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売らない珈琲屋さん 対価を得る不安を越えて

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
若者の声から生まれた「売らない珈琲屋さん」(画像:NPO法人育て上げネット)

あげるのはいいが、対価を得るのは不安

阪急十三駅から徒歩8分ほどにある韓国料理店クルクルキンパは、この日、15時から17時までコーヒーをふるまうスペースになりました。若者の就労を支援するNPO法人育て上げネットが、若者たちの「働く」トレーニングの場として、同店の協力を得てオープンしたのが「売らない珈琲屋さん」です。

韓国料理店の店舗を借りて、若者たちがコーヒーをふるまいます(写真:NPO法人育て上げネット)
韓国料理店の店舗を借りて、若者たちがコーヒーをふるまいます(写真:NPO法人育て上げネット)

これまで育て上げネットの大阪拠点では、コーヒーを淹れ、ふるまうことを通じて、仲間とコミュニケーションを取ったり、他者とのかかわりを経験するプログラムを、就労支援の一環で行っていました。

支援拠点での活動を続けるなかで、「お客さまにコーヒーを売ってみようか」という話になったところ、若者たちからの反応はいまいちだったそうです。

自分で作ったものを、あげることはできるが、対価を得るのは不安

若者支援の領域では、店舗を構えて職場経験を積むことや、地域の企業と協力して販売体験の機会を作ることは昔からある支援手法ですが、商品やサービスを売って対価を得ることが不安な若者にとって、社会参加のきっかけになっていないことがわかりました。

売らない珈琲屋さん

コーヒーを淹れて、お客さまに楽しんでもらうことはでるが、そこで対価をいただくことは不安。しかし、安全な空間で、安心できるひとたちだけにコーヒーをふるまっているだけでは、それ以上「働く」に近づくことはできません。

対価を得ることが不安であれば、不安を乗り越えるために必要なのは「売らない」ことです。若者の声を聴き、試行的に始めることになったのが「売らない珈琲屋さん」であり、売らないことで支援拠点から外に出て、さまざまなひととかかわれる機会を作ることになりました。

若者が生豆の選別や焙煎を行い、ハンドドリップでコーヒーを提供する(写真:NPO法人育て上げネット)
若者が生豆の選別や焙煎を行い、ハンドドリップでコーヒーを提供する(写真:NPO法人育て上げネット)

課題はいくつかあります。ひとつは場所です。実践的な働くトレーニングですので、支援施設などではなく、相応の活動場所を確保しなければなりません。その協力を得ることができるのか。

また、若者たちの希望を形にしてみたものの、本当に若者が参加するかはわかりません。希望者を募っても誰も参加しないことも考えられます。さらに、外のひとたちとのかかわりを作るといっても、お客さまが来なければつながりができません。

若者と支援者が一時的に盛り上がって作った企画でも、ふたを開けたら誰も参加しないということもあります。

目の前のひとりの若者の希望に応えるのであれば、参加者がゼロということはないのですが、ふわっと話した結果作った、または、ニーズがあるだろうと支援者が思い込んで作った場合、参加者ゼロで終わるということもよくあります。

コーヒーをふるまう若者と、お客さまたち

試行的な取り組みに力を貸してくれたのは、韓国料理店クルクルキンパで、従来から仕事体験先として協力関係があったつながりから快く場を提供してくれました(写真:NPO法人育て上げネット)
試行的な取り組みに力を貸してくれたのは、韓国料理店クルクルキンパで、従来から仕事体験先として協力関係があったつながりから快く場を提供してくれました(写真:NPO法人育て上げネット)

売らない珈琲屋さん」オープン当日の2024年7月4日、店舗には二人の若者がコーヒーを淹れ、お客さまにふるまう姿がありました。若者支援のプログラムを利用する二人にとって、代金は受け取らないにせよ、緊張と不安はあったと思います。

しかし、支援者や顔見知りだけの世界から一歩踏み出し、その日のために段取りをし、サービス提供から片付けまでの一連の業務を通じて得たものがあったのではないでしょうか。

実店舗で、お客さまにコーヒーをふるまう若者たち(写真:NPO法人育て上げネット)
実店舗で、お客さまにコーヒーをふるまう若者たち(写真:NPO法人育て上げネット)

実際に若者とともに店舗を運営した職員は、こう振り返ります。

「売らない珈琲屋さん」なので、コーヒーにはこだわって、自分たちで生豆の選別や焙煎を行い、ハンドドリップで提供しています。

当日は、お客さまもコーヒーが好きな方々が多く、自然とコーヒーのことで会話が弾みました。若者たちも、始める前は不安だったようですが、最後には「楽しかった」と話をしていました。こちらが何も言わなくても、次回の開催に向けてどう準備をしていくのか、自分たちで話し合っていたのが印象的でした。

「対価を得る」ことを不安に感じる気持ちも、コーヒーならやわらげると考えていますので、この活動を通して、若者たちの不安感を少しでも解消できればと思っています。

就労支援は、そのひとに合った「働く」を一緒に考えること

多くの「働く」支援は、就職が想定されています。就職は、企業や団体が個人を採用することで成立します。一般的には、雇用主が出す求人票を見つけ、自分の希望と仕事の条件をマッチングさせます。

ここで働きたいと思えば、履歴書・職務経歴書を作成して、面接を受けることになります。

一方、就労支援は、就職支援を含め、そのひとに合った「働く」を一緒に考え、その実現のために伴走する行為です。

就職することがよい場合もあれば、必ずしも就職が現時点で本人が希望する働き方であるとは限りません。

売らない珈琲屋さん」は、カフェや飲食店で働けるようになるためのプログラムではありません。

結果としてそれを選択することもあるかもしれませんが、あくまでも、若者たちの声に寄り添う形で、その実現のために若者と支援者が一緒に企画したものです。

今回参加した2名の若者が、今後どのようなキャリアを育んでいくのかは、それぞれのペースに合わせてともに考えていきます。

次回は、2024年7月11日を予定しており、その先は若者たちのニーズに合わせて継続の有無を検討していきます。

近隣で似たようなコンセプトのお店が出店していましたら、お客さまとして立ち寄ってください。若者支援は、たくさんのひとたちの協力のもとでその力を発揮できます。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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