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扉が開かなければ、多くの移民が名前もないまま死んでゆく

渥美志保映画ライター

今回は本日公開の『午後8時の訪問者』を、監督であるダルデンヌ兄弟のインタビューを交えてご紹介します。このおふたり、来月開催されるカンヌ国際映画祭の歴史に残る、最高賞パルム・ドールを2度にわたって受賞した数少ない監督。最新作の『午後8時の訪問者』は、ある見ず知らずに移民の少女の殺人事件に関わってしまった女医が、その真相を追うサスペンスタッチの作品です。ということで、まずはこちらをどうぞ!

「ずっと医師を主人公にした映画を作りたいと思っていた」と語るダルデンヌ兄弟。今回の主人公の女医ジェニーは、代理の医師として診療所を切り盛りしています。来週からは大きな病院で働き始める、そんなある日、診療時間を1時間も過ぎた午後8時にドアベルが鳴ります。応じようとした研修医を彼女が止めたのは、その日に起きたちょっとした事件で反抗的になった研修医に、「私が上」と主導権を示すため。いうたらつまんない意地の張り合いで、これが後にとんでもない後悔になるなんて思いもよりません。実はこの時にドアベルを押したのは怪しげな男たちに追われていた少女で、翌日死体となって発見されてしまいます!

兄(ジャン・ピエール以下JP)本来なら人間を死から遠ざける医師という職業の人間が、ある少女を見殺しにしてしまった――その時に、果たしてその人物は自分の罪を償うのか、償わないのか、その葛藤を見たいと思いました。

弟(リュック以下L)彼女は罪悪感に苛まれて捜査を始めるのですが、それは犯人を突き止めるためではありません。身元不明で死んだ被害者の名前を調べるため、名も知れず死んだ彼女の記録を歴史の中に残すためですなんです。でも観客は「犯人は誰なんだろう」と思いながらご覧になるでしょうね。

翌日訪ねてきた刑事は、診療所の監視カメラの記録をチェック。その中には必死に診療所のドアを叩く少女が映し出されています。事件の夜はドアベルにも出ず、カメラで来た人をチェックもしなかったジェニーは、その時初めて必死にドアをたたく少女の姿――アフリカ系の黒人の少女の姿を見て、その必死な姿にショックを受けものすごーい罪悪感を抱え込んでしまいます。

映画の見どころは、ここから始まる「少女の身元を必ず探しあて、お墓を作る」という、おどろくほど強固なジェニーの意志です。映像から切り取った画像をスマホに取り込んだジェニーは、死体発見現場に足を運び、目撃者を探して足取りを追い、その最中に「先生、お腹痛い」と次々電話してくる患者を治療し、治療するついでに患者にまで写真を見せて、ついには自分の将来まで諦めて事実を追求してゆきます。

「移民の黒人女が殺されるなんて珍しいことじゃないし、先生手間かけさせないでくださいよ」というやっつけ仕事の男性刑事に対し、このしつこさ、この正義感、この後先考えない感じ――もしかして、だから主人公は女性なんですか!?と聞いたら、監督にプッと噴出されました(ベルギーやフランスでは、専門医でない一般医、いわゆる”かかりつけ医”は、女性のほうが多いんだとか)が、何かに肉薄しては脅されたり襲われたりしながらも、ジェニー先生、とにかくまったくひるみません。演じる女優さん、アデル・エネルさんのガン!とした存在感も素晴らしい。

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でも彼女がそうまでして追うのは真相じゃなく、被害者の少女の名前なんですね。名前もないまま無縁仏で埋葬されてしまったら、少女のことを誰も探せなくなる、家族だって少女に何が起こったか分からないまま待ち続けることになる――彼女を死なせてしまったひとりとして、そのことがどうしても切なかったからなんです。これは移民の大量流入が大きな問題となっているヨーロッパの状況を反映したもの、名もなく死んでゆくことも多い移民たちを象徴する事件なんです。

Lヨーロッパに渡ってくる移民たちの多くが、その途上である地中海で死ぬのと同じように、少女はマース川で亡くなります。名前も身元もわからないまま、遺体発見現場に遺体もありません。映画の中には少女の実在感はなく、あるのは唯一、監視カメラの映像から切り取った写真だけです。こうした表現はある種の賭けでもありました。つまり少女が存在しなければしないほど、観客の頭の中には彼女のイメージが強く焼き付くのではないか――ジェニーがそうであるように。彼女の死に責任を感じる人々の頭の中には、その姿が幽霊のように残るんです。

昨年カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したケン・ローチの『私、ダニエル・ブレイク』が現在大ヒット上映中ですが、『ロゼッタ』『息子のまなざし』などで、同じように社会からこぼれ落ちた人々を描いて同賞を2度獲得しているダルデンヌ兄弟。今回は社会的地位のある医師が主人公ですが、そうした視点は細部にわたって健在です。

L私たちが思うに芸術、特に映画においては、ディテールがとても重要だと思います。チャーリー・チャップリンの映画もバスター・キートンの映画も、些細な事から物語を描いていますよね。ですから常に強迫観念のようなものを持ちながら、物事の細部を観察しています。今回で言えば、例えばドアや監視カメラは重要な要素だと思います。主人公が働く診療所のドアはガラスで向こうが見えるのですが、監視カメラがあるので本来なら別にそうである必要はないんですね。この扉を、助けを求めてきた少女が叩き、その後もいろんな人が叩く、そして観客は誰が叩いているのか見ることができるんです。映画の中では診療所の扉ですが、それは“国境の扉”“ヨーロッパの扉”を象徴しているとも言えます。もちろん扉は誰にでも開いたほうがいい。

JPまあこの映画では、開けたら物語が始まりませんけどね(笑)

そうした映画に続き、現在撮っている作品のテーマはテロ!というニュースが流れています――が、水を向けると、爆笑するお二人。

L私たちの映画の回顧展が開かれていたペルーに私が一人で行ったとき、受けたインタビューでパリとブリュッセルで起きたテロの話が出たんです。そこで「ひどい話です。ショックだし考えさせられました」と言っただけ。その時のスペイン語の通訳との間で、「テロの話は撮らないの?」みたいなやりとりがあったのは覚えているので、そのへんから噂が広まったんじゃないかと。

JP当時、私はバカンスでイタリアにいたのですが、新聞を開いたら「ダルデンヌ兄弟、次回作はテロ!」と書かれていたんです。いかにも二人でインタビューに答えたかのような写真付きで。これはメディアのでっち上げです。なのにそれを否定したら、今度はフランスのジャーナリストが「テロの映画を作るのが怖くて断念した」って。

JP日本では、もう撮り始めてるってことになっているとは(笑)

Lもし私たちがそんな映画を撮ったら、いろいろ言われて仕方なく撮るハメになったと思ってください(笑)

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ダルデンヌ兄弟(ジャン・ピエール&ジャン・リュック・ダルデンヌ)

兄ジャン・ピエール1951年、弟ジャン・リュック1954年に、ベルギーのリエージュ郊外で生まれる。社会問題を描いたドキュメンタリー作品を監督ののち、1987年に劇映画でビュー。3作目の『イゴールの約束』で注目を集めた後、1999年『ロゼッタ』、2002年『ある子供』で、カンヌ国際映画祭最高賞のパルム・ドールを2度にわたって受賞。同賞を2度にわたって受賞した5組目の監督に。『息子のまなざし』『ロルナの祈り』など国際的に高い評価を得る作品も多く、昨年の『サンドラの週末』に主演したマリオン・コティヤールは、全米映画批評家賞、NY映画批評家賞で主演女優賞を獲得、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた。

公開中公式サイト

(C)LES FILMS DU FLEUVE- ARCHIPEL 35- SAVAGE FILM ー FRANCE 2 CINEMA- VOO et Be tv- RTBF (Television belge)

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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