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4万5000年前の人類祖先にみる「偏食」文化とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
人類祖先が食べていたサルの仲間(写真:アフロ)

 世界各地の民族において、食文化はかなり保守的だ。だから、何を食べているのかがわかれば、その集団の文化や考え方がみえてくるかもしれない。今回、スリランカの遺跡から約4万5000年前の人類が、主にサルとリスを食べていたことがわかった。

どうやって熱帯雨林へ進出したか

 従来の人類学では、ヨーロッパや中東を含むアフリカ北部の遺跡や出土化石などによって研究が進められてきたが、ユーラシア大陸中東部や日本を含むアジアなどでの研究が進み、我々の祖先についての知識が広がりつつある。例えば、南アジアの古人類学では、米国コーネル大学のケネス・ケネディ(Kenneth A. R. Kennedy)らの研究が有名だ。

 今回、ドイツのマックス・プランク研究所などの研究グループは、ケネディらも発掘調査してきたスリランカ南西部に位置するファヒエン洞窟(Fa-Hien Cave)で発見された化石を調べ、その結果、約4万5000〜4万3000年前にここに暮らしていた人類(ホモ・サピエンス)が熱帯雨林の樹冠や密林に住むサル(霊長類)や大型のリスに依存する食生活をおくっていたことがわかったという。

 この論文(※1)は英国の科学雑誌『nature』の「nature COMMUNICATIONS」オンライン版に発表されたが、従来の研究では人類祖先は乾燥地帯のサバンナで暮らし、進出が難しい熱帯雨林には適応できていなかったと考えられてきたため、古人類学の分野でちょっとした話題になっている。

 アフリカから世界へ広がっていったという説によれば、人類祖先は主にサバンナや平原で栄養価の高いマンモスやシカ、イノシシといった大型の草食獣を狩って集団を維持していた。そのため、乾燥地帯の中東や草原が広がるユーラシア大陸で彼らの痕跡が発見されている。

 高温多湿の熱帯雨林は、大型の草食獣が群をなしているわけでもないため、狩りをするのに適さず、マラリアなど地域特有の病気にもかかりやすい。人類祖先の集団規模を養っていくためには難しい環境だっただろう。また、熱帯雨林は化石が残るための機会も乾燥地帯に比べて少ないため、研究者にとって遺跡調査の条件としても困難な地域といえる。

 スリランカのファヒエン洞窟は1968年に発見された。スリランカで最古の人類遺跡とされ、年代測定の結果、約2万8000年前のものとされてきた(※2)。その後、研究が進み、ファヒエン・レナという発掘サイトは約3万8000年前の遺跡ということがわかり(※3)、今回さらに約4万5000年前の痕跡が発見されたことになる。

サルとリスに特化した食生活

 熱帯雨林に位置する人類祖先の遺跡として貴重だが、ここで暮らしていた人々はこれまでの研究から木の実と野生生物を食べる狩猟採集の集団だと考えられてきた。このファヒエン・レナ遺跡からは、熱帯雨林に生息する哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫、軟体動物、植物などの化石が発見されているが、今回、研究グループでは化石化する過程や化石ごとの総合的な分析学であるタフォノミー(Taphonomy)の手法を使い、当時の人類祖先が何を食べて生活していたのか、体系的に調べたという。

 その結果、年代ごとの地層で若干の違いはあるものの、発見された化石で最も多かったのが哺乳類、特にサル(旧世界ザル)とリス(樹上リス)の骨が70%以上もあったことがわかった。また、サルの骨は各地層で発見された化石の48.7%を占めた。このサルについて研究グループは、おそらく現在もスリランカに生息するマカク属のトクモンキー(Macaca sinica、Toque Macaque)、コロブス属のカオムラサキラングール(Trachypithecus vetulus)、ハヌマンラングール(Semnopithecus priam)だったと推定する。

 熱帯雨林でサルやリスを狩るのは容易ではないが、遺跡からは細かく細工が施された狩猟道具の断片も発見され、サルやリスは狩猟の対象としてだけではなく、狩猟道具の材料としても活用されていたようだ。研究グループによれば、約4万5000年前ファヒエン・レナ遺跡で暮らしていた人類祖先の集団は、サルやリスの狩猟に特化した技術を持っていたことが示唆されるという。

 現生人類の各部族に対する研究でも、サルやリスにこれほど依存して生活する集団はほとんどいない(※4)。なぜなら、特定の種ばかりを狩猟の対象にしていれば、やがてそれらの資源が減ってしまい、困るからだ。

 そのため、食べる対象の多様性も重要だが、研究グループはファヒエン・レナ遺跡の住民は、サルやリスを狩る場所を一定のサイクルで巡回し、資源が枯渇しないようにコントロールしていたのではないかと考えている。人類祖先は地球のほぼ全てに進出したが、スリランカの遺跡からは環境の条件に合わせ、柔軟に適応する我々の祖先の潜在的な能力がうかがえる。

※1:Oshan Wedage, et al., "Specialized rainforest hunting by Homo sapiens ~45,000 years ago." nature COMMUNICATIONS, Vol.10, Article number: 739, 2019

※2:Kenneth A R. Kennedy, et al., "Fossil Remains of 28,000-Year-Old Hominids from Sri Lanka." Current Anthropology, Vol.30, No.3, 394-399, 1989

※3:Patrick Roberts, et al., "The Sri Lankan ‘Microlithic’ Tradition c. 38,000 to 3,000 Years Ago: Tropical Technologies and Adaptations of Homo sapiens at the Southern Edge of Asia." Journal of World Prehistory, Vol.28, Issue2, 69-113, 2015

※4:C A. Peres, et al., "Density compensation in neotropical primate communities: evidence from 56 hunted and nonhunted Amazonian forests of varying productivity." Oecologia, Vol.122, Issue2, 175-189, 2000

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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