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残業時間の上限規制<80時間>が検討されていることについての注意点

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
「わたしの仕事 8時間プロジェクト」より

ついに労働時間の上限規制の話が具体化してきました。

今、報道で出ているのは80時間だそうです。

<残業>「月80時間」上限、政府調整 19年度導入目標

ただ、80時間は過労死ラインと言われている時間数です。

はっきり言って、上限としては不十分だと思います。

たとえば、1ヶ月20日勤務する場合、1日平均12時間労働ということが可能となります。

働き過ぎによる健康被害を防ぐには、月間45時間程度にしないといけません。

この点は労働弁護団が数年前に提言を出していますので、ご参照ください。

そして何より原則は残業なし(8時間上限)で帰れることです。これを忘れてはいけませんね。

*これについては労働団体が署名を集めていますので、よろしければご協力を。

8時間働いたら帰る、暮らせるワークルールをつくろう。

また、例外を多く設けることが予想されます。

記事中にも「運輸業などで認められている適用除外も残す方向」とあり、既存の例外は残りそうです。

その他、各業界団体からの圧力もあり、例外が広く認められてしまう可能性もあります。

とはいえ、じゃあこんな規制は要らないのか?といえば、そうではないでしょう。

現在の野放し状態を少しでも規制する方向であれば、少なくとも労基署などの行政が動ける「幅」が広がるので意味がありますし、こうした規制をすることで、各企業が法に違反しないよう努力が進むことも期待できます。

もっとも、注意すべき点として、2点あります。

これをゴールとしてはならない

1つ目は、政府はこの規制を入れて満足してしまうおそれがあります。

しかし、長時間労働対策は上限規制だけでは不足です。

この規制は内容からしてもゴールであってはなりません。

より短い上限となるように、少なくとも「何年以内に○○時間とする」という目標を掲げてもらいたいものです。

80時間の規制を入れたのでおしまい、では困ります。

また、上限規制のほかに、終業時刻と次の始業時刻との間に一定の時間を空けるインターバル規制も必要です。

こうした規制は、企業の自主努力に任せてしまうのではなく、法制度として導入していくことが必要です。

そして、規制を設けることで働く現場にしわ寄せがくることも防がなくてはなりません。

これが一番の難題なのですが、使用者側の努力と覚悟が問われます。

ここで、この新たな法規制が機能するよう、行政がしっかり動けるように、労働基準監督官の純増が必要です。

純増ですので、名目だけ増やしてもダメです。

残業代ゼロ法案とセットにしてはならない

2つ目の注意点は、政府がこの上限規制を、現在出している労働基準法改正案と抱き合わせにしてくる可能性があることです。

しかし、現在出されている法案は労働者側から「残業代ゼロ法案」と呼ばれる内容であり、長時間労働を誘発するものです。

新たな規制とは全く方向性が異なります。

これを抱き合わせにして、その成立を迫ることなど絶対に許されません。

もし、それをしようとするならば、政府が述べている「働き方」改革というものは、単なる目先のゴマカシということになります。

80時間という過労死ラインと同程度の上限時間を設けることをエサに、残業代ゼロ法案を通そうというのであれば、「なあんだ、結局そのためだったのね」ということになります。

今後の議論を注視することが必要

いずれにしても、まだ法案もできていません。

これから労働政策審議会で議論され、そのあとに法案という流れになると思われます。

その中で、徐々に内容が明らかになるでしょう。

3月には出すというのですから、議論のスピードはかなり速いと予想されます。

見失わないように注視していきたいと思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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