頭部外傷を防ぐ。米国ライステッド法と全柔連の動画投稿。
全柔連がユーチューブに動画を公開
3月4日、全日本柔道連盟が安全指導の動画をユーチューブで公開した。指導者と競技者用DVDとして作成されたものだという。
筆者は柔道家の溝口紀子氏スポーツ社会学者、静岡文化芸術大学准教授のツイートでこれを知った。
全柔連が公開した動画は、頭部外傷や頸椎損傷の予防や対応について分かりやすくまとめられている。アニメーションを有効に使い、短い言葉で印象に残るように編集されていた。
指導者と競技者を対象にしたものだが、競技者と暮らす人たちや保護者にもぜひ見てほしい。脳震盪などは帰宅後や翌朝に頭痛を訴えたり、嘔吐したりすることもある。そのときに保護者がどのように対応するかも重要だ。体調不良時に無理なトレーニングをするとケガのリスクが高まるが、指導者よりも、いっしょに暮らす家族や保護者のほうが選手の体調を把握しやすいことがある。また、保護者と指導者がケガについての情報を共有することで、無理な練習にストップをかけることもできるからだ。
さらにケガの知識が社会にも浸透してくることで、マスメディアはもちろん、世論も変化する。
全柔連がDVDを作成し、誰でも視聴できるように公開したことは、ケガの危険を広く共有できるきっかけとなるはずだ。
わずか5年で全米に広がったライステッド法
米国ではここ10年ほど、アメリカンフットボール中の脳震盪事故がクローズアップされている。2006年、ワシントン州で中学生だったザッカリー・ライステッドさんが脳震盪を起こしていたにもかかわらず、プレーを続行して重い後遺症を負った。10年前までは、米国内でもスポーツ活動時の脳震盪については、現在ほど注意が払われていなかったのだ。
ワシントン州では09年に、スポーツする子どもを同じような事故から守るべく「ライステッド法」を州法として成立させた。指導者に対して脳震盪について学ぶこと、脳震盪疑いのある選手はただちにプレーをやめさせることを義務付けた。スポーツの機会を提供する学校や団体に対しても、参加する子どもと保護者に脳震盪に関する知識の提供を義務付けた。
ワシントン州でライステッド州が成立してからわずか5年以内という驚異的なスピードで、全米50州でライステッド法に似た内容の法が成立した。
ミシガン州でも学校や競技団体に対して、保護者と子どもに脳震盪に関する情報を提供するように法で義務付けている。学校や各競技団体は、脳震盪の症状や対応法を記載した書類を配布。スポーツ活動に参加する子と保護者は、書類の記載事項を理解したら署名して提出する。この書類に署名提出しなければ、子どもはスポーツ活動はもちろん、学校の体育にも参加できない。
厳しい内容に思えるかもしれないが、最近、筆者はユーススポーツの場でこの法律の効果を感じられる場面に立ち会った。
1、指導者がスポーツ活動中に子どもが脳震盪を起こしている恐れがあることに気づき、退かせた。
2、指導者は活動終了後、保護者に連絡。
3、子どもは大丈夫だと言って保護者と帰宅したが、翌朝、保護者に頭痛と吐き気を訴えた。
4、保護者が子どもを病院へ連れていき、軽度の脳震盪と診断。
5、スポーツ活動を1週間中止。保護者が診断結果と休み期間を指導者にも伝えた。
事前に知識を持ち合わせていたことで、指導者、子ども、保護者が脳震盪を軽視せず、それぞれの役割を果たしたといえるのではないだろうか。
知ること、共有することで大けがを防ぐ
AP通信では2月23日付でライステッド法に続いた各州の法について分析した記事を配信。内容が不十分な州がまだまだ多いことを指摘しながらも、人々の認識が高まっているという現場の談話を紹介した。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授の内田良氏も「頭部外傷」への関心が重大事故防止の要だとしている。
柔道の死亡 なぜ減ったのか――「頭部外傷」への関心が重大事故防止のカナメ
スポーツ時のケガに鈍感になってはいけない。しかし、過剰に不安を抱いて、全てのスポーツ活動を避ける必要もない。医療の専門家や研究者、指導者、競技者、保護者や家族といった多くの人たちの間で情報を共有していく。競技性を保ちながらも、関わる全ての人がそれぞれの立場から安全な方向を求めていく。思い込みや慣習を見直すことによって、安全が得られ、それによって競技も発展していくのではないだろうか。