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家族による「こどもの相談」 大学休学・中退が増加

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
家族だけでの、わが子の相談が「当たり前」に(画像:NPO法人育て上げネット)

家族についての相談 約5万件

厚生労働省が実施したSNS相談事業(令和4年4月から令和5年3月分)の実施結果で、相談内容別の状況(「その他」を除く)では、「自殺念慮」約14万件、「メンタル不調」約8万2千件に次いで、「家族」が約5万件となっています。特に男女別では、女性の相談者による「家族」が約4万1千件と高くなっています。

 相談内容別の状況(「その他」を除く。)についてみると、「自殺念慮」(140,582 件)が最も多く、次いで「メンタル不調」( 81,944 件)、「家族」( 49,708 件)となっている。
 また、男女別にみると、男性は「自殺念慮」(24,834 件)が最も多く、次いで「メンタル不調」( 11,151件)、「勤務」( 8,743 件)となっている。女性は「自殺念慮」( 102,521 件)が最も多く、次いで「メンタル不調」( 65,048 件)、「家族」( 41,117 件)となっている。
引用元: 令和4年4月~令和5年3月分 SNS相談事業の実施結果(厚生労働省)

小学校一年生のわが子のこと、80代の保護者からの相談

認定特定非営利活動法人育て上げネットの家族支援「結(ゆい)」には、家族からわが子についてのさまざまな相談が寄せられます。

2020年度はコロナ禍もあり、対面相談ができなくなったため、相談件数は減少しましたが、2021年度(694回)、2022年度(763回)、2023年度(733回)となり、2024年度も同様またはそれを超える見込みです。

対面だけでなく、オンラインを活用した相談窓口も増えています(画像:NPO法人育て上げネット)
対面だけでなく、オンラインを活用した相談窓口も増えています(画像:NPO法人育て上げネット)

家族(主に保護者からの相談のため、以降は保護者と表記します)からの相談は、子どもの年齢も多様で、小学校一年生から、50代のわが子まで幅広いです。

小学生年代の相談事例では、私立の小学校に進学させたものの、学校生活になじめない話が増えています。もともとはあまり想定していませんでしたが、そのまま私立か、公立に転校させた方がいいのか、保護者の葛藤はかなり大きいです。

また、50代のわが子を抱える70代、80代の保護者からの相談もあります。当初は想定していませんでしたが、コロナ禍以降、オンラインを活用した相談への抵抗感の減少や馴れもでてきたのかもしれません。保護者自身の現状とこれからを考えながら、50代のわが子のためにすべきこと、できること、してあげたいことなど、やはり保護者の葛藤は大きいです。

話を聴く、その先を求めて

若者支援領域では、保護者だけでも相談できることが当たり前です。特別な話でもなく、従来、若者や子どもたちの支援をする団体であれば、「最初からご本人が来てくれるわけがない」というのは前提だったからです。

2000年代以降に、国が本格的に若者支援に乗り出す際に、ご本人が不在の保護者や家族だけの相談もできるようにするかどうかが議論になっていました。いまでは保護者だけで相談に来られることは当たり前になりましたが、当時は「保護者だけで相談に来られても何もできない」と、相談予約の手前で断られたという話はここかしこにありました。

保護者の相談の中心は、ご本人(わが子)の状況が(保護者視点で)よくなることです。誰にも話せなかった、相談ができなかった保護者にとって、現況について聴いてもらうことができる環境だけでも、一時的にはよかったのかもしれません。しかし、保護者だけの相談が積み重なり、それでも家庭内の環境に変化がみられないまま時間が経つと、聴いてもらうことの先を求めるようになります。

ここで重要なのは、保護者の希望を受けて、いきなり(保護者視点で)ご本人の状況を変えようという話に飛ばないようにすることです。保護者とご本人の関係は、外部からはわかりません。保護者だけの言葉で物事は判断できませんし、ご本人にもさまざまな悩みや希望があるはずです。

ときどき、保護者の話を聞いて、ご本人が相談の場(オンラインなら画面上)に来て、話を聴かせてくれることがあります。しかし、それは稀なケースです。保護者とご本人の関係性が、保護者側の変容によって良好なものとなり、その結果として、ご本人から(保護者経由を含めて)悩みや希望を聴かせていただけます。

※傾聴は重要で、傾聴によって状況が変化するご家族もたくさんいます

ひきこもり状態であるがゆえの主訴、大学中退・休学

相談に来る保護者には主訴があります。いったん、保護者自身のことをさておくと、わが子の悩みで多いのは、お子さんが自室や自宅からほとんど出てくることができない「ひきこもり」状態についてです。小中学生、高校生であれば、不登校という言葉が主訴になってきます。

一方、私たちの現場において、コロナ禍以降、急に増えてきているのが、子どもの大学休学、大学中退(専門学校を含みます)についてです。大学に入学したものの、ほとんど学校に行くことができず、単位の取得が進みません。そうなると、視野に入るのが休学や中退という選択肢です。

なかなか大学に行くことができなくても、子どもの方から休学や中退の話が率先して出てくるわけではありません。しかし、実際に大学に行けてなければ、お金だけがでていくことにもなります。保護者としては、現況がどう変化するか見えないなかで、休学や中退の選択肢について考えるようになります。

しかし、子どもとの関係性によっては、そういう選択肢についての話もなかなかできないようです。また、せっかく大学まで進学したのだから、「卒業くらいはしてほしい」という保護者の期待も拭い去れないようです。

その他、学齢期を越えていると、「(安定した)仕事に就いてほしい」などが多くなりますが、最近では、さまざまな情報に触れていることもあるからか、保護者の期待や希望はいったん未来のこととして、わが子にとって望ましい、我が子がそれならと言うような、自立や就労への足掛かりになりそうなものや、自宅ではない安全で安心できる居場所を求める声も多くなりました。

20年前は、とにかく仕事、できれば安定した正社員。できることなら大企業か公務員、という話も本当にありました。ただ、それらもだいぶ変わってきたように思います。

いまから「私」ができることは何なのか

保護者視点でのわが子の今後の話があり、保護者から見たご本人の現況が見えるなかで、結果としてまずたどり着くのが、「いまから、今日から保護者としてできることは何があるのか知りたい」ということです。

次の一手に汎用的なものはありませんが、少なくとも保護者とご本人の関係性がうまくいっておらず、会話もなくなってしまっているのであれば、そこから解消のためにやれそうなことを見つけて、やってみる。うまくいけばいいですし、うまくいかなければ別のことを見つけて、やってみる。それらを繰り返していく必要があります。

第三者と一緒に考えたことがうまくいくことばかりではありません。そのため、保護者が望んだ状況にならないことも十分考えられます。一方、保護者として何かしらの行動をしている、という動きがあることそのものが、保護者へのケアになる可能性や、関係性は変わらなくてもご本人にとって、保護者が自分のことを案じてくれている、という理解につながることはあるようです。

これらもうまくいったから教えていただけるものですので、同様の方法がどの家庭でも当てはまるわけではないのが苦しいところです。ただ、長年、家庭での動きがないままに過ごされて来た保護者にとっては、できることはないとあきらめていたところに、いまからでもできること、できそうなことが見つけられるというだけでも、誰かに話をしてみることの意味があるようです(ここらへんは傾聴相談でも同様だと思います)。

ある30代男性の事例

※育て上げネットの「結(ゆい)」での相談事例を個人がわからない形にして掲載しています

ある30代の男性は、人間関係のトラブルでうつ状態に陥り、大学院を中退しました。彼は不眠や倦怠感に悩まされながらも、病院には行かずに過ごしていました。「こんなはずではなかった・・・」という思いに苛まれながらも、5年間ひきこもり状態での生活を送ることになりました。

彼の母親は、わが子の力にどうしたらなれるのかと考え、結(ゆい)の個別面談とグループワークを利用し始めました。初めは母親だけの参加でしたが、母親の話を聴いて、男性も面談に参加するようになりました。少しずつ男性は前向きな気持ちになっていきました。

そしてこの春から、男性は育て上げネットが連携する企業でのインターンシップに参加することが決まりました。企業担当者も男性のこれまでに理解を示してくれており、いま徐々に日数、時間を増やしています。

ある20代女性の事例

※育て上げネットの「結(ゆい)」での相談事例を個人がわからない形にして掲載しています

ある20代の女性は、中学時代から不登校で、高校には進学しましたが、学校には行くことができませんでした。そこで通信制高校に転学を決断しました。通信制高校卒業後、大学受験に挑んだもののうまくいかず、そこから約2年間、ほぼ自宅で生活をしていました。

両親は彼女にどう寄り添ったらよいかを考え、結(ゆい)の個別面談とグループワークを利用しました。上記の男性と同じく、最初は保護者だけの参加だったところに、彼女も話を聴いてみたいと面談に参加するようになりました。

彼女は、最初、公的相談窓口を活用し、その後、もう少し動きのある就労支援プログラムを日常的に受けたいと、育て上げネットの「ジョブトレ」に参加をします。さまざまな活動を行うなかで、ITスキルの習得に努力を重ね、本来の自信を取り戻していきました。現在では、IT分野の企業で正社員として順調に、安定して働き続けています。

ある40代男性の事例

※育て上げネットの「結(ゆい)」での相談事例を個人がわからない形にして掲載しています

ある40代の男性は、大学卒業後、正社員として働き始めました。しかし、上司との人間関係に悩み、次第にうつ状態になりました。やがて会社を休職し、その後、退職することになりました。再就職活動もうまくいかず、働けない状況が12年間続きました。

そんなある日、父親が病気になり、母親とともに結(ゆい)へ相談に訪れました。親子面談から始まり、男性自身も個別に面談を希望するようになりました。父親の介護を母親とともに行うなかで、男性は介護の重要性と自分の役割を仕事に生かすことを考え始めました。

その経験を生かすべく、ハローワークの紹介で給付型職業訓練を活用し、介護の資格を取得しました。いま、男性は、介護施設の正社員として働いています。父親の病気がきっかけとなり、再び社会とつながり、その介護経験を生かして新しい道を歩んでおられます。

夏休みが終わる頃を見据えて

学校が休みに入り、職場でも夏休みを順次取るようになってきます。社会全体の動きが少なくなると、働きたくても働けずにいる若者や、学校に行きたいけど行けない学生のなかには、少し安心できる空気になります。保護者にとっても、多くの学生も学校に行ってない時期は、不安が和らぎやすい時期です。

いまは、夏以降のことについて落ち着いて考えやすい時期です。保護者としては夏が明けたら、と考えたくもなりますが、あまり短期的に成果を追い求めることなく、しかし、夏明けから動き出そうと子どもに変化が見られたときに、よき伴走者になれるよう、さまざまな情報を持っておいてほしいです。

公的機関でも、若者や子どもについての相談で、保護者だけで足を運ぶことは当たり前になっています。仮に近隣の公的機関での対面相談が難しくても、オンラインでの相談窓口を開設しているところもありますので、安心できる方法を使って、できれば2つ以上の複数の相談員または公的な相談機関を利用してみていただきたいです。

厚生労働省「まもろうよ こころ

厚生労働省「地域若者サポートステーション

厚生労働省「生活困窮者自立支援制度

こども家庭庁「相談窓口の情報」※令和5年4月1日時点で、各地方自治体で設置している相談窓口の情報を掲載

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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