就職氷河期世代支援プログラム、その成果の鍵は正社員化ではなく社会参加支援
来年度から、就職氷河期世代支援プログラム(3年間の集中支援プログラム)が始まります。今年度に入り、プログラム内容の議論が始まり、かなり具体的な情報が少しずつ出てきました。
従来の雇用政策と変わらぬ内容
「政府を挙げての本格的な支援プログラム」を基本認識に掲げたプログラムは、大きく三本の柱から構成されています。
1. 正社員を希望するも、不本意に非正規雇用で働いているひと(50万人)
2. 働きたい気持ちはあるが無業状態が長期化しているひと
3. 社会とのつながりを喪失しているひと
ここに該当する現在30代半ばから40代半ばを支援プログラムの対象者とし、基礎自治体との協力のもとで3年間取り組んでいくということです。
さまざまなメディアでは、主に非正規雇用で働いているひとたち30万人を正規雇用者に転換することが伝えられています。そこには人材が集まらない業界を中心に、職業訓練や民間企業との協働(成果連動型の施策については具体的にまだ見えていません)によって進めていく、従来の雇用政策との違いは見えてきません。
これまでの雇用政策の延長、当該世代への集中的なリソース投下でどの程度のひとが希望する、そして満足度の高い正規雇用に就くことができるのかをしっかり見ていきたいと思います。
既にスタートした取り組みとしては、ハローワークにおいて当該世代に限定した求人を出すことができるというものがあり、1か月で377件が集まったというニュースがありました。
参考:「就職氷河期」世代限定の求人 1か月余りで377件| NHKニュース
その成果の可否はこれからわかってくるものだと思いますが、記事を読む限りにおいては、人手不足と採用難が常態化している業界からの求人で、まだまだ世代限定求人の影響を判断することはできません。
長期無業状態の理由は病気や怪我
就業を希望しながら、さまざまな事情により求職活動をしていない長期無業者という言葉で対象を示していますが、これは子ども若者白書に掲載される「就業希望の若年無業者が求職活動をしない理由」が参考になります。
働くことを希望しながら、求職活動に至らない理由は個別的で、さまざまな事情があるのは、私自身が認定NPO法人育て上げネットを通じて、無業の若者を支援していますので納得があります。
全国データを見れば、求職活動に至らない理由は「病気・けがのため」です。通常、ここへのアプローチは、しっかりと治療、静養することが先決であり、雇用政策としてできることは医療や福祉へのつなぎに留まります。
ただし、それではこれまでとあまりに変化がないため、ひとつの提案として病気やけがであっても、その状態でできる仕事につなげる、または、仕事を作り出すことです。もちろん、その病気やけがの治療、療養中であっても、仕事をすることのできる状況や環境、または医師の許可があることが前提です。
今回の成果目標のひとつでも、正規雇用への転換が掲げられていますが、少なからず正社員として雇われることを前提にすれば、病気やけがは治す、体力がなければつける、電車に乗れなければ乗れるようにする、コミュニケーションができなければできるようにする、といった改善や解決してから、ということになります。
社会が変化し、さまざまな形で働くことができるようになっています。政府もテレワークを推したりと、必ずしも特定の場所で、決められた時間を仕事に充てなければならないというわけでもありません。また、現状では既存の形で働けなくとも、自尊心や自己肯定感を取り戻すため、「ケアとしての就労」を実現することは、雇用政策を拡充し「働く」政策としてチャレンジしてもいいのではないでしょうか。
参考:ひきこもりと働く、ケアとしての就労支援(工藤啓)- Y!ニュース
就職氷河期世代支援プログラム、その成果の鍵は社会参加支援
私は、この就職氷河期世代支援プログラムが3年の期間限定ということを考えても、その成果の鍵は社会参加支援にあると考えています。
ここは社会とのつながりがないひとたちを対象にしているため、雇用政策につながるプロセスとして位置づけるだけでは不十分です。どこかで働けるようになりたい、最初はアルバイトからでもいずれは正規雇用として、という考えがあるひとはそれでいいと思います。
しかし、現状では働くことを考える余裕や余力がない場合、雇用が延長線上にあるとなれば、つながる社会の範囲が限定され、支援の打ち手が大きく制約されるからです。
上述しましたが、雇用政策は企業に雇われることを前提としていますので、どうしても支援プログラムは「いつかは雇われるように」なることの影響を排除し切れなくなります。いつかは働きたいという希望があるひとにとっては雇用可能性が重要になりますが、現状そうでない場合、就職への圧力がない方が参加しやすいのではないでしょうか。
その意味において、なぜ、社会参加支援が鍵になるかと言えば、どれだけ相談窓口を充実させても、就職につながる支援を拡充しても、そのひとたちと接点を持つことはできないからです。つまり、政府は3年間をかけてやるべきは、社会との接点を喪失したひとたちとどうやったら出会えるのかを実証するために、これまでやれなかったことに取り組むことが重要であり、期間限定だからこそチャレンジすることで4年目以降または新たな1年目につながり得るからです。
社会参加給付金(社会参加希望者支援制度)
これは厚生労働省の職業訓練受講給付金(求職者支援制度)を拡張したアイディアです。詳細は該当サイトに譲りますが、一定の条件下で職業訓練を受講する際に月額10万円の手当の他、交通費等の通所手当、宿泊を要する場合は寄宿手当として月額10,700円が受け取れます。
非正規雇用で働いているひとも同じではあると思いますが、無収入である可能性の高い社会参加を求めるひとにとって、交通費等の実費負担は社会参加の際に足かせになります。必ずしも徒歩や自転車で行けるところに参加したい社会があるとは限りませんし、むしろ、少し遠方であったり、居住地を変更したいこともあるかもしれません。
公的機関や公設民営施設は費用がほぼかかりませんが、そもそも近距離にあるとは限りませんし、交通費のみならず、そこに参加するための経済面を支えてみることで、参加したい社会との接点を作りやすい環境が整うかもしれません。
社会参加における「社会」は、行政等が準備したものではなく、当事者がしたい社会のどこかでもいいのではないでしょうか。もちろん、一定の基準は引かなければならないと思いますが、その主体を当事者に委ねるということは、与えられた社会に来なくてはならない環境よりよほど参加しやすいように思います。
参加したい社会を選べるバウチャー制度
公設民営を含む、行政が設置した社会の場ではなく、当事者が参加したい社会を選べるようにするために、行政設置型および民間委託型にこだわることは社会参加可能性を大きく制約させます。特に物理的な距離に関しては、居住エリア周辺に該当施設等が設置されないことの方が多いはずです。
そのためできるだけ既存の場を活用しつつ、エリアの制約を受けすぎないようバウチャー制度を活用する方がよいと思います。
参考になるものとしてスタディクーポン・イニシアティブなどが参考になります。こちらはお金がなくて塾に通えない子どもたちに、その費用を社会的に担保することによって教育格差をなくそうという取り組みです。民間からの取り組みですが、その実績が行政への導入につながっています。
当該サイトにクーポン利用先教室リストというものがありますが、(事業終了のためいまは閉鎖)利用先に指定いてもらいたい事業者は登録フォームから審査を受けられます。参加したい場所があれば登録指定依頼をする、逆にその場所になりたい事業者なども登録して審査を受けるような形で選択肢を増やし、当事者が参加したい社会を増やしていくことが考えられます。
もちろん、登録審査や運用面をどこが担うのかという課題はありますが、就職氷河期世代支援プログラムは基礎自治体との協働を前提としています。地域の実情を知る自治体または自治体から委嘱された組織がそこを担うことで、登録希望の事業者等の判断が付きやすくなりますし、それ自体がネットワークとなって地域を支えていく網の目になることも期待できます。
社会的な居場所がなかったり、生きづらさを感じられている方々が主体となって場を形成していることもあれば、民間NPOなどの集まり、そして公的機関主催のものがあります。また、社会参加のためにやっている事業やサービスでなくても、当事者の方にとって参加しやすい場もあると思います。そのような多様な場にアクセスできる仕組みのひとつとして、バウチャー制度を参考にした、参加したい社会を選べる施策にチャレンジしてみるべきだと思います。
ニーズに合わせた柔軟な伴走ができるように
就職氷河期世代への支援プログラムを行うにあたって、現状は概況的な情報以上のニーズが深く調査されていることはないようです。特に社会参加支援にあたっては、走りながら作っていく様子が伺えます。
育て上げネットでも、「就労支援機関を利活用」した、「当該世代の方」について調べてみました。
参考:「若者支援」の現場から見た「就職氷河期」(育て上げリサーチ)
あくまでも就労支援という、そのひとに合わせた「働く」を考え、一緒に悩みながら作っていく場所ですので、「働きたい気持ちはあるが無業状態が長期化しているひと」が主な利用者になるという認識です。
そのなかで「利用目的」を抜粋してみると、以下のようになっています。
そのなかで上位になるのは比較的仕事に直結するのが多く、「PCを習いたい」が最上位にきています。一方、就職には直結しないけれど、ご本人が悩まれている項目として「生活改善をしたい」「集団行動力を身につけたい」「仲間が欲しい」というものがあります。
これらは就労支援の範囲ではありながらも、社会参加を希望されるひとたちのなかにも利用目的に挙げられるかもしれません。
これらのニーズは個別的ではありますが、ある程度の調査が進めば一定程度のニーズとなって見えてくると思います。しかし、ニーズ調査によって、ある程度のまとまりがわかったとき、予算の仕様設計に「生活改善講座:週2回×2時間×30週」のようになってしまうと、提供側のタイミングで動くことになります。
長く社会との接点を持ってこなかったひとたちにとって、何かしらのアクションを起こすことは非常に負担が大きく、勇気を振り絞る行為です。機会を求めて来所されたとしても、目的の講座はその日、その時でないとなると、次のチャンスが来るかどうかわかりません。
その意味で、予算を組み立てる段階では何を何回、人件費がどれくらいという設計はなされるでしょうが、一定程度、柔軟かつ自由度の高い使い方が可能な資金を事業費のなかに繰り入れておくべきだと考えます。
もちろん、なんでも自由というわけではないと思いますが、まだ何もわかっていない状況下において、すべてが新しいチャレンジとなります。3年の限定が打ち出されている以上、4年目または新たな1年目に向けて、何をどうしたら社会参加を実現できるようになるのかを見つけることが重要であり、就職氷河期世代支援プログラムの成果はどれだけのひとが正規雇用で働くようになったのかではなく、当該世代と社会の接点をどれだけ作ることができたのかに置くべきだと考えます。
「接点を作る」ことがもっとも重要なことです。