Yahoo!ニュース

W杯アジア最終予選に挑む森保ジャパン。遠藤航、守田英正はなぜ戦略的に欠かせないのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 2026年W杯アジア2次予選、ミャンマー、シリア戦で中盤を支えた守田英正、遠藤航は秀逸のプレーだった。攻守一体というのか。新しいフォーメーションや弱小すぎる相手など、様々なファクターはあったが、それらを一切取っ払って、センターMFとして理想的なプレーだった。

 軍事用語で言えば、二人とも「橋頭保」になっていた。橋頭保は、敵地に侵攻するために設ける拠点。橋を守るために築いた堡塁を意味するが、転じて守りを補強しながら出撃し、攻守を司る拠点だ。

 それこそ、現代のセンターMFに必要な条件と言える。

「そこにいてくれる」という価値

 守田も、遠藤も、センターバックを補強するポジションを保全できている。「気づけばそこにいてくれる」という価値というのか。

 アンカーにせよ、ボランチにせよ、他のMFと違う高さを取り、バックラインと中盤の間のラインに入ってくる選手に自由を許さないのが仕事である。同時にバックラインと連携で良い距離感を保ち、シンプルにボールをつけ、攻撃を組み立てる。一つ前の選手の背後も守り、奪い取ったボールを味方に供給。自然とボールがこぼれるポジションにいて、周りにもいるべきポジションを促しているのだ。

 結果、ミャンマー、シリアにほとんど手も足も出させず、円滑で激しい波状攻撃を可能にしていた。

 二流以下のMFは、橋頭保を守るよりも前進することで問題を解決しようとし過ぎて、大事な拠点を失って雪崩れ込まれてしまう。あるいは、拠点を守ることだけに汲々とし、攻撃の出所となることができない。結果、押し込まれて防御線を突破されてしまう。

 守田、遠藤は際だって攻守のバランスが良い。正しいポジションを取って、正しいタイミングで動ける。これは特別な能力だ。

戦い過ぎるべからず

 メディアやサポーターは、デュエル勝利数、走行距離、スプリント数、インターセプト回数など、とにかく選手に数字を求める。しかし、このポジションは本来、数字に出ないところに妙がある。そこに立ちはだかっているだけで、敵は攻め込めない。正しいポジションを取っていることで、味方に選択肢を与えている。つまり、準備の段階で勝利しているのだ。

 例えば遠藤は「デュエル王」ともてはやされ、その肖像を求められるようになった直後が、実は一番状態は良くなかった。無理をしたインターセプトで橋頭保を奪われそうになっていた。彼のような選手でも1対1で勝利し、その数字が称賛されることに酔ってしまうのだ。

 その点、いつだって垂涎のタクティカルプレーヤーだったのが、昨シーズン限りでの引退を発表した長谷部誠だろう。長谷部は、どこに立つべきか、どのタイミングで動くべきか、その選択の精度が神がかりだった。彼は彼自身が活躍を遂げるよりも、周りの選手がそれぞれ良いプレーができるように猶予を与え、すなわち時間やスペースの優位をもたらしていた。

 だからこそ、ロシアW杯の日本代表は史上最強を誇った。

味方を助け、輝かせられるか

 橋頭保は、日本の城砦では「馬出」と意訳できる。

 城は門を閉ざすことで防御力を高めるが、その門の前に「馬出」と言われるもう一つの出入り口を設けることで、守備の強度が格段に増す。城門をもう一つの区画で守り、ダメージを最小限にする。一方、馬出という表現から分かるように、騎馬を含めた出撃拠点にもなる。城門を開け放って出撃した場合、敵に雪崩れ込まれる危険があるが、一つ前に拠点があることで万一、そこが奪われても背後を攻撃できる仕組みで、相手を追い払える。再び守備を固め、攻撃にも打って出られるのだ。

 これはセンターMFのポジション保全と出撃の論理と同じである。自分の感覚だけで飛び出してしまうインターセプトは味方を窮地に陥らせる。敵の侵入を許し、有効な攻撃もできなくなる。

 ちなみに馬出の変形は出丸で、真田丸はその一つだ。

 大阪冬の陣で、真田幸村は大阪城の防衛線上の唯一の弱点だった南側に真田丸を築いて、敵攻撃をまともに受けることを回避させている。相手が怯んだら、攻撃にも打って出た。結果、不利だった戦いを優位にするのに成功したのだ。

 話をサッカーに戻そう。

「味方を助け、輝かせられるか」

 それがMFの一角のポジションに求められる資質で、この能力に恵まれている選手は意外に少ない。

 繰り返すが、典型的な失敗は「走り過ぎる」ことにある。ボールホルダーに食いつく姿は戦っている錯覚を与える。しかし、それは危険なポジションを相手に譲渡し、ポジション保全ができていないことを意味するのだ。

このポジションの価値は、チームに勝利をもたらしているか

 今シーズン、旋風を巻き起こしたドイツのレバークーゼンには、模範的なタクティカルMFがいた。スイス代表グラニト・ジャカ、ドイツ代表ロベルト・アンドリヒ、アルゼンチン代表エセキエル・パラシオスはお互いが生かし合い、チームに相乗効果を引き起こしていた。指揮官であるシャビ・アロンソが、現役時代にポジションの意味を誰よりも知るMFだっただけに、まさに分身のようなプレーだった。

 このポジションの価値は、チームに勝利をもたらしているか、にある。

 その点、今シーズンの最高MFと言えるスペイン代表ロドリ(マンチェスター・シティ)、ドイツ代表トニ・クロース(レアル・マドリード)、トルコ代表ハカン・チャルハノール(インテル・ミラノ)が、それぞれのリーグで覇権をつかんでいることは偶然ではない。ボールの出所となって味方を有利にし、危険なスペースを消し、相手のタイミングをずらしていた。

 遠藤、守田は、今後も森保ジャパンの戦いを背負う。センターバックを補強し、ボールの出所となり、迅速に供給し、仕組みの中でボールを奪回する。そのサイクルで、チーム全体を有利に動かす。二人は「戦いの仕組みを作れるMF」だ。

 9月5日から始まるW杯アジア最終予選でも、二人は欠かせない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事