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定額制配信でアーティストは稼げるのか?

榎本幹朗作家/音楽産業を専門とするコンサルタント

前回に続き、定額制配信についてテレビ・ラジオの取材で受けた質問をまとめていきましょう。今回は、限られた放送時間では削らざるを得なかった一歩踏み込んだ解説も加えていきます。

Q. CDレンタルと定額制配信、どっちがお得?

前回、Music Unlimitedなど定額制配信の先行陣は「月額980円」という値段線がなかなか受け入れられず苦労したという話をしました。スマートフォンの世界では無料か100円、高くて300円が普通だからです。同時に日本のお客さんは、こう考えました。

「980円あったら好きなアルバム3~4枚をレンタルしたほうがお得では?」と。

音楽を所有せず、音楽にアクセスすることに対価を払う。今、世界の音楽産業はそこへ向かっており、これをアクセスモデルと呼んでいると前回紹介しました。音楽を所有せず、期間限定でアクセスするCDレンタルも同じモデルです。

AWAが月額360円、LINE MUSICが学割300円を用意したのは、日本で生まれたアクセスモデルの先輩、CDレンタルと伍してゆけるようにという意図もありました。加えて日本人は少額な定額制なら、iモード時代に慣れ親しんでもいます。

定額制配信の値段線がCDレンタルと近づいて、どちらがよいかいよいよ悩ましくなりました。一方でApple Musicはこうした対策を取っていないので、値付けの部分で日本では苦戦するかもしれませんね。

定額制配信は300円かそこらでCDアルバム借り放題と考えれば、かなりお得です。品揃えが数百万曲から数千万曲もある。音楽キュレーターがプレイリストで、知らない音楽を上手に紹介してくれる。定額制配信は究極のレンタル店といえるかもしれません。

しかし音楽ファンには、引っかかるところがあります。邦楽の最新曲が少ない点です。

Q. 定額制配信には邦楽の最新曲はどれくらいあるの?

ということで、それぞれの音楽配信に、最新ヒット曲がどれくらいあるか数えてみたのが下記の図です。

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まず左はアメリカのビルボードチャート上位50位の網羅率です。Apple Musicはなんと100%、全員参加です。テイラー・スウィフトも参加しました。

アメリカでは、定額制配信そのものに反対している人気アーティストはほとんどいない。そんな見方もできます。

対してSpotifyは88%、無料で聴けることに反対するテイラーの不参加で4曲が外れ、網羅率が下がっています。チャートに4曲同時って往年のザ・ビートルズや小室ファミリーのようですね。Spotifyの無料会員に反対しているのは12%ぐらいとざっくり推測できるかも。読者の皆さんには意外と少なく見えるでしょうか?

そして日本。オリコンウィークリーCDシングルチャート(6月15日付)の網羅率です(7月8日調査)。少し前のチャートで計測したのは、CDリリースからしばらくたってから配信を許諾したい方々が日本では多数派だからです。なお、アメリカではCD、配信はほぼ同時。

紺がTSUTAYAの宅配レンタルで100%、次に来るのが事実上、No.1の音楽配信となった無料のYouTubeで72%です。

そこにauうたパスの52%、docomo dヒッツの44%が続きます。

携帯電話の契約時、ついでに入っていただく手軽さがあって、うたパスは90万人超、dヒッツは300万人超の加入者を集めました。この実績そして着うた(R)時代の貢献が音楽会社に買われ、アーティストの参加率はYouTubeに迫る勢いです。

そして今年始まったLINE MUSICの28%、AWAの18%が続きます。

始まったばかりなのでまだまだ先行陣には及びませんが、邦楽勢の賛同をいちばん上手に集めたのはLINE MUSICですね。スタンプ購入など有料の文化が根づいている場所なので、アーティスト側も心を開いてくださった方々が多かったのでしょう。

最後がApple Musicの14%。LINE MUSICの半分です。Apple Musicは日本で警戒されているらしきことがこの網羅率から伝わってきます。

情報筋からはソニー・ミュージックは邦楽を提供しようと動いていたけど、スタートには間に合わなかったと聞いております。

iTunesは日本でパっとしませんでしたが、iTunesが圧勝した欧米では、Appleの一極支配となってしまって「しまった」と思った音楽人も少なくありませんでした。今では世界一の巨大企業でもあります。ジョブズが大好きで本まで書いた僕でも「警戒されても仕方ないかな」と思います。

しかしYouTubeと比べると、有料のApple Musicがたった1/5というのはさすがにかわいそうですね。国内の定額制配信の方からも「無料のYouTubeに喜んで音楽を出すのに、有料の定額制配信を断るのはよくないのでは」という声を聴いています。

音楽ファンが「定額制配信ってYouTubeよりも曲がないの? だったらYouTubeでいいや。無料だし。“YouTube ダウンロード”で見つけたアプリ、すごい便利だし」と思ったとしたら有料から無料へ誘導していることになります。

ともあれ、定額制配信の目標は、まず邦楽最新ヒット曲でYouTubeの網羅率に追い付くことになるでしょう。日本で定額制配信が根付くかどうかは、ここにかかっています。auうたパスの奮闘を見る限り、不可能ではない気もします。

Q. 定額制配信でアーティストは食べていけるの?

アメリカのApple Musicのように、音楽の網羅率がほぼ100%になれば、定額制配信は音楽ファンにとって天国のようなサービスになるでしょう。しかしアーティストの方はどうでしょうか? はたして定額制配信でも食べていけるのでしょうか?

YouTubeと比べて、定額制配信が国内でここまで警戒されているのは、そこに心配が残っているからでしょうね。

結論から言うと、「往年のCDには及ばないが今のCDよりは稼げそうだぞ」というのが世界のメジャーレーベルの見立てのようです。

CD売上の大幅下降はとまりません。日本でも往時の1/3を切りました。日本でCDの比率が高いのは、着うた(R)崩壊により、世界と違ってデジタル売上も下降してきたため相対的に比率の維持ができている側面もあります。

ライブ売上はCDを超えるまでになりましたが、多くのアーティストの苦境は変わらずです。

コンサート事業は高コストなビジネスなので通常、限られたアーティストしか稼げるものではないからです。CDも買わないようなアーティストのライブに行こうと人は思うでしょうか。無料動画で済ませませんか?

無料のYouTubeでシングルを無料でばら撒き、CDアルバムとライブチケットを買ってもらう。ストリーミング時代にこれが「宣伝」として機能するには、

(1)捨て曲がなく、全曲繰り返し聴けるCDアルバムであること

(2)充分な規模のコンサートツアーを開催できること

このふたつが前提となります。テイラー・スウィフトはばっちり当てはまりますね。だから無料を批判する彼女が、無料のYouTubeから曲を引き上げなくても筋は通っているのです。彼女の場合、シングルを無料で配ってもちゃんと宣伝になっているから。

しかし、この2条件を満たせない多数のアーティストはやがてどうなるでしょうか? 彼ら多数派がやがて脱落する運命にあるなら、音楽は多様性を失い、多様性を失った生物界に起きることと同様、次の世代が出てこられなくなります。音楽でも何でも、イノヴェーションは多様性が許容される世界から生まれると思います。

そんなわけで、多くのアーティストを抱えこむメジャーレーベルは、他の道を切り拓かざるをえませんでした。それが2008年のSpotify誕生であり、その成功を受けた昨今の定額制配信ブームです。

実際、定額制配信の売上が好調でプラス成長が続いている国も出てきた、と前回紹介しました。スウェーデンや韓国そしてアメリカなどがそうですね。

とはいっても「世界ではこう決まったから」と押し付けられても困りますよね。ちゃんと納得いかないままじゃ、誰だって困ります。テイラーは定額制配信に音楽を出したけど、トム・ヨークのように定額制サービスすべてに反対の声を上げてるアーティストもいる。

定額制に反対するアーティストがいる理由が、下の図です。

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音楽が売れた場合、アーティストにどれだけの収入があるかをまとめました。アメリカの場合です(※)。Apple Musicの情報はまだ表に出ていないため、同額で先行しているXbox Musicの数字を参考に上げていますが、これはかなり高い数字で、差し引きして見たほうがよいかもしれません。

なお、ここは勘違いが多いのですが、音楽配信からアーティストに直接支払いがあるのではなく、音楽配信から売上を受け取ったレコード会社が契約に基づき、アーティストに分配します(原盤権使用料は作詞作曲の著作権料とは異なる仕組みです)。

音楽配信側の手数料は30%が普通で、これは諸経費引くとあまり粗利の残らないビジネス。採算ラインは1000万から2000万人と言われています。レーベルも往年のCDほどは稼げない。このゲームでいちばん得をしているのは我々音楽リスナーということになりますね。

紫で囲まれた箇所を見てください。NHKさんが「クローズアップ現代」で採用した箇所です。

CDが一枚売れるとアーティストに154円、iTunesで一曲売れると16.6円が入るのに対し、定額制配信では1回再生されるといくら、という計算になります。するとSpotifyでは再生あたり0.15円しか入りません。

CD時代からずいぶん後退してるぞ、と番組を見た方はお感じになったと思います。ここから尺や視聴層の問題で放送というフォーマットでは難しい、踏み込んだ解説をしていきましょう。

紫の囲いをもう一度よく見てください。枚、曲、再生。単位がバラバラですね。そこで、単位を統一してみましょう。

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まずiTunesに合わせて一曲あたりに統一して比較しました。アルバムの÷13曲はテイラーの『1989』に合わせました。価格はamazon.comの値段です。

iTunesを愛用している方は、ご自身のお気に入り曲が何回再生されているかチェックできますが、どうですか? 20回から100回ぐらいでしょうか。ばらついていると思います。そこで再生数は30回と仮定すると、約0.15円/再生×30回は4.6円となり、CDのときの半分以上はアーティストにちゃんと収入があることがわかります。Apple Musicと同じく無料会員のない定額制配信のXbox Musicでは、CDより収入が多いくらいです。

次は定額制配信に合わせて、再生単位で比べてみましょう。日本の価格も入れました。↓こうなります。

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再生単位で比べると、CDアルバムが生むアーティストの収入というものも、そんなに大きいわけではないですね。

「でもアルバム全曲を30回も聴くかな?」と浮かんだ方。鋭いですね。そこは、定額制配信が主流になると音楽文化がどう変わるかにまで関わっています。その話は長くなるので次回にして、別の比べ方をしてみましょう。日本の場合です(※)。

今度の図は、世界のメジャーレーベルが「黄金時代のCDには敵わないけど、今のCDよりかは定額制配信は稼げる」と考えているらしい理由が伝わってくるかと思います。

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CDの黄金時代、先進国では国民1人あたり2~3枚のCDアルバムが売れていました。しかし今では1人あたり平均1枚にまで落ちています。我が国では昨年、15歳から69歳以下の人口で総売上を割ると、1人あたりの物理売上(CD、DVD等)は平均2,500円です。

しかし、例えばApple Musicに入った人は、980円×12ヵ月で年間11,760円も払ってくれます。2,500円のCDの4倍以上ですね。なぜ日本の音楽界を先導するエイベックスやソニー・ミュージックが定額制配信に力を傾け始めたか、伝わったでしょうか?

実はこうした議論、6年前にSpotifyが本格始動した欧州でずいぶんされてきました。

NHKの番組に出た表を機に、今の日本の巷で起こった感想を眺めていると、正直懐かしい気分すらしています。欧米では、この議論の筋道はだいたいまとまってきたので、僕がこうやってさっと図にまとめて説明できる次第です。

話を続けましょう。アーティスト側の収入は年間で見ると、どんなふうになるか。比較したのが下記の図です。

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すごいですね! Apple MusicはCDの8倍稼げますよ!

ただし、問題と課題がひとつずつあります。

まず問題から説明しましょう。団塊ジュニア世代の僕は大学生時代、CDに毎月4~5万は使っていました(なお全部違うCDの模様)。塾講師で稼いでましたからね。それに90年代後半の音楽は洋楽も邦楽もばかすか新ジャンルが興って、多様で楽しかったんですよ。

今もCDを毎月何枚も買うコア層がいて、ようやく国民1人あたりCDアルバム一枚を維持できているのです。

しかし定額制配信の品揃えが豊富になったとき、毎月CDに1万円以上お金を使っていたコアな音楽ファン層は月1,000円ぐらいで済んでしまうわけです。ライブの話は別ですよ。レコード産業のコア顧客層が減少する。これが定額制配信の問題です。CDには及ばないけど、YouTubeよりずいぶん音質がいいですしね。

次に上の図のトリックを説明します。CDの方が国民1人あたりに平均した数字なのに対し、定額制配信の方は、国民全員が加入した場合になっています。

「定額制配信に全員加入させるなんて不可能じゃないの?」

その通りです。しかし4人にひとりがApple Musicに入ったと仮定してみてください。823円÷4は206円。依然、CDの倍はあります。

実はこれこそ2009年、メジャーレーベルがSpotifyでヨーロッパ各国に仕掛けた戦略なのです。基本無料でYouTube利用者に匹敵する人数を集め、「スマホでも全曲自由に聴きたいなら有料です」というフックで4人にひとりを有料会員に変えていきました。

日本勢は「Spotifyの無料会員はやり過ぎ」と判断し、かわりに月額300円台でなるべく気軽に入ってもらう戦略を取っていますが、基本は同じ構想です。定額制配信はライト層の創出に優れています。CDの3,000円と300円では気軽さがまったく違います。コア層の売上減を諦める代わりに、ライト層をできるだけ増やす。これが定額制配信の最大の強みなのです。

しかし、ここで課題が発生します。

「いくら無料や300円といっても、音楽に興味がある人しか母数に入らないのでは?」

これこそが核心です。

CD時代、音楽ファンは好きなアーティストにお金を払っていました。しかし定額制配信の時代は音楽ファンを増やすこととアーティストの収入が直結する時代となります。定額制配信は、すべての音楽にまとめてお金を払う仕組みだからです。その中で、より多く再生された曲が稼ぐ。そんな仕組みです。

CD時代の黄昏は、コア層の深堀りが課題となりました。それは好調なライブで引き継がれていきます。しかし定額制ストリーミングの時代にはスタジオワークに関しては、まず音楽ファンの創出有りきの時代となるのです。

これからのストリーミング時代は、アーティストが自分のファンのことだけを考えるだけで成り立たなくなります。アーティストが力を合わせて、定額制配信で音楽ファンを増やせるか。それが課題になっていく。そんな時代が到来したのです。

そういえば15年前、「君を来るべきストリーミング時代の新しいディレクターに育てたい」と 音楽会社の上司に言われたとき、「ストリーミング時代って何年後の話ですか」と内心つっこみを入れたのを最近、思い出しました。結局、15年かかったんですね。当時の上司、もう故郷に帰ってます…。

■後記

「定額制配信が普及したら全て解決するの?」「定額制配信をみんなが使うようなった後、どんな課題が待っているの?」という質問に対しては、「音楽配信の現状とこれから『各サービスがメディアとして機能することが重要』」という記事でお話しています。さらなる未来を知りたい方は参考にしていただければと思います(2016.1.16)。

(※ 流通コストは40~50%、配信コストは30%、諸印税を合算した率は国内10%、アメリカ15%(高め。プロデュースから何まで自分でやれる売れっ子と考えて下さい)で試算しましたが、諸印税はほんとうはものすごく細かく、契約書上では卸値ベースの売上から係数を掛けて小売価格を仮決めしてから率を掛ける契約だったり、契約、初期投資、アドバンス、売れ行き、パートナーシップ等によってまったく違ってきたりします。これは、何が起こっているのかざっくり知っていただくための概算と思って下さい。国内定額制配信の再生あたりの楽曲使用料も仕事柄、試算可能なのですが、Spotifyと違って未公開のため差し控えさせていただいてます)

作家/音楽産業を専門とするコンサルタント

寄稿先はNewsPicks、Wired、文藝春秋、新潮、プレジデント。取材協力は朝日新聞、ブルームバーグ、ダイヤモンド。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビ等。1974年東京都生まれ。2017年まで京都精華大学非常勤講師。上智大学英文科中退。在学中から制作活動を続け2000年、音楽TV局のライブ配信部門に所属するディレクターに。草創期からストリーミングの専門家となる。2003年、チケット会社ぴあに移籍後独立。音楽配信・音楽ハード等の専門コンサルタントに。著書「音楽が未来を連れてくる」「THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記」(DU BOOKS)

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