【京都市】中京区 坂本龍馬と中岡慎太郎の遭難地が京都河原町のど真ん中に!
慶応三年(1867年)の11月15日に、「近江屋」で大政奉還後の政局について論じていた海援隊長の坂本龍馬と陸援隊長の中岡慎太郎。突如、その夜に十津川郷士と称する男たちによる襲撃を受けます。
維新の功労者である土佐藩海援隊長の坂本龍馬が盟友である陸援隊長の中岡慎太郎とともに刺客に暗殺された近江屋(醤油商)があった所には、説明書がかけてありました。
河原町の三条と四条のど真ん中にあるこの石碑と説明書は、気がつかずに通り過ぎてしまうことも多いほどの人が行き交いしています。
享年、龍馬は33歳、中岡は30歳という若さ。大政奉還(10月14日)が行われた一カ月後でした。
現在は坂本龍馬と中岡慎太郎の墓は「京都霊山護国神社」にあります。ともに土佐藩出身で薩長連合の功労者です。
また、東山の円山公園には二人の銅像がありますよ!過去記事をご参照くださいませ→
『坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像』が観光地である「円山公園」の中に!
京都の街ブラは、本当に多くの史実に遭遇しますね♪
坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難之地
場所:京都市中京区河原町通蛸薬師下る西側