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運命の恋の「あの瞬間」に、あなたなら何を選んだか?話題の映画「パスト ライブス/再会」ネタバレ解説

渥美志保映画ライター

今回は、アカデミー賞でも話題となった映画『パスト ライブス/再会』は、初恋の幼馴染みの男女が、出会いと別れを繰り返す24年を描いた作品です。誰しも「あの時に、別の選択をしていたら」という人生の瞬間があると思うんですが、『パスト ライブス/再会』は主人公二人のそういう瞬間を描き、見終わった後は必ず「自分ならどうするか?」みたいなことを話したくなる作品です。今回はネタバレ解説ですので、まだご覧になっていない方、結末を知りたくないという方は、映画をご覧になってからお読みください。またこことは違う内容をポッドキャストでも配信しておりますので、そちらも合わせてお聞きくださいませ!

ということで、まずは物語。ソウルに暮らす12歳のヘソンとノラは幼馴染の同級生で、お互いに初恋の相手。学校の成績もトップのノラは野心に満ちた女の子で、「韓国にノーベル賞作家はいないから」と、両親とともにカナダに移民してゆきます。12年後。将来有望な劇作家になったノラは、カナダからNYに移住。そんな折、ずっと彼女の行方を探していたヘソンとSNSで再会。頻繁に連絡を取り合ううちに「会いたい」という気持ちをつのらせますが、NYとソウルの距離はなかなかに遠いもの。劇作家として大事なタイミングにあったノラは、気づけばソウル行きの飛行機ばかり探している自分が嫌になり、「しばらく時間をおきたい」とヘソンに別れを告げます。そして、再び12年後。作家の夫アーサーとNYに暮らすノラのもと、ソウルからヘソンが訪ねてきます。小学校以来のリアルでの再会に、二人の心は揺れはじめます。

映画をご覧になった皆さんが、どこにツボったか、どこで泣いちゃったか、どこで「ああああ」ってなっちゃったか、気になるところです。24歳の時に、どうにか上手く調整したら一度ぐらい会えたでしょうに……と私も思ったんですが、お互いに「好きならそっちが来てくれたっていいのに」と意地を張っちゃうのも、この年齢らしいな…って思ったり。はるか昔に20代を終えた私個人としては、「今は仕事!」と恋心を断ち切ったノラを「正しい!」と思ったりもしました。というのも人生は、大恋愛にうっとりしたままでいられるほど短くないし、あの時にヘソンと一緒になっていたら、その後のノラの「自分らしい人生」はなくなってしまっていたかもしれず、下手すれば毎年の秋夕(韓国のお盆)にヘソンの実家で一晩中チヂミを焼くような人生になっていたかもしれないからです。

映画の前半からあった「二人は結ばれない」というほのめかし

観客の皆さんの中には、ヘソンに対して「未練を断ち切れず24年後にNYに来るくらいなら、12年前に来い!その時来てたら違ってたのに!」と思った人も多いかと思いますが、映画は最初からそこここで「二人は結ばれない」ということをほのめかしてたように思います。
例えば、移住前の韓国での思い出づくりに、ノラの母親が、娘にヘソンとデートをさせてあげる場面。遊び回る二人を見守るノラの母親に、ヘソンの母親が「なぜすべてを捨てて移住するの?」とたずねます。するとノラの母は「捨てるものがあるから得るものがある」と答えます。ノラの母親はアーティストで、同様の生き方をするノラも、何かを手にいれる引き換えにヘソンを捨てられるということの暗示でもあるんですね。

12歳の二人の別れの場面も象徴的です。学校帰りの二股の分かれ道で、ノラは右手の急坂をガンガン登ってゆく一方、ヘソンは眼の前にある平坦な道をゆるゆるとあるいてゆきます。

ヘソンと別れたノラは、すぐにアーサーと付き合いはじめ早々に結婚をするのですが、NYで再開した時にその理由を「グリーンカードのため」と言っています。つまり彼女はアメリカでの永住権をとるために、アメリカ人のアーサーと結婚したんですね。それを聞いた時のヘソンの表情を見ると、「ノラは昔からそういう人だった」とヘソンが理解しているのがわかります。ヘソン役のユ・テオは言葉がすぐに出ないヘソンの気持ちを、すごく丁寧に演じています。

NYで24年ぶりに再会の場面でも、ノラはいかにもアメリカ人的にナチュラルにヘソンをハグするんですが、ノラを思い続けてきたヘソンはすごく微妙な表情をしながらちょっと体をこわばらせます。それに気づいたノラは「ヘソンはまだ自分を愛しているんだ」と察知するわけです。そこからの二人の距離感が、近寄りたいような近寄っちゃいけないような、近寄ってほしいような近寄ってほしくないような、とい具合で、すごく繊細に描かれています。

韓国の運命論「イニョン(因縁)」とは?

この映画のキーワードに、韓国独特の概念「イニョン(因縁)」があります。日本人にとっての「運命」とか「宿命」みたいなもので、韓国ドラマでは「会いたくもないのに、何度も顔を合わせる」みたいな相手に「悪縁だ」なんて言うこともありますし、恋に落ちた二人は実は子供の頃にすでにであっていた、みたいな形で描かれたりもしていますが、この作品で描かれるイニョンは仏教の概念で、「前世(=前世)からのめぐり合わせ」とでもいいましょうか。それによれば「現世で結ばれる人には800層の前世でつながっている」らしく、ハッピーエンドどんだけむずかしいんだよ!と思わなくもないんですが、映画はその不思議世界を描いているわけじゃないんですね。

例えば最初にイニョンの話がでてくるのはノラとアーサーの出会いの場面で、アーサーにイニョンについてひととおり語ったノラは、最後に「韓国人は相手を口説く時にこの言葉を使う」とサラっと言うわけです。恋愛の達人、って感じですね。

二度目はノラがヘソンと再会した終盤のNY、特に別れのラストシーンが印象的です。ノラはヘソンに思いがないわけではないけれど、今の人生を捨てることはできない。そして「自分の道をゆくノラ」を愛しているヘソンは、彼女をアーサーから奪うことなんてできない。葛藤の末に、最終的には「イニョン」がたりなかった、仕方ないけどこれが運命だったんだ、もしかしたら来世でまたで会えるかもしれない、とふたりは別れてゆきます。イニョンは、どうにもならないことを諦め受け入れるための、すごく美しいエクスキューズになっているんです。この概念があるのとないのでは、作為品の余韻は全く異なってくるんじゃないかなと思います。

ということで、今回は『パスト ライブス/再会』を語ってみました。主演のユ・テオさんが号泣したというラストシーンーー何か起こりそうな雰囲気にやけにハラハラさせられ、あんなにクールだったノラの号泣の意味を考えたり、自分ならアーサーか、それともヘソンか?なんてことを、お酒でも飲みながら語り合っていただけたら楽しいんじゃないかなとか、映画を見た後に過去の恋愛を思い出しながら、お酒のんで余韻に浸るなんてのもいいんじゃないかと思います。

ポッドキャストの方では主演のユ・テオさんのことなども語っていますので、よろしければ合わせてチェックしてみてくださいね。

『パスト ライブス/再会』公開中

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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