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明かされた『やすらぎの郷』誕生の秘密と、ひとりの「女優」

碓井広義メディア文化評論家

4月に始まったドラマ『やすらぎの郷』も、今週末で幕を閉じます。やがて最終回がやってくるのはわかっていましたが、来週からこのドラマが流れないことを寂しく思う人は多いのではないでしょうか。

私もその一人なだけに、脚本の倉本聰さんが雑誌のインタビューで、自分自身が「やすらぎロス」になりそうだと語っているのを読んで、仲間を見つけたような嬉しさがありました。

最終週ということで、このドラマをどんなふうに着地させるのか、注目しているのですが、さすがに『ひよっこ』とは異なるので、何組もの幸せなカップルを誕生させて終わりというわけにはいきません(笑)。

そんなラスト前に、物語の一つの「謎」が解けたことと、その背景について、少し書いてみたいと思います。

老人ホーム「やすらぎの郷」は、なぜ生まれたのか?

その「謎」とは、“芸能界のドン”加納英吉(織本順吉)は、なぜ私費を投じて、テレビ人専用の老人ホーム「やすらぎの郷」を作ったのか、ということです。

先週の第121話。加納が亡くなる直前に、海軍参謀時代からの友人で秘書でもある川添純一郎(品川徹)が、菊村栄(石坂浩二)に説明してくれました。

川添「大道洋子さんをご存知でしょう」

間。

栄 「――友人でした」

川添「彼女の不慮の死がきっかけでした」

音楽――消える。

栄。

川添「彼女は昔、加納プロの所属でした」

栄 「――」

川添「加納はあの娘を、我が子のように可愛がってました。しかし彼女はあいつを裏切り、他所の事務所に移籍しました」

栄 「――」

川添「怒る。というより、あいつは悲しかったみたいです」

栄 「――」

川添「だから黙って、云うがままにさせました。本当に云うがままにさせたンです。でもあいつの傘下のプロダクションや、テレビ局が勝手に気をまわし、あいつを恐れて大道道子を使わなくなった」

栄 「――」

川添「それから先は御存知でしょう」

栄 「――(かすかにうなずく)」

川 添「彼女には仕事が全く来なくなり、彼女は精神に異常を来し、その為友だちもどんどん離れ、芸能界から忘れられて――3年位経っていましたか――アパートで独り死んでいるところを、死後1週間たって発見された」

栄 「――」

川添「あの事件が全てのキッカケでしたよ」

・・・ドラマというフィクションの世界であることは承知していますが、かつて倉本さんのドラマでヒロインを演じ、後に孤独死した女優さんが思い浮かびました。

それを決定づけたのは、今週25日に放送された第125話です。菊村が、川添から聞いた話を仲間たちに伝えていました。

栄 「一つはもちろん、姫(九条摂子=八千草薫)のことさ。それともう一つはな」

一同「――」

間。

栄 「大道洋子のことだったそうだ」

聞き入る冴子(浅丘ルリ子)たち。

栄 「俺を含めて、あいつは最後、みんなから孤立して、――死後一週間して一人アパートで死んでいるのを発見されたじゃないか」

一同「――」

栄 「加納さんはあいつのことを、娘みたいに可愛がってて、――だけどあいつは勝手に独立した。――みんながそのことで加納さんに気を使って、それでテレビ界の仕事から完全に干された」

一同「――」

栄 「そのことで加納さんはショックを受けて――自分の責任を痛感したんだそうだ」

一同「――」

栄 「一時代、みんなに愛されたものが、――あんな死に方をしていいのかってね」

マヤ(加賀まりこ)の目に涙が浮かんでいる。

栄 「やすらぎの郷の、それがそもそものきっかけだったらしいよ」

冴子の目もじわっとうるんでくる。

マロ(ミッキー・カーチス)「可愛かったもんなア! あの時代の洋子は」

大納言(山本圭)「市川崑さんの撮った有名なウイスキーのCMがあったよなア」

マロ「うン」

大納言「あン時の洋子、最高だったね」

栄。

その耳から、オールデイズが遠のいていく。

栄のクローズアップ。

洋子のCMの声がささやく。

声 「すこし愛して。ながーく、愛して」

栄。

――グラスを口へ運ぶ。

その目から突然涙が吹き出す。

はるかから流れてくるトランペットの音。

・・・「洋子のCMの声」は、紛れもない大原麗子さんでした。市川崑監督が演出した、「サントリーレッド」のテレビCM。1977年から数年続いた人気シリーズです。

中でも記憶にあるのは、登山に行く夫のために荷造りをしている大原さん。レッドをセーターでくるみ、リュックに入れようとしますが、自分を置いてゆく夫がちょっと恨めしくなり、リュックを蹴飛ばします。痛がる大原さんに、あのハスキーな声がかぶります。「すこし愛して。ながーく、愛して」

ドラマでは声だけでなく、画面に彼女の写真も挿入されました。大道道子を演じているのは、まさしく「女優・大原麗子」です。

先週発売された女性週刊誌で、倉本さんが語っていました。

「(富良野に移り住んで40年)ここに小屋を建てて、最初に泊まりに来たのが女優の大原麗子(享年62)でした。あれだけの大スターが孤独死して、3日も発見されなかった。異常な死でしたよね。あまりに衝撃が大きくて、近しい人間としてはこたえました。実は、彼女の死が『やすらぎの郷』の執筆に深くかかわっています。

テレビ局の人間と違ってぼくら現場の人間はフリーの一匹狼で、何の保障もない。俳優だって、売れなくなったら事務所から捨てられちゃうだろうし。そんな老いた一匹狼たちを受け入れるのが“やすらぎの郷”です」(女性セブン 2017年9月28日号)

もちろんドラマの中での設定は、実際の大原さんそのままにはなっていませんが、彼女を“大道道子役”とすることでイメージを鮮明にし、また大原さんへの哀悼の意を表したわけです。

大原麗子主演の倉本ドラマ『たとえば、愛』

以前、倉本さんと差し向かいで、「倉本ドラマ」について話をさせていただいた時、大原麗子さんのことが話題になりました。

大原さんは、高倉健さん主演の『あにき』(77年、TBS)で、健さんの妹を演じました。そして2年後の『たとえば、愛』(79年、TBS)は、大原さんが主役となったドラマです。10年以上もラジオの深夜番組のDJ(ディスクジョッキー)を務めている、九条冬子の役でした。

共演は津川雅彦さんと原田芳雄さん。原田さんが「前の夫」で、津川さんが「再婚相手」。ふと2人の間で揺れてしまう冬子が、かなり素敵でした。豊島たづみさんが歌っていた主題歌、『とまどいトワイライト』も忘れられない一曲です。

この『たとえば、愛』を、倉本さんは「愛着のある1本」として挙げて、大原麗子という稀有な女優を惜しみ、またその亡くなり方を嘆いていました。

自身の“最後の連ドラ”になる可能性もある『やすらぎの郷』で、約40年ぶりに大原麗子さんが倉本ドラマに“出演”したことを、たぶん倉本さんは誰よりも喜んでいると思います。

さて、愛すべき女優へのオマージュも、無事果たしました。残るは、かつて菊村が愛した若手女優の孫娘・榊原アザミ(清野菜名)へのモヤモヤした思い(笑)などの決着でしょうか。ゴールは今週末の金曜です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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