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カジノ誘致を巡る大阪の直接請求署名運動は20万筆達成。法定数超え確実。府内全域の同運動は45年ぶり

幸田泉ジャーナリスト、作家
署名運動期間最終日の街頭署名=2022年5月25日、大阪市北区で、筆者撮影

 カジノ誘致の賛否を問う住民投票の実施を求める大阪の署名運動は、3月25日~5月25日まで62日間の運動期間を終えた。地方自治法で定める有権者による首長への「直接請求」に必要な法定数を超える20万7647筆(5月31日時点の集計)の署名が集まり、大阪府内全域を対象にした大規模な署名収集は成功を収めた。この運動を実施した「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」の共同代表の1人、作家の大垣さなゑさんは「大阪府内各地で法定数達成を喜ぶ声が上がっている。この署名運動で大阪の未来ために行動する市民が新たに生まれたと思う」と話している。

 署名運動期間中に地元で選挙があった豊中市、泉佐野市、泉南市、河内長野市の4市は、運動が制限され62日間の運動期間を消化できていない。そのため4市では7月の参議院選挙の終了後に署名集めを再開できるが、「もとめる会」は6月1日の共同代表らが集まる事務局会議で、目標の20万筆を確保できたことから署名運動は5月25日で終了する方針を決めた。6月2日の各地域の担当者が集まる会議で正式決定する。

 署名はすべて府内の市町村と行政区の選挙管理委員会が点検。署名の住所地に住民票がないなど要件を満たしていないものは「無効」になり署名数にカウントされないが、法定数の14万6472筆(有権者の50分の1)を超えるのは確実とみられる。署名数確定後、「もとめる会」は吉村洋文・府知事に住民投票の実施を請求することになり、これを受けて吉村知事は住民投票を実施する条例案を府議会に付議しなくてはならない。

土壇場でついに始まった大阪の署名運動

3月25日に始まったカジノ誘致の賛否を問う住民投票を求める大阪の直接請求署名運動。初日は大阪府庁前でアピール行動が行われた=2022年3月25日、大阪市中央区で、筆者撮影
3月25日に始まったカジノ誘致の賛否を問う住民投票を求める大阪の直接請求署名運動。初日は大阪府庁前でアピール行動が行われた=2022年3月25日、大阪市中央区で、筆者撮影

 約10年前からカジノ誘致反対の運動をしてきた大垣さんは、「運動が広がらず悩んでいた」と話す。大阪府と大阪市がカジノ誘致に名乗り上げてからは、地元で反対の署名集めを何回も行ったが、「役所に提出した署名は、その後、捨てられているだけではないか」と虚しく感じていた。「大阪カジノに反対する市民の会」代表の西澤信善・神戸大名誉教授は、昨秋、大阪府内でカジノ反対運動をしている九つの市民団体の懇談会で、直接請求署名運動を提案したが「大変な思いをして署名集めをしても、住民投票は大阪府議会で否決されて実現されない。徒労に終わってしまう」という意見が大勢を占めた。府議会はカジノ誘致を進める吉村知事、松井一郎・大阪市長が率いる「大阪維新の会」の議員が過半数を占めるため、法定数以上の署名を集めて住民投票実施の「直接請求」をしても、府議会で否決される公算が大きい。逆に、署名が法定数に達しなければ、カジノ反対運動は相当なダメージを受けるというリスクがある。

 無駄に終わる可能性が高くてもこの署名運動をやろうという動きが起こったのは昨年末。大阪市がIR(カジノを含む統合型リゾート)の誘致場所である湾岸の埋め立て地「夢洲」(大阪市此花区)を約790億円かけて地盤改良すると発表したのだ。年明けから始まった住民説明会、公聴会では、住民側から「税金を投入するとは話が違う。本当にこの計画でいいのか、住民投票で府民に賛否を問うべきだ」という意見が相次いだ。

 この状況に、大垣さん、西澤名誉教授らカジノ反対運動をしてきたメンバーの一部が、周囲の反対を押し切って直接請求署名運動を決意した。「これまでの運動の枠を取っ払い、新しい人を巻き込み、新しいカジノ反対運動を作り上げる」という意気込みで、「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」を結成。大垣さんは「無謀で壮大なチャレンジだった」と表現する。

 一昨年の横浜市と昨年の和歌山市でもカジノ誘致を巡る同様の直接請求署名運動が行われたが、大阪はまさに土壇場での決行だった。3月24日、大阪府議会でIRの「区域整備計画」(具体的な事業計画)を国に申請することが決定。その翌日、「もとめる会」の直接請求署名運動がスタートした。3月29日には大阪市議会で「大阪府が区域整備計画を国に申請することに同意する」議案が可決され、4月27日、国に大阪のIR計画の認定を求める申請が行われた。行政と議会がカジノ誘致の手続きを着々とこなす中で、大阪の署名運動は地べたを這うように進んだ。

ツイッターでの拡散が大きな力に

 大阪府全域を対象として、直接請求署名運動が行われるのは45年ぶり。「もとめる会」の事務局メンバーにもノウハウはない。スタート当初に確保していた運動員(署名を集める人)約800人が家族や知り合いに署名をもらい、署名した人が新たに運動員になって署名を集めるという口コミから始まったので、62日間の署名期間の前半は署名数が徐々にしか増えない状況が続いた。在阪マスメディアも直接請求署名運動について積極的に報道せず、大半の府民は運動の存在すら知らなかった。

 ゴールデンウィークを過ぎたころから様相が変わった。5月10日に毎日放送が署名運動について取り上げたのだ。大阪府の北河内エリアで署名集めをしている男性に密着した番組で、男性は父親がギャンブル依存症で子供時代に味わったつらい経験をカメラの前で語り、運動員らはこの報道をSNSで広めた。後半戦では、各地に署名ステーションが次々に開設されたうえ、街頭署名も活発に行われるようになり、そこには「インターネットでこの署名運動を知った」「どこで署名できるか探して来た」と自らの意思で署名に来る人が増えてきた。

 広報手段としては、チラシのポスティングや新聞折込も行ったが、後半戦はツイッターでの拡散が威力を発揮。署名運動の終盤は「どこに行けば署名できるか」という情報をこまめにツイッターで発信し、ツイッターデモも企画。署名ステーションには「ツイッターで見た」という平成生まれの若者が次々に署名に来て、「若者は署名運動なんて関心ない」という中高年の運動員らの予想は裏切られた。

 最終日の5月25日、午後5時から大阪の中心地、梅田で大がかりな街頭署名が行われた。テーブルを並べ幟旗を立てて仮設の署名ステーションを開設した途端、待っていたかのように署名者がどっと集まって運動員らは大忙し。午後10時までの5時間で集まった署名は300筆を超えた。

大阪のIR計画は全国的な注目案件?

全国一長い商店街で知られる「天神橋筋商店街」の店主らと意見交換する菅直人・元首相(左)。大阪が誘致しようとしているカジノについても話題になった=2022年5月29日、大阪市北区で、筆者撮影
全国一長い商店街で知られる「天神橋筋商店街」の店主らと意見交換する菅直人・元首相(左)。大阪が誘致しようとしているカジノについても話題になった=2022年5月29日、大阪市北区で、筆者撮影

 山口県阿武町で新型コロナウイルス対策の給付金4630万円を誤って1人の男性の口座に入金した問題で、この男性が誤入金された給付金を海外のオンラインカジノで使ってしまったというニュースが5月半ばから連日報道された。大垣さんは「ちょうど署名運動のラストスパートの時期に、阿武町の出来事は一瞬で大金を失うカジノの恐ろしさを広めた。『やっぱりカジノ誘致はアカン』と思った府民も多かったはずで、署名運動には後押しになった」と話す。

 7月の参院議員選挙ではカジノ誘致を争点にすると表明している立憲民主党の菅直人・元首相が5月29日、府民との意見交換などのために来阪。在阪メディアの記者から今回の直接請求署名運動について問われ、「署名が法定数を超えたのは、大きな成果だと思う。署名運動をした人たちは大変頑張ったと思うし、大阪府民がIR、カジノに大きな疑問を抱き、関心を持っているということだ」と評価した。大阪IR計画は現在、国の審査を受けるところまで来ていることに「大阪の計画が国に認可されれば、東京にもカジノ誘致の動きが出るだろう。大阪のIR計画の行方は大阪だけの問題ではなく全国的な課題。山口県阿武町の事件で明らかになったオンラインカジノの問題とともに、全国の参院選で大きな争点にしていかなくてはならない」と述べた。

「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」

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ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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