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シリア:人権侵害を厳しく非難する米国こそが人道危機の原因の一部

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

米国はシリアの人権状況を非難

米国務省は3月30日、「2020年版国別人権報告書」を発表し、シリアの人権状況について以下の通り非難した。

シリアの人々に対するアサドの残虐行為は衰えることなく続き、今年は尊厳と自由のなかで生きるための彼らの闘争から10年目を迎えた。

テロ支援、暗殺関与、人権侵害への対抗措置としての制裁

米国は、1979年以来、イスラエルの占領に抵抗するパレスチナ諸派を支援するシリアを、イラン、リビアとともにテロ支援国家に指定し、武器・軍民両用製品の輸出・販売制限、貿易・投資制限といった制裁を科してきた。2003年のイラク戦争にシリアが反対すると、レバノン実効支配、大量破壊兵器開発、イラク不安定化を理由にシリア問責レバノン主権回復法を制定、輸出規制とシリアの政策に協力する個人・団体の米国内の資産凍結といった制裁を発動した。2005年2月にレバノンのラフィーク・ハリーリー元首相が暗殺されると、シリアの犯行と断じ、国連安保理で追及を強める一方、元首相ら要人の暗殺や汚職への関与を根拠として個人・団体への制裁を強めていった。

そして、2011年3月に「アラブの春」が波及し、シリア政府が抗議デモに容赦ない弾圧を加えると、人権侵害を理由にその統治の正統性を否定、バッシャール・アサド大統領をはじめとする政府・軍高官に対しても制裁を科すとともに、石油および関連製品の取引禁止を決定した。

実現しない正義

だが、こうした一連の制裁が、米国の掲げる正義をシリアに実現しなかったことは言うまでもない。シリア政府に対する軍事行動は、シリア軍による化学兵器使用を口実に、バラク・オバマ政権下で一度計画され(その後中止)、ドナルド・トランプ政権によって二度(2017年4月と2018年5月)敢行された。だが、攻撃の目的は、体制転換ではなく、化学兵器の使用を断念させるための懲罰へと矮小化されていた。

むろん、米国はシリアに軍事介入した。イスラーム国に対する「テロとの戦い」を理由に、2014年9月、有志連合を率いて、ユーフラテス川以東の地域(ジャズィーラ地方)への爆撃を開始したのだ。だが、この爆撃によって、シリアで民主化が芽生えることはなかった。有志連合の「協力部隊」として、イスラーム国の掃討にあたったのは、トルコが「分離主義テロ組織」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)によって主導される民兵(人民防衛隊(YPG)、シリア民主軍)だった。

イスラーム国が排除されたジャズィーラ地方では、北・東シリア自治局を名乗る自治政体やその傘下にある各地の民政評議会の統治下に置かれた。だが、その権威主義的な支配は、シリア政府と何ら変わらず、また多くの難民が国を去る理由としてあげている徴兵制が敷かれ、多くの住民が強制的に連行されている。

違法な駐留、制裁、盗奪

米国は、イスラーム国を根絶し、再び油田が奪われることを抑止すると主張し、ジャズィーラ地方各所に違法に基地を設置し、部隊を駐留させ、こうした支配の軍事的後ろ盾となっている。トルコで活動する「独立系シンクタンク」を名乗るジュスール研究センターの発表によると、米軍(有志連合)の基地は33カ所に及ぶという。

しかも、軍事的後ろ盾であることは、経済的後ろ盾であることを意味しない。米国は2019年12月シーザー・シリア市民保護法(通称シーザー法)を新たに施行し、シリア政府・軍の高官やその協力者にさらに制裁を科していった。目的は、シリア国民を困窮させることではなく、アサド大統領一家に打撃を与えることだ、などと主張された。だが、それは、レバノンの財政破綻やコロナ禍で疲弊するシリア経済に追い打ちをかけ、人々の生活をさらに困窮させた。

こうした状況を尻目に、駐留米軍は、シリア国内で産出される石油、穀物を盗奪し、イラクへと持ち出し続けた。

シリア政府による痛烈な批判

シリアの外務在外居住者省は4月3日、「2020年版国別人権報告書」の発表を受けて声明を出し、こうした米国の姿勢を厳しく批判した。

米国務省は、世界の人権状況に関する悪名高い年次報告書を発表した。いつもの通り、この報告書は、ほぼすべての国で侵害が行われているとのウソと言いがかりを含んでいる。だが、この報告書は自らの欠陥をさらけ出している。米政権や報告書作成者への従属を特徴とするような関係を持たない国に対して、人種差別と内政干渉を行うという真の目的を暴露している。

シリア・アラブ共和国に関する報告書の言いがかりのすべては、この地域と世界におけるテロ組織、その支援者、そして資金援助者の報告に基づいている。そして、報告書作成者は、歴代米政権が犯した重大な侵害を知らんふりしている。これは世界全体、さらには米国内でも周知の犯罪であり、そのなかには、一切の人権に反する一方的な強制措置を含んでいる…。米国は、国内外において最大の人権侵害国であるという点で世界のすべてを先んじているという特徴を持っていることを示している。

だが、こうした非難の声が注目されることはほとんどない。ミャンマーに対する欧米諸国(政府、メディア、そして一部市民)の反応にも共通して言えるが、自らの正義を振りかざすことに酔いしれることはできても、それがその後にもたらす矛盾に目が向けられることは稀である。

米『フォーリン・ポリシー』誌の記事

こうしたなか、米『フォーリン・ポリシー』誌に4月1日に掲載された「米国の制裁は無垢のシリア人を殺している」と題された記事は、異彩を放っている。

記事には、シリアに対する西側諸国の制裁の結果として生じている燃料、電力不足に政府が対処できない状況が続くなか、記者(Hasan Ismaik)の親戚の子供が命を落としていくさまが紹介されている。

人道を掲げて行われる干渉がもたらす人道危機、人権を掲げて行われる干渉がもたらす人権侵害は、シリアに始まったものではない。21世紀に入って中東で生じた政治変動は、イラク戦争であれ、「アラブの春」であれ、人道主義や人権が危機の一端を担ってきた。この記事はそのことを気づかせてくれるのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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