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なぜ音楽は定額制配信へ向かうのか

榎本幹朗作家・音楽業界誌Musicman編集長・コンサルタント

Apple Musicが日本でも始まりましたね。6月に発表されて以来、音楽配信の専門家である筆者のもとに取材がずいぶん来ています。

三年前、定額制配信の火付け役Spotify(スポティファイ)について連載したときは、音楽業界でずいぶん話題にしていただきましたが、定額制配信が広く社会で話題になることはありませんでした。今では様々なひとが定額制配信を語り出しています。

ではなぜ今、音楽は定額制配信へ向かっているのでしょうか? テレビ・ラジオで受けた質問をまとめてみました。

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Q. 定額制配信って何? iTunesやYouTubeと何が違うの?

まず初歩的な質問から。定額制配信は月額数百円から千円前後を払えば、どんな音楽でもスマホなどで聴き放題になる音楽サービスです。

iTunesの場合は買った音楽しか聴けません。YouTubeにはアルバム曲の全てがあるわけではなく、スマホでTwitterやLINEをしながら音楽を聴くこともできません。動画はパケット通信量が気になりますが、定額制配信なら平均1GB/月で収まります。

Appleが定額制配信を始めるきっかけとなったSpotifyは登場時、「天国のジュークボックス」と呼ばれましたが言い得て妙ですね。

Q. どうして私の好きなアーティストが出てこないの?

「どんな音楽も聴き放題?私の好きなアーティストは入ってなかったよ」

さっそく新しい定額制配信を試した方はそうおっしゃるでしょう。LINE MUSICやAWAは現状、200万曲を超えてませんし、Apple Musicも3000万曲を謳いつつ邦楽チャートにある曲はわずかです。

これは日本では、まだ様子見しているアーティストが多いからといえるでしょう。

実はAppleがiTunesミュージックストアを始めた時も、40万曲しかありませんでした。しかし、ジョブズが自ら大物アーティストの賛同メッセージを集め、音楽ファンから喝采を浴びたので、それを見た他のアーティストたちもその後、iTunesに参加していきました。

国内の定額制配信も、声を出してこの動きをリードする大物ミュージシャンが出てくれば、様相は変わってくると思います。

Q. CDを守るためにレコード会社は定額制配信に参加してないの?

少なくとも日本で一、二を争っているソニー・ミュージックとエイベックスはそうでないように思います。ともにLINE MUSICやAWAといった定額制配信を立ち上げ、がんばっています。世界一のユニバーサルミュージックもそこに参加しています。

CDの売上は往時の1/3以下に下がり、そろそろ寿命が見え隠れしています。さらにスマホの普及で着うたが大崩れとなった日本は、デジタル売上も落ち続けるという世界でも稀な状態にありました。

しかしここ二年、ドコモのdヒッツやauのうたパスなど通信キャリア系の運営するラジオ型の定額制配信が急激に売上を伸ばしたおかげで、日本のデジタル売上は久しぶりにプラス成長に戻りました。不満の出ている邦楽の最新ヒット曲の品揃えでは、先行したdヒッツとうたパスがいまでも優れています。

海外でのSpotifyの成功も見ていた国内レーベルは、それで一気に定額制配信へ力を入れ、着うた時代のように「CDが落ちてもデジタル売上はしっかり伸ばす」戦略に戻してきたのです。

iTunesのときはソニー・ミュージックが音楽を出さないことが議論の的になりましたが、今では供給してますし、日本のソニーミュージックは今回、洋楽をApple Musicに供給してます。邦楽もしばらくすれば折り合いがついてくるでしょう。

Q. 超大物アーティストの曲がオルゴールばかりなのはなぜ?

アーティスト側の許諾が取れていないためです。彼らの場合、事務所で原盤の権利を半分持っているケースが多いので、音楽配信に出すか出さないかは、定額制配信を進めたいレコード会社の方針とは別にじぶんたちで決められます。

レコード協会の報告書にもありますが、今の時代、よほど好きなアーティストでない限り、ひとはCDを買いません。それで多くの新人が困っています。

でも大物アーティストなら、積み上げてきたファン層がCDを買ってくれます。定額制で配信しなくても、YouTubeで事実上シングルを無料で配信してますし、何よりライブに来てくれる方がしっかり稼げます。みなさんが最初に検索するような大物アーティストは、定額制の仕組みに疑問を残したまま賭けに出る必要もありません。

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Q. 世界で定額制配信はどれくらい流行っているの?

新しもの好きが使う段階から、ふつうの音楽ファンが使う段階に入りました。

IFPI(国際レコード産業連盟)によると昨年、世界では物理売上(CD)をデジタル売上が超えました。うちiTunesなどダウンロード配信の売上は全体の26%ぐらいで、どんどん売上が落ちていますが、定額制配信などストリーミング売上は、全体に16%になり、急成長を続けています。

この16%というのは、重要な数字です。キャズム理論ではこの16%を超えるか超えないかが、一般へ普及するかしないかの分水嶺とされています。

ストリーミング売上の稼ぎ頭Spotifyは昨年、この16%の段階で有料会員が1000万人でした。今年、すでに倍の2000万人に達しています。定額制配信はすでにキャズムを超えたと見ていいでしょう。

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Q. なぜ急に定額制配信が話題になったの?

「Spotify」「定額制」の話題は、これまで音楽業界を相手にする専門メディアしかニュースに出来ませんでした。一般社会では「何それ?よくわかんない」と反応が薄かったからです。

でも「Apple」「LINE」「YouTube」というブランドなら誰でも知っています。AppleやLINEが定額制配信を始めると聴けば、一般メディアもニュースにできます。

アメリカではYouTubeも定額制配信を始めています。YouTubeといえば若者にとって事実上No.1の音楽メディアですよね。普及期に入ったこの年に、みんなの知っているブランドが参戦したのは大きいです。

Q. 定額制配信でCDがダメになると大変では?

世界を見渡すと、おそらくそうはなりません。

定額制配信の先進国スウェーデンでは、2012年にCDの売上をSpotifyが超えました。すると同国の音楽売上は前年比+20%弱の急成長に。以降、同国のレコード産業はプラス成長が続いています。

Spotifyは「違法ダウンロード・キラーの決定版」とも呼ばれています。ノルウェーではCDに変わりSpotifyが売上の中心となると、違法ダウンロードがかつての15%にまで減ったのです。

結果、世界の音楽産業が北欧をモデルにし始め、日本でも定額制配信が始まりました。

しかしSpotifyのある国すべてが上手くいっているわけではありません。イギリス、フランスはSpotifyが流行るとiTunesの売上が急減してしまい、これが響いてなかなかプラス成長になりません。

さて我が国はどうなるでしょうか?

まずダウンロード売上に関しては、主力だった着うたが壊滅状態でiTunesもそこまで売上がないので、定額制配信に食われる影響は限定的となります。

さらに世界でダウンロード配信が不調な中、日本ではCDより音のいいハイレゾ配信の売上が急成長しています。ソニーやBeatsの高級ヘッドフォンがブームになっており、「いい音」が再び復権してきましたが、定額制配信とは役割が異なります。

次にCDですが、いまは昔と違い、大好きなアーティストやアイドルのCDだけを買うようになっています。若い人はCD購入を「お布施」といいますが、これも定額制配信の役割とは異なりますね。

ドイツは日本と並びCDの売上比率の高い国ですが、昨年、CDとダウンロードは微減、定額制配信が急成長で総合でプラスになっています。今後どうなるかわかりませんが、日本とドイツは似た感じでしばらく進んでいくと思われます。

Q. 世界一の定額制配信Spotifyは何がすごかったの?

ボタンを押して0.02秒以内に再生するアプリの出来。プレイリストを共有する文化を創った画期的なインターフェース。なにより基本無料(お試し期間ではなくずっとです)で多くの人を引きつけ、たくさんの人を有料会員に変えたことです。

定額制ストリーミングは2002年の昔からありますが、iTunesミュージックストアの登場で辺境に追いやられていきました。しかしSpotifyが登場すると事態は一変。基本無料のため、たくさんの音楽ファンが集まり、「スマホで聴くには有料」という切り口で、4人に1人を有料会員にかえていきました。

Q. Apple Musicは革命的なの?

たいへんよくできており、ぜひ使ってみていただきたいです。が、革命的とはいえません。

Spotifyの後追いで始めたというのもありますが、後追いというならiPodの前にSonyはデジタルオーディオプレーヤーを発売していましたし、ダウンロード配信のbitmusicもありました。iPhoneの前にもスマートフォンはありましたし、タブレットはMicrosoftが2002年に出しています。

Appleのすごいところは、先行者のプロダクトが出来損ないのおもちゃに見えてくるほど、圧倒的な完成度に上げて来るところです。

Apple Musicでは、このAppleの得意技が使えてない状態なのです。定額制ではすでにSpotifyが定額制配信の完成度を一気に上げ、人気を得ていました。AppleのライバルGoogleもすでに昨年、YouTubeでMusic Keyという定額制配信を始めています。

個別の機能を見てもそうです。有名人のプレイリストはSpotifyの文化です。音楽とSNSの組み合わせは、SpotifyがFacebookと特別パートナーシップを結び、進めてきました。パーソナライズドラジオはPandoraが先駆者ですし、Beats1のような放送局との融合もPandoraのライバル、iHeartの得意技です。

Q. Appleはなぜ定額制配信を始めたの?

新たな革命が起き、iTunesが衰退したからです。

2013年、定額制配信の革命児Spotifyが急激に売上を伸ばす一方で、iTunesミュージックストアの売上は大幅に下降し始めました。Spotifyだけが理由ではありません。スマホでYouTubeを見れば、無料で音楽生活が送れるようになったこともありました。

もう音楽をダウンロードをする必要はなくなりました。スマートフォンと高速な通信回線の普及で、音楽は所有するものではなく、クラウド越しに自由にアクセスする時代に変わったのです。

音楽は所有する時代からアクセスする時代へ。

米レコード協会はこの新しいビジネスモデルを「アクセスモデル」と名づけました。2013年、iTunesの本丸アメリカでも定額制配信などアクセスモデルの売上が倍増し、音楽売上の30%を占めるようになりました。

音楽を所有する時代は、エジソンからiTunesミュージックストアの時代まで続きましたが、このアクセスモデル革命が起こったことで、気づけばAppleは旧体制側に置かれていたのです。

Q. ジョブズは定額制配信の反対派だったって本当?

本当です。iTunesミュージックストアの登場以前、ファイル共有に苦しむアメリカのメジャーレーベルは、CDの次のビジネスモデルとして定額制ストリーミングを立ち上げました。

しかし悪評さくさくでした。CDを守るため参加アーティストが少なく、TOP100チャートの3~13%しか新曲がありませんでした。IT音痴の音楽会社が創ったため使い勝手も悪く、なによりPCしか無い時代なので外で利用できませんでした。

この間、ジョブズはメジャーレーベルの社長や大物アーティストと面会を重ねていました。

「定額制配信は必ず失敗すると説得したんだ」

と彼は当時を振り返っています。ひとはレコードを買い、カセットを買い、CDを買ってきた。だから音楽を所有できないサービスは失敗する、と。

ジョブズの予言はあたり、定額制ストリーミングは失敗。次の手として選ばれたのがiTunesミュージックストアだったのです(詳細は拙著『未来は音楽が連れてくるPart2』参照)。

しかしiPhoneが登場すると、Spotifyが外でも使えるようになり、急激に人気を得ていきました。そして今度はメジャーレーベルの予言があたり、定額制配信の時代が来ました。定額制配信が復活するきっかけもまた、ジョブズがiPhoneで創っていたのです。

Q. Apple Musicが世界にもたらす影響は?

Apple Musicは革命的とはいえませんが、「アクセスモデル革命」をいっそう推進することになるでしょう。

スマートフォンとクラウドの普及で、音楽は所有するものではなく、アクセスするものに変わりました。エジソンのレコード発明以来の大転換で、これを世界の音楽業界は「アクセスモデル革命」と呼んでいます。

AppleはiTunesミュージックストアで、音楽を所有する時代の最後の王者となりました。その王が新たな時代にも王たらんとしているのです。

かつて日本からケータイで音楽を聴く文化が世界に広まり、iPodが危機にさらされた時、ジョブズは究極のスマートフォンiPhoneを創り、ケータイもろともiPodを自ら葬り去りました。「食われる前に食え」というジョブズのポリシーは今のAppleに引き継がれているといえるでしょう。

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Q. 世界と比べて日本の定額制配信はどうなの?

世界でも稀に見る速度で成長しています。

2013~2014年で日本の定額制配信の市場規模は15倍になり、このおかげで着うたの壊滅以来マイナス成長の続いていた日本のデジタル音楽売上は、プラス成長を取り戻しました。

Spotifyは300万人の有料会員にサービス開始から三年かけてに到達しましたが、国内では定額制のdヒッツが2013年から今年の二年で300万人を達成。

Apple Musicの前進となったBeats Musicは、通信キャリア最大手AT&Tと組んで二ヶ月で75万人のお試し会員を集めましたが、日本のAWAは開始二週間で約100万DLを達成。LINE MUSICに至ってはわずか二日で同数となりiOSとAndroidのアプリランキングで1位を獲得。12日で300万DLと世界的に見ても驚異的な伸びを見せています。

Q. 日本ではテイラー・スウィフトが抗議したような事態は起こらない?

まずないでしょう。というのは、国内の定額制配信は無料お試し期間でも楽曲使用料をアーティスト側に払っているからです。テイラーが批判するSpotifyやPandoraであっても無料会員が聴いた音楽に使用料を払っており、それが業界の常識です。Appleだけが「宣伝だから無給でいいでしょう」とアーティストに強気で来ていたのです。他の配信には強気のレコード会社もAppleには折れました。

それで僕の連載でも登場したPandoraの元CTO、トム・コンラッドが「茶番だ」と切り捨てたのです。ちなみにコンラッドは元Apple社員です。

Q. テイラーは無料に抗議したけど、YouTubeも無料では?

世界から喝采を浴びたテイラーですが、アメリカ内では彼女を皮肉る記事も少なくありませんでした。

「無料に抗議するなら、なんでYouTubeから曲を引き上げないの? 完全無料のYouTubeってSpotifyよりひどくない?」と。

広告料からの分配があるから、とお考えになる人もいるかもしれませんが、SpotifyやPandoraも直接・間接に広告料を分配しています。

Q. 無料のYouTubeがあれば定額制配信はいらないのでは?

そう思う音楽ファンは多そうです。というのは無料のYouTubeにあって、定額制配信には無い曲が少なくないからです。残念ながら、この現状はレコード会社やアーティストみずから、有料から無料へ誘導しているようなものです。

現在、アーティストはYouTubeでシングルを事実上無料で配り、かわりにアルバムを買ってもらおうとしているのですが、よく考えて見れば、アルバムでいちばん出来のいい曲がシングルになっている訳で、ライトなファン層はシングルで充分です。

実際、違法ダウンロード刑事罰化でファイル共有ソフトを使う人は随分減りましたが、動画共有があるので音楽は無料で済ます層が学生を中心に急増しています。

イギリスでは「YouTubeはそこで消費が終わってしまうので宣伝にならない」ということで、YouTubeに頼るのをやめて、かわりに定額制配信へ集中する有力レーベルも出てきています。日本でテイラーのように無料に抗議するアーティストが出るなら、イギリスの道を選ぶかもしれません。

Q. Spotifyはどうして日本で始まらないの?

これは日本の音楽界を先導するエイベックスとソニー・ミュージックの二社が、テイラー・スウィフトと同じ意見を持っているためです。日本参入にあたっては、Spotifyに無料の部分があることが問題となっています。

Spotifyの売りは基本無料(お試し期間ではなくずっと無料です)と定額制を組み合わせた点にあります。無料(フリー)と有料(プレミアム)を組み合わせた「フリーミアムモデル」ですね。日本ではモバゲーやグリーなどいわゆる"ソシャゲ"が、これで大成功を収めました。

Spotify側からすれば、エイベックスとソニーが完全無料のYouTubeに楽曲提供をしているのは納得がいかないかもしれません。ただ、エイベックスとソニーは他社と違い、再生数争いを犠牲にしてもYouTubeにショートバージョンしか載せないよう努めているようです。

無料のYouTubeから有料のCDへ導くのと、Spotifyのように4人にひとりを有料会員へ導くのと、どちらが優れているのか。意見の分かれるところです。

Q. Spotifyを拒むなら日本はちゃんと代案を出しているの?

AWAとLINE MUSICで「ライトミアムモデル」という代案を出しました。お手軽なライト会員と充実のプレミアム会員、これを組み合わせてライトミアムモデルといいます。

無料はお試し期間にとどめる。代わりに月額360円や学割で300円といった手軽な料金を用意したのです。これは日本独自の代案です。

Appleもフリーミアムモデルではありませんので、完全無料のYouTubeを競争相手にして手こずるでしょう。その場合、Appleも日本のライトミアムモデルを踏襲してくるかもしれません。注目しておきましょう。

■後記

その後、「定額制配信でアーティストは稼げるのか」「音楽配信の現状とこれから『各サービスがメディアとして機能することが重要』」という記事がよく読まれました。現状、そこで予測した通りに世界が進んでいます。また、「定額制配信は無料のYouTubeとどう戦うか」というテーマも、定額制配信が始まる前だった去年の1月に、専門メディアで解決策を提示してあります。参考にしていただければ幸いです(2016.1.16)。

作家・音楽業界誌Musicman編集長・コンサルタント

著書「音楽が未来を連れてくる」「THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記」(DUBOOKS)。寄稿先はNewsPicks、Wired、文藝春秋、新潮、プレジデント。取材協力は朝日新聞、ブルームバーグ、ダイヤモンド。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビ等。1974年東京都生まれ。上智大学英文科中退。在学中から制作活動を続け2000年、音楽TV局のライブ配信部門に所属するディレクターに。草創期からストリーミングの専門家となる。2003年、チケット会社ぴあに移籍後独立。音楽配信・音楽ハード等の専門コンサルタントに。2024年からMusicman編集長

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