しい判決になった」
という見方をしています。
一方、飲酒や酒気帯び運転による交通事件によって被害を受けた被害者や遺族からは、複雑な思いが寄せられています。
「今回、被害者の方が軽傷で済んだのは不幸中の幸いで、あくまでも偶然の結果に過ぎません。一歩間違えば、死亡か重傷事故になっていたはずです。飲酒・ひき逃げという行為は、過失ではなく、故意です。本来は被害の大小や示談の有無などに関係なく、その悪質な行為に対して刑罰を下すべきではないでしょうか」
そう語るのは、兵庫県の阿部潤一さん(68)です。
阿部さんの長女・裕子さん(38)は、今から19年前の1999年、友人の車に同乗中、飲酒で信号無視の車に衝突され、頭に重傷を負いました。何とか命は助かりましたが、現在も高次脳機能障害のほか手足に麻痺が残っています。
同じ車に乗っていた友人の一人は、この事故で亡くなったそうです。
事故から19年、今も後遺障害と闘い続けている裕子さん自身も、今回の報道を見て、たまらなく辛い気持ちになったと言います。
「あれで執行猶予がつくなんて! 飲酒運転で同じようなことをした人が、逃げてもいいんだって思うようになったら、どうするんでしょうか……」
■交通事故は人身被害の程度で刑罰が決まる
阿部さん親子と同様に、「被害者のケガの度合いではなく、悪質な行為自体を厳しく罰するべき」という意見は、私のもとに複数寄せられています。
しかし、今の法律では限界があると言うのは、元警察官で、日本交通事故調査機構代表の佐々木尋貴さん(54)です。
「交通事故は、人身被害の重大性を処罰の対象にしています。被害が軽ければ、刑事罰も軽くなります。軽傷事故と死亡事故を同じように処罰することはできないのです。今回の吉澤ひとみ氏の場合は、行為の悪質性が高かったため、道路交通法が機能し、行政処分が重くなりました。
つまり、悪質で危険な運転者を交通社会から早期に排除するという目的は達成され、妥当な線で落ち着いたと思います。道路交通法は、被害者がいない特別法なのです。ただ、この考え方は一般に馴染みがないので、受け入れることはなかなか難しいでしょう」
佐々木氏自身も、2010年に長男の一尋さん(当時18)を交通事故で失った遺族です。
自転車で通学途中だった一尋さんは、一般道を時速100キロ以上で走行してきた軽自動車にはねられたのです。加害者は、窃盗事件などを繰り返して服役し、事故時は仮出所中だったと言います。
「悪質な人間は確かにいます。だからと言って皆を終身刑にするわけにはいきません。交通社会から悪質な運転者を排除するためには、実刑の圧力だけで犯行を思いとどまらせるより、身近な違反の行政処分を重くした方が、抑止効果が表れるのではないでしょうか」
■飲酒運転の危険性を伝える教育が必要
「飲酒ひき逃げ事件で息子が亡くなってから、ちょうど7年が経ちました。加害者もそろそろ7年の刑期を終える時期だけに、今回の吉澤氏のニュースを見て、いろいろな思いがよぎりました」
そう語る眞野哲さん(57)は、2011年10月30日、当時大学1年生だった長男の貴仁さん(19)を亡くしました。
それは、極めて悪質な事件でした。加害者のブラジル人はその夜、テキーラなどを飲み、無免許にもかかわらず、無車検、無保険の車を運転して衝突する事故を起こし、ヘッドライトを消してそのまま逃走。途中、一方通行の道を逆走中に、自転車に乗っていた貴仁さんに衝突し、さらに逃げ続けた挙句、約1時間半後に逮捕されたのです。
眞野さんは語ります。
「テレビで見た吉澤氏は、明らかに人と衝突したことに気づきながら、逃げています。その行動のズルさは許せるものではありません。しかし同時に、今回の一連の報道を見て、人間は弱い生き物だなあと感じました。私自身、今は遺族の立場ですが、息子が亡くなる前からずっと優良ドライバーだったかと問われると、決してそうとは言い切れません。
彼女は、深夜に飲んだ酒が何時間後に身体から抜けるのかを知っていたのでしょうか? 飲酒が運転に与える影響やアルコールが身体から抜けるまでにかかる時間など、ハンドルを握る人たちに、またこれから免許を取る子どもたちにも、もっと具体的に教育していくべきでしょう」
眞野さんは事件後、『悪質運転ゼロの会』を立ち上げ、交通事故の被害者や遺族とともに交通安全に関するさまざまな取り組みを行っています。
年末になり、忘年会などでお酒を飲む機会が増える季節となりました。
ときには、ふと、気が緩むときがあるかもしれません。そんなときは、飲酒運転の果てに、こうした被害者、遺族の、終わりのない苦しみがあることを、ぜひ思い出してほしいと思います。