大阪・夢洲IRの契約書に潜む大阪市泥沼の危険性
パビリオン建設が間に合うのか危惧されている「2025年大阪・関西万博」だが、万博開催地の人工島「夢洲(ゆめしま)」(大阪市此花区)では、もう一つビッグプロジェクトが進んでいる。「IR」(カジノを含む統合型リゾート)の建設だ。
大阪湾岸の埋立地である夢洲では、大阪府市が万博会場の北側49ヘクタールにIRを誘致し、2030年の開業を目指している。夢洲は大阪市が作った埋立地で、土地の所有者は大阪市である。IR施設を建設するため地盤改良等に大阪市は788億円の債務負担行為を決めており、支払いの差し止めを求める住民訴訟が大阪地裁で審理中だ(筆者も原告の1人)。
その夢洲IR差し止め訴訟で昨年11月、被告の大阪市は、大阪府市とIR事業者「大阪IR株式会社」との間で締結された契約書を開示した。訴訟の中で原告側は「地盤沈下対策等で大阪市は無制限に費用負担せざるを得なくなる」と主張。被告の大阪市側は「(大阪市が負担する)金額の際限なき増加を誇張する原告の主張には根拠がない」と反論しているが、原告側代理人の荒木晋之介弁護士は「契約書は大阪市の負担を788億円以内に収める内容になっていない」と話す。
大阪市が開示した四つの契約書
訴訟で開示された契約書は、大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域整備等実施協定書(実施協定)▽事業用定期借地権設定契約公正証書▽大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の立地及び整備に関する協定(立地協定・立地市町村)▽大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の立地及び整備に係る土地使用等に関する協定(立地協定・土地所有者)。
大阪府市とこれらの契約を締結した「大阪IR株式会社」は、アメリカのカジノ企業「MGMリゾーツ・インターナショナル」と日本の金融企業「オリックス」を中核株主とするSPC(特別目的会社)である。
埋立地の夢洲は軟弱地盤で、有害物質が含まれた浚渫土砂を埋立材に使っていることから土壌汚染も確認されている。そのため、大阪市は「土地所有者の責任」として、液状化対策▽土壌汚染対策▽地中障害物撤去の「土地課題対策」について費用を負担することとし、2022年3月、大阪市議会は788億円の債務負担行為を決定した。大阪湾岸の埋立地を分譲、賃貸するにあたって、大阪市がこうした費用を負担するのは異例のことだ。
事業者が契約の「解除権」を持ったまま
夢洲IRは大阪府市の事業者募集に対し、MGMとオリックスの共同事業体しか申し込みがなかった。日本初のIR・カジノを誘致したい大阪府市はMGMとオリックスに逃げられたら後がない状況で、大阪市が土地課題対策費用を負担するのをはじめとして、これまで「買い手」の優位で事が進んできた。
2023年4月に国が夢洲IRの区域整備計画を認定し、約半年後の9月28日、大阪府市と大阪IR株式会社は実施協定等を締結した。驚くことに、大阪IR株式会社は2026年9月まで違約金なしで計画から撤退できる「解除権」を持ったままの実施協定締結だった。その理由は、大阪IR株式会社が、銀行の融資や土地に関する適切な措置などの「事業前提条件」が成就していないと判断しているとのことで、要するに「まだIRを開業するかどうか分かりません」と言っている相手と大阪府市は本契約を締結したのだ。
重大な土地の瑕疵に大阪市は免責なし?
契約書のうち、大阪市が夢洲の土地を大阪IR株式会社に貸与する「事業用定期借地権設定契約」には、大阪市が大阪IR株式会社に支払う土地課題対策費用に関する条文がある。事業用定期借地権設定契約の「第13条の5(本件土地課題対策費用)」では、大阪市が大阪IR株式会社に土地を引き渡し、大阪IR株式会社が建設、整備に着工すれば、大阪市は788億円の範囲内で土地課題対策費を支払うとしている。ただし、例外規定があり、「不可抗力等」として、天災、戦争などのほか、施設建設が遅れるような重大な土地の瑕疵によって、「実施協定解除」の局面に陥った場合が想定されている。その際、大阪府と大阪IR株式会社の責任は問われないが、免責対象に大阪市は含まれていない。
荒木弁護士は「土地の瑕疵となれば、土地所有者の大阪市は責任を免れられない。大阪IR株式会社から債務負担行為の788億円を超えて、費用を請求される事態もあり得るのではないか」と指摘する。
契約のコンセプトに問題あり
事業用定期借地権設定契約の「第5条(引き渡し)」では、大阪市は事業前提条件充足日の3営業日後の日に大阪IR株式会社に土地を引き渡すとする一方、双方が「別途合意した日」でも引き渡しができるとしている。大阪市の土地課題対策費は、大阪IR株式会社に土地を引き渡した後、支払うことになっており、IR誘致を進める大阪府市の合同部署「IR推進局」は、これまで一貫して「大阪市が大阪IR株式会社に土地の引き渡しをし、大阪IR株式会社の『解除権』が失効してからでなければ土地課題対策費は支払わない」と説明してきた。
しかし、荒木弁護士は「大阪市が土地の引き渡しをした後も、事業者の解除権は失効していない可能性はある」と話す。「契約書の条文は素直に読めばIR推進局の説明通りのことが書かれてあるが、各所に『但し』や『除く』の例外規定がちりばめられている。大阪IR株式会社が解除権を保持した状態で土地課題対策費が支払われることもあり得るだろうし、最も問題なのは、コンセプトとして大阪市の負担が債務負担行為の788億円の範囲内に収める契約になっていないことだ」
夢洲にカジノ施設を建てる無謀
夢洲の問題に詳しい桜田照雄・阪南大教授は「埋立地であることと、地下の岩盤である洪積層が沈む大阪湾の特徴から、夢洲は確実に地盤沈下する」としたうえで、そこに「カジノ施設」を建設する危険性を訴える。「傾いた建物でルーレットは回せない。賭博は偶然性が確保されていなくてはならず、カジノ施設は通常の建物より厳密な水平性が求められる。地盤沈下によって建物にわずかな歪みでも生じれば、MGMは『カジノができない』と土地所有者の大阪市に建て替えを迫るかもしれない」
昨年9月28日の契約締結時に、大阪IR株式会社が「事業前提条件が成就していない」として、計画から撤退できる「解除権」が2026年9月まで認められたことを、桜田教授は「夢洲の地盤は土壌汚染、液状化、地盤沈下と悪条件がそろっている。事業者が最大限、不測の事態に備えておくのは当然だろう」とし、「夢洲のような特殊な場所に、カジノという特殊な業種を誘致するにあたり、大阪市が夢洲の地盤について無限責任を負うような契約は危険極まりない。大阪市やIR推進局は分かっているのか」と指摘する。
今後、訴訟では契約の片務性が争点の一つになりそうだ。