かつて授賞式延期の引き金も。名作「タクシードライバー」3人が今年は揃う【アカデミー賞の秘かな愉しみ】
今年のアカデミー賞(日本時間・3月11日)では、ひとつの記録が作られた。ある部門でノミネートされ、そこから同部門で再度ノミネートされるまでのインターバルが“最長”となった人がいるのである。まぁ映画ファン以外には、どうでもいい記録かもしれないが……。その人の名は、ジョディ・フォスター。今年、『ナイアド〜その決意は海を越える〜』で助演女優賞にノミネートされているジョディ。過去に同賞にノミネートされたのが、1976年の『タクシードライバー』なので、じつに47年ぶりとなる。
それ以前、この同部門ノミネートのインターバル記録を持っていたのが、1980年の『普通の人々』から2022年の『フェイブルマンズ』まで「42年」の空白があった、助演男優賞部門のジャド・ハーシュだった。
ただ、ジョディの場合、そのインターバルに主演の方では、『告発の行方』と『羊たちの沈黙』で2回の受賞を果たしている。さらに主演女優賞では『ネル』でもノミネート。前述のジャド・ハーシュと違って、彼女にとってアカデミー賞が「めちゃくちゃ久しぶり」という感じでもない。しかし記録は記録である。
現段階の予想では、『ナイアド』でジョディが今年のオスカーに輝く可能性は低い。とはいえ演じたのが、フロリダからキューバまでを泳ぎ切った女性スイマーのパートナー役。ジョディ自身、レズビアンであることを公言した稀有なスターの一人であり、役とのシンクロは感慨深いものがあり、それでオスカーノミネートというのも彼女にとっては誇らしいだろう。
前回の助演女優賞ノミネート作品『タクシードライバー』で、ジョディは13歳にして、12歳の娼婦アリス役を任された。ベトナム帰りのタクシー運転手トラヴィスを演じたロバート・デ・ニーロとの複雑で屈折したやりとりを鮮烈に体現。子役からの経験があったとはいえ、ジョディの娼婦役は今観ても鮮烈で衝撃的。アカデミー賞ノミネートも納得だ。
この『タクシードライバー』のアリスというキャラクターが、作品を超えて社会問題も引き起こしたのは有名な話。同作のジョディに偏執的な恋愛感情を抱いたジョン・ヒンクリー・ジュニアが、その後、大学生になったジョディに接近。彼女のアパートも見つけ、ストーカー行為を繰り返す。もちろんスター俳優がその行為に応えることはなく、やがてヒンクリーは「ジョディの興味を引きたい」という動機で、1981年、当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンを狙撃。レーガンは胸部に銃弾を受けるが、命は取り留めた。
この事件が起きたのは、アカデミー賞授賞式の当日のこと。夜の授賞式ではレーガンのメッセージも流れる予定だったため急遽、延期が決定され、翌日の開催となった。第二次世界大戦時もなかった、「アカデミー賞延期」の唯一の例である。この一連の事件は当然、ジョディ・フォスターの心にも大きな影響を与え、彼女はしばらく俳優業をセーブすることになった。
このように『タクシードライバー』は観る人の人生に大きな影響を与える作品であり、つまりは映画史に残る名作。もちろん後の多くの映画監督にも、ひとつの指針を作った。
そして今回のアカデミー賞には、ジョディ・フォスターだけではなく『タクシードライバー』のレジェンドが揃ってノミネートされているのである。同作主演のロバート・デ・ニーロは『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で助演男優賞に3度目のノミネート。マーティン・スコセッシは同じく『キラーズ〜』で監督賞に、なんと10度目のノミネート。もしデ・ニーロが助演男優賞を受賞すれば、1974年の『ゴッドファーザー PART Ⅱ』以来、49年ぶりの快挙となる。
ただし、ジョディ・フォスター同様、デ・ニーロ、スコセッシとも今回アカデミー賞を受賞する確率は極めて少ない。3人ともすでにオスカーを手にしているので余裕ではあろう。とにかく長年の映画ファンにとっては、アカデミー賞授賞式で『タクシードライバー』のレジェンドを作った3人が顔を揃える姿に胸が高鳴る。今年の賞レースで、すでにゴールデングローブ賞などで3人は同席しているものの、やはりアカデミー賞という場は特別だからだ。
昨年の授賞式で、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』のハリソン・フォードとキー・ホイ・クァンが時を超えて喜びを分かち合ったように、映画の歴史を再確認できる“『タクシードライバー』リユニオン(再会)”の瞬間が見てみたい。
『タクシードライバー』ではジョディ・フォスターとロバート・デ・ニーロがアカデミー賞にノミネートされたが、スコセッシは監督賞に候補入りせず。『羊たちの沈黙』でジョディがアカデミー賞主演女優賞を受賞した年、デ・ニーロは『ケープ・フィアー』で主演男優賞にノミネートされたが、やはり監督のスコセッシは候補から漏れた。3人同時ノミネートはアカデミー賞の歴史でも初めてとなる。
こうした細かいネタで期待を高めるのも、年に一度の映画界最大の祭典、アカデミー賞の楽しみであるだろう。