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人類進化のカギは「巨大噴火」が握っていた

石田雅彦科学ジャーナリスト
インドネシア・シナブン火山の噴火(写真:ロイター/アフロ)

 約7万5000年(±900年)前に現在のインドネシアのスマトラ島で火山の巨大噴火が起きた(※1)。噴火したのはトバ(Toba)火山で、この巨大噴火により地球が寒冷化し、ようやくアフリカから出て世界へ進出しようとしていた我々の祖先の人口が激減して、その後の進化に大きな影響を与えたらしい。

トバ・カタストロフ仮説とは

 トバ火山による地球環境と人類進化への影響を「トバ・カタストロフ仮説(Toba catastrophe hypothesis)」という(※2)。約7万〜7万1000年前とする「火山の冬(Volcanic Winter)」で人類の拡散が途切れ、その後、再び世界へ拡がっていったという理論だ。

 この時期は、酸素同位体ステージ(Marine oxygen Isotope Stage、MIS)のステージ4という寒冷期にあたる。地球は長期的には数万年〜十数万年の大きな周期で寒暖を繰り返しているが、10万年〜1万年前くらいまでは全体として寒冷化が進んでいた(最終氷期)。

 約7万年前に一時、極端に気温が下がる。その後、少し持ち直してから約2万年前に極端に寒くなり、その後は現在まで急激に気温が上がっていることがわかっているが、約7万年前の変化はトバ火山の噴火による影響と考えるわけだ。

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最初に提唱されたトバ・カタストロフによる人類人口のボトルネック図。約7万〜7万1000年前とする「火山の冬(Volcanic Winter)」で人類の樹形図にボトルネックが起き、その後、アフリカやユーラシア大陸、オーストラリアへ拡がっていったとする。Via:Stanley H. Ambrose, "Late Pleistocene human population bottlenecks, volcanic winter, and defferentiation of modern humans." Jouranl of Human Evolution, 1998

 このトバ・カタストロフ仮説に新たな補強論文が出た。英国の科学雑誌『nature』の「Scientific Reports」オンライン版に掲載された論文(※3)で、カナダと南アフリカの研究グループによるものだ。

 彼らが調査したのは、南アフリカのケープタウンの西方、ポートエリザベスとの間にあるバッファロー湾に近い海岸の崖の発掘サイトだ。この周辺では、約9万〜5万年の間、初期人類が暮らしていたとされている。

 トバ・カタストロフ仮説を補強するための考古学的な証拠は少ない。大きな気象変動が起きたことがわかっているが、初期人類が火山噴火後どのように生き延びたかという痕跡があまりないからだ。

微細火山灰が手掛かりに

 その証拠を見つけるために研究者は、目に見えないほど小さな火山灰(Cryptotephra)を手掛かりにしようとした。同じ南アフリカのピナクル・ポイントという約7万4000年前とされる発掘サイトでも、初期人類が住んでいたことがわかっている。ピナクル・ポイントは、今回の論文で調査された発掘サイトに近い。

 これまでピナクル・ポイントの発掘サイトから微細火山灰が発見されており、この火山灰の堆積がトバ火山の噴火によるものではないかと考えられている(※4)。現在、こうした微細火山灰は、火山活動による影響を考古学的に評価できる指標になっているからだ(※5)。今回の論文では、南アフリカの同時代の発掘サイトで発見された微細火山灰を化学的に分析し、それが確実にトバ火山由来のものであることを明らかにした。

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今回の調査サイト(Study site)の位置。ピナクル・ポイント(Pinnacle Point)はより西側の沿岸にある。Via:Charles W. Helm, et al., "A New Pleistocene Hominin Tracksite from the Cape South Coast, South Africa." Scientific Reports, 2018

 洞窟内に残された足跡などから、この周辺で長く初期人類が暮らしていた跡がある。その生活の継続性は、トバ火山の噴火という地球気候の大変化の間も人類が生きていたことを意味している。

 地理的に距離が遠かったこともあっただろう。だが、海岸沿いという豊かな食料環境のおかげで、我々の祖先はしぶとく生き延び、その後の人類の大進化へつなげていったというわけだ。

 現生人類のアフリカ単一起源説によれば、約5万~6万年前にアフリカ大陸から世界へ大規模移動を始めたとされている。だが、最近の研究によれば、もっと前(約18万年前)からという説も出され、初期人類の進化はより謎めいてきた。宮崎・鹿児島県境の霧島連山・新燃岳の火山活動が心配だが、今回の論文は人類がどうやって世界中へ拡がっていったのか、という議論に一石を投じるかもしれない。

※1:D Ninkovich, et al., "K-Ar age of the late Pleistocene eruption of Toba, north Sumatra." nature, Vol.276, 574-577, 1978

※2:Stanley H. Ambrose, "Late Pleistocene human population bottlenecks, volcanic winter, and defferentiation of modern humans." Journal of Human Evolution, Vol.34, 623-651, 1998

※3:Charles W. Helm, et al., "A New Pleistocene Hominin Tracksite from the Cape South Coast, South Africa." Scientific Reports, 8, Article number: 3772, doi:10.1038/s41598-018-22059-5, 2018

※4:Amber Elizabeth Ciravolo, et al., "Glass shards at Pinnacle Point rock shelter 5-6, South Africa: Are they from the last super~eruption of Toba?" UNLV Teses, Dissertations, Professional Papers, and Capstones. 2527, 2015

※5:C S. Lane, et al., "Cryptotephra as a dating and correlation tool in archaeology." Journal of Archaeological Science, Vol.42, 42-50, 2014

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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