ひきこもりと働く、ケアとしての就労支援
2017年11月19日、青少年健康センター主催による「ケアとしての就労支援」がお茶の水女子大学で開催された。会場には100名を越す参加者がおり、ひきこもり当事者とそのご家族、支援者やメディアが集まった。基調講演に精神科医の斎藤環氏、リタリコワークスなど障がい者の就労支援などを手掛ける株式会社LITALICOの野口晃菜氏、そして若者の就労支援プログラムジョブトレや社会参加準備のためのプレップなどを行う認定NPO法人育て上げネット工藤の三名での議論を行った。
今回、斎藤環氏は精神医療において論じられにくい領域であった就労支援について「ケアとしての就労支援」というタイトルを掲げたが、これが特にひきこもり状態の子どもを持つ家族に大きなインパクトを与えた。なぜ論じられにくかったのかについて斎藤氏は、「精神科医が就労支援に触れるとクライアントへの抑圧や刺激になり得るからである」と説明した。
その一方で、ひきこもり専門家として、ひきこもりの方が適切な就労支援を受けて元気になっていく、生き生きとしていく姿を見て、ケースによっては治療よりも“治療的”な効果を持つことがあることを見逃せない事実としながら、就労がすべてではなく、タイミングや諸条件を見誤ることは非常に大きなリスクとなることにも警鐘を鳴らす。
ひきこもりの方にとってケアとしての就労支援が成立するタイミングと諸条件とは何か。まずタイミングについては、「本人が就労支援を受けたいと考え、行動しようとするとき」であると話す。特に行動しようとすることが重要で、言葉だけではなく何かしらのアクションを伴うかどうかに家族は注意を払わなければならない。
また、条件面については「考えられるすべての条件が良好な場合に限る」とくぎを刺した。条件は個別的ではあるが、いくつかの例が提示された。
1. 親子関係が良好であること
斎藤氏は、この親子(家族)関係が良好でない場合は、居場所の利用や就労支援などは本人にとって効果は少なく、むしろリスクが多いものと説明する。
「ひきこもりは病気としては軽く、健康と病気の境目とも言える。軽いひとにとってはいかに社会参加を果たしていくことが重要なテーマになる。健康に近いからこそ関係性が問題となってくる。仕事ができる条件がそろっていても、親子関係が悪いから就労支援や働くの段階にいけないことがある。病気以外の条件で就労ができないひとがたくさんいると考えられる」
何度も何度も斎藤氏が会場に訴えたのは、就労が100%ケアになるということは絶対になく、むしろ、治療の仕上げになり得るという可能性の話であることだ。ひきこもりは青少年や若者の問題としてとらえられがちであるが、センターの調査などを見ても、すでにひきこもりは40代を超え、50代がボリュームゾーンであり、60代もいる。だからこそ働くことや就労支援がすべてを解決するとは思わないでほしいと言う。
2. 心身が健康であること
この部分に多くの言及はなかったが、親子関係が良好であり、治療を受けていればそれが終わっていることや、身体的にも健康であることが就労支援が効くにあたっての前提条件であることは疑いがない。むしろ、心身のバランスが整っていないにもかかわらず、自立や就労への移行を促すことはリスクが高く、偶然的に自立や就労を果たす可能性はあるが、安定・継続の観点からは疑問が残るのは当然のことだろう。
3. 本人に安心と安全が担保されていること
斎藤氏は本人にとっての安心と安全を提供する環境調整を強調する。ひとつは、不安感や危機感であおらないことだ。
「他者を動機づけるときまっさきに考え付くのが相手を不安にすること。この発想は有害だから捨てていただきたい。不安をかきたてると身体が固まり動けなくなる。動機づけが失敗する。会社や学校でも散見されるが、ご家族は絶対にやってはならない」
次に、福祉制度から目を逸らさないことを強調する。いくつかの福祉制度をスライドで映しながら、特に就労移行支援に注視しているということだ。
「お子さんに働いてほしいご家族の皆様。福祉は恥ずかしい、負けているように思うといった考え方はよくない。セーフティーネットとして、リスクヘッジとして、どういうときにどのような制度があるのかを情報として、自分たちの未来に対してセットで理解しなければならない。将来リスクを想定したくない気持ちもわからないでもないが、それを越えて想定しないと安心や安全につながらない」
最後に、必ずやらなければならないが、ほとんどの家庭でやっていないこととして、親亡き後を想定した対応という調査データを見せながら”ライフプランニング”を強調した。
「親亡き後の不安要因については誰も考えたくない。私が頑張りますとおっしゃるが、それは親のエゴ。自分亡き後のことも考えることから逃げてはいけない。それがライフプランニングを立てるということ」
相続や介護問題など本人がかかわるであろうこと。本人が就労できないことも想定しなければならない。どれも切実な問題である。それに対して、斎藤氏は親がもっとも気にしているのが、わが子がひとりになってしまってからの生活であると示し、一方で、そうなったとき具体的に何がどう困るのかを掘り下げておらず、漠然とした不安に留まってしまっていると訴えた。
「親亡き後を想定した対応で一番多いのが何もしてないこと。相続や遺言状の作成、介護や資産と収入源など。ライフプランニングをしなければならないにもかかわらずしない。なぜなのか。それはそこまで考えたくないからだ。」
その後、20代や50代のひきこもりからの就労事例を提示するとともに、唯一お金だけが計算可能であり、本人が働けるケース、働けないケースを想定することができると話した。しっかりとライフプランニングをした結果、5年間は月額3万円を稼いでもらえたら十分であったり、もし月額10万円が稼げれば生活可能であるといった、「正社員」や「フルタイム」で働いてほしい願望ではなく、現実的に生きていくために必要な金額が提示できること、そしていざというときの制度とセットにすることで、本人の安心や安全を担保することができ、それがゆえに動き出すひとが少なくないと話した。