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燃え尽きる前に知っておきたいセルフケアの秘訣

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
オスロのプライド週間 写真:Tomasz Dros / Oslo Pride

差別制度を変えるための闘いは、アクティビストたちのアイデンティティにも影響する闘いだ。筆者は、社会運動に励む北欧市民をこれまで多く取材してきた。

SNS社会である現代では、ネットでヘイトスピーチを浴びやすくもあるため、若い世代の政治家やアクティビストたちの精神的疲労はかつてない形となり、巨大化している。市民運動家たちが、いかにメンタルヘルスを守り、抑圧に抵抗しているかは、北欧の報道機関が常に焦点を当てる話題でもある。

「燃え尽きやすい」運動のひとつといえば、気候と環境分野だ。スウェーデンの活動家グレタさんに代表されるように、気候対策を求める新時代の運動家たちが生まれている。「気候」は、個人の活動では「やっている意味はあるのか」と「燃え尽きやすい代表的な分野」になっているのだが、クィアの分野ではいかに燃え尽き対策がされているのだろう?筆者もそのような体験と知恵の共有の場をあまり見たことがなかった。

※ノルウェーではセクシュアルマイノリティ(性的少数者)は「LGBTQ+」よりも「クィア」(ノルウェー語で「シェイブ」)と表現するほうが一般的のため、記事では「クィア」で統一しています。

6月後半に開催中のノルウェーの首都オスロでのプライド週間では、まさにこのことが話された。主催者であるノルウェーのクィア団体「クィア・ワールド」は、セルフ・アドボカシー(自己擁護)をそれ自体が一種のアクティビズムであると考えている。自分のため、周りの人のため、そして自分が闘っていることのために、自分を大切にする方法を学ぶ方法について話したのは、ヘルス・アドバイザーであり、トラウマ・セラピストであるルーカス・カサノヴァさんだ。

組織で欠けているメンバーのケア

クィア団体「クィア・ワールド」には数多くの当事者が悩みを抱えて相談にくる。トラウマ・セラピストであるカサノヴァさんはその声に耳を傾けてきた人だ 筆者撮影
クィア団体「クィア・ワールド」には数多くの当事者が悩みを抱えて相談にくる。トラウマ・セラピストであるカサノヴァさんはその声に耳を傾けてきた人だ 筆者撮影

ノルウェーは団体数が多い国だからこそ、対話の機会に溢れており、「自分が、ほっと安心できる空間」を見つけやすいとカサノヴァさんは指摘する。

だが、メンバーが「頑張りすぎている」時のケアができている団体や組織は少ないとも感じるそうだ。クィア・ワールド団体でも燃え尽き症候群になるメンバーが出る時がある。その時、団体のリーダーはその症状から復帰した人たちから、話を聞き、何が原因で燃え尽きたのかを把握し、次の防止に役立てているという。

クィア・コミュニティ全般にトラウマが蔓延している

そもそもクィアの人たちは多大な努力をしている。もうそこにいて、存在していること自体が「アクティビズム」だとカサノヴァさんは考えている。「トランスのひとは、いるだけで、存在そのものが社会に挑戦しているようなものですからね」。

「この分野はとても複雑です。クィア・コミュニティ全般にトラウマが蔓延しています。この人たちはリュックサックに、たくさんのトラウマの石や砂を抱えて生きている。社会に馴染もうとすることで、神経系が過敏になっています」

セルフケアそのものがアクティビズム

「私たちは世界を変えようと活動しています。でも、まずは自分と向き合わなければ、何もできません」

企業や組織で燃え尽き対策ができていないと、離職や病気休業の増加を招く。仕事・家事・育児などに加えて、ボランティアなど、多くの用事をこなす現代人だからこそ、燃え尽きる前に「セルフケアをする必要がある」とカサノヴァさんは提案する。セルフケアとは、買い物をしてストレス発散するなどの消費行動とは違う。

「私たちを抑圧しようとするものに抵抗するために、自分たちのウェルビーイングを優先する。セルフケアそものがアクティビズムなのです」

筆者撮影
筆者撮影

カサノヴァさんが話した「3つのセルフケア」をいくつか紹介する。

身体的セルフケア

  • 15分間、明かりも音もない静かな部屋で過ごす(スマホは使わない)
  • 落ち着くエネルギーを保つために、自分によい食べ物を知る(小麦粉、砂糖などを食べると血流が上がり、攻撃的になり、共感力が下がる可能性が高くなる)。コーヒーを飲みすぎない、精製された食品を減らす
  • 良質な睡眠、ヨガ、運動など

感情的セルフケア

  • 限界が近づいていることを感じ始めたら、早めに引く
  • マインドフルネス、ジャーナリング、サポートグループ、セラピー、カウンセリング
  • 必要な時に助けを求める勇気
  • 境界線を引く。誰かの悩みを聞いて助けになってあげたくても、感情的サポートは、自分がすでに疲れていると負担になることもある。「ぜひ聞きたいんだけど、二時間後でもいい?」と境界線を引くスキルを身につける。「ノー」と言いながら「イエス」ということは可能

スピリチュアル・セルフケア

  • 他者とつながり、自分のアクティビズムの意味と目的を再確認する
  • 瞑想、ジャーナリング、自然の中で時間を過ごす
  • 宗教的な意味ではなく、「自分が何か大きなものの一部である」と感じられるようなコミュニティに属する。家族、合唱団、クィア・ファミリーなど。
  • 問題解決のために、自分を表現する。感情を他者に共有する

スピリチュアルなセルフケアとして、安心できるコミュニティに属することが挙げられたが、「フィッティング」との見極めが警報された。

フィッティングを強要されるくらいなら、ひとりでいるほうがまし

クィアにとって、「フィッティング」を強要するコミュニティに属することは、「排除される」ことよりも精神的に悪影響を及ぼすとカサノヴァさんは話す。

これは「自分を受け入れてくれないグループの一員になるために、自分を過剰に適応させてしまう」状況を意味する。

「クィアの人々にとって、ひとりでいることは、馴染むことよりもまだ安全なのです」

「人生のあらゆる局面で必要とされるフィッティングに毎日立ち会うことが、どれほど難しいかを理解している人は少ない」と、カサノヴァさんは無理に自分に合わない社会に適応しなくていいんだよ、と伝えていた。

他者に思いを共有するセルフケアは日本人に合っているか?

「自分の思いを他者に共有するセルフケアには効果がある」とカサノヴァさんは話した。

確かに、北欧ではグループセラピーなど、複数人で思いを打ち明ける形式をよく見る。しかし、欧米と違い、日本ではそもそも自分の意見を言語化して口にするという行為が教育現場ですでに欠けている。アジア人にとって、欧州の人に混じって意見を表明するのはネガティブなストレスになりかねない。「それでも、日本の人も思いを共有すると、セルフケアの効果は同じように出るのだろうか?」とカサノヴァさんに筆者は聞いてみた。

カサノヴァさんも、日本を訪れたことがあり、文化の違いを感じたそうだ。そこで、「自分の感情を表現するセルフケア」においては、日本の人には「ジャーナリングやアートとか、別の形のアプローチ方法のほうがいいかもしれません」と答えた。

執筆後記

「セルフケア」「セルフラブ」という英語は日本でも使われ始めているが、「アクティビストのためのセルフケア」はまだまだ共有されていない観点だ。特に偏見や差別を受けやすいクィア・コミュニティには、今後ますます必要とされてくるだろう。「自分が存在しているだけで、社会に挑戦している」とまで考えることができたら、それも「セルフラブ」の形といえる。

何らかの社会に無理に自分たちを適応させる「フィッティング」の体験は、多くの読者にもあるだろう。だからこそ、自分を大切にし、自分らしく生きることが、結果として社会全体の変革を促す力になる。まずは自分を大切に。忙しい現代社会で、アクティビストという自覚があってもなくても、私たちが忘れがちな生きる術だ。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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